見出し画像

いつ思い出しても変わらない

この記事は、わたしが友人と配信しているポッドキャスト「たるいといつかのとりあえずまあ」内で行っている好きな短歌を紹介し詠み合うコーナーを書き起こし、要約したものです。今回は笹井宏之さんの短歌を取り上げさせていただきました。

「たるいといつかのとりあえずまあ」1月中旬のラジオ「わたしら東京藝大でなにしてたんやろか」

今回の歌
ねむらないただ一本の樹となってあなたのワンピースに実を落とす
/笹井宏之『ひとさらい』(書肆侃侃房)


いつか)僕はこの『ひとさらい』という本を多分あと10回は新しい本として読めます。

たるい)めっちゃいいなそれ。

いつか)この歌にはまあ、暖かさもすごくあって、いいんですよね。
自分の存在とあなたの存在があって、自分が「ねむらないただ一本の樹となって」いる。自分が木になるって何か別の比喩なのかもしれないけれど、僕はすごく"命”と繋がっている感じがする。木ってなんか血管みたいなんですよ。
で、この木は本当の木でもいいけれど、あなたの頭の中にある木とも受け取れて、阿佐ヶ谷駅の南口出たところにでっかい木があるけれど、まだなんかイルミネーションつけてるけれど

たるい)もうずっとやってくれよな、あれ

いつか)あの木みたいな、いつ行っても変わらない、みたいなものとして詠める。あなたの頭の中に記憶として残っていて、いつ思い出しても変わらない思い出というか、そういう普遍的なもの。周りの環境がこれから先どう変わろうが、あなたと私の関係として変わらない強い関係性というか、変わらない存在として「眠らないただ一本の樹」があるって感じがする。
笹井さんの歌は人間をすごく、俯瞰してみるじゃないけれど、外から見てるような歌が多い気もしてて。笹井さんは「あとがき」にも書いてあったけれど、自分が木とか自転車とか何にでもなるんですよ。それがなんかその、ただの例え話じゃないんですよね。それが本当にすごくて。

たるい)めちゃくちゃわかる。

いつか)なんかそういう俯瞰的な視点の面白さもあるなと思って。

たるい)僕が最初笹井さんの歌集に出会った時に感じたのは、いつかさんが言ってるのとすごく近いけれど、人間が世界の中心、自分が世界の中心みたいな感覚っていうものを自分は拭おう、拭おうとしてたけれど、それはなんか見せかけでしかなかったのかな、っていうくらい、笹井さんの持っている人間観に人間の方が優れている、っていう感覚が一切ないこと。なんか透明な感じっていうか。笹井さんが自分の生命と小鳥の生命に優劣をつけてないっていうのが本当に感じられる歌がすごく多くて。優劣なんてないと言葉で言うのは簡単だけれど、ああ、この人は心の底からそう思っているんだ、と。この歌もそうだよね。

いつか)うんうん。あと、「実を落とす」っていう言い方が、なんだろうな、懐の深さじゃないけど、暖かさとか、安心させる何かを感じるんですよね。直接的なようで間接的なような。

たるい)「あなたに実を落とす」でもないし、「あなたに触れる」でもないし、自分の体から独立した実というものを、あなたのワンピースに落とすっていう。自分があなたの持っている世界に関わってしまうことに対する感覚というか、手を繋ごうとするみたいなことすら許されていないっていうような感じなのかな。

いつか)笹井さんがずっと療養しながら書いていたというそういう人間の部分を分かった上でこの歌集を読むとすごくなるほどと思って詠めるけれど、この短歌だけ見たらそういうバックグラウンドとは切り離して詠める。

たるい)この人の事情とか、お身体のこととかっていうこととリンクして考えることは勿論できるけれども、でもそれがあったから書けた歌集だとは言いたくないっていうか、笹井さんのお体が悪いから見えた景色なんですね、っていう話ではなくって、僕たち人間が人間として本来一つの生命として持つべき美しい眼差しだと思うというか、それを思い出させる感じがありますね。
その最初に言ってた「10回は新しい本として読める」というのは?

いつか)まあ、シンプルにわかんない歌もたくさんあるし。言葉とか景色の持つ僕のなんとなくの印象だけが点々とこう、ふわって浮き上がって、それが繋がっていないみたいな、完成したものを想像するしかない歌がすごくあって、だから、その想像する部分が変われば印象もまた変わるだろうし。

たるい)あの、比喩が素敵すぎるっていうかもしれないけれど。星がば〜ってあるとして、そこにどういう動物がいて、どういう星座かっていうのをみるのはその人次第だもんな

いつか)比喩が素敵すぎるな

たるい)昔の人がそこをヘビと決めたからへび座かもしれないけれど、ある時その点の結び方が違うふうに見えれば、リボンにも見えるかもしれないし

いつか)癪に触るけれどマジでそう。ほんまにそういうことです。


今回の歌
ねむらないただ一本の樹となってあなたのワンピースに実を落とす
/笹井宏之『ひとさらい』(書肆侃侃房)


次回記事
コインランドリーの待ち時間はマクドナルドで過ごそう きっと
/伊藤紺『気がする朝』(ナナロク社)

前回記事
生きていたらときどき訪れる奇跡、たとえばシャワーに目を閉じること
/青松輝『4』(ナナロク社)


ポットキャスト「たるいといつかのとりあえずまあ」
作家の垂井真とオーケストラ奏者(Vn)の山本佳輝(ラジオネーム:いつかのコシヒカリ)。東京藝術大学で出会った1997年1月31日生まれのふたりが、お互いの活動の近況や面白かったコンテンツの紹介などを通して、今世をとりあえずまあ楽しもうとしてる番組


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?