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『名刺代わりの一冊』というテーマに、12人の市民は何を持ち寄ったか?神奈川県立図書館発のBOOKCLUB、第2回目をレポート。

第2回目のAFTER BOOK CLUBは、5月14日(日)に神奈川県立図書館で行われました。参加者は12人。

この日のブッククラブのお題は、「名刺代わりの一冊」

Twitterの人気ハッシュタグ、「#名刺代わりの10冊」から着想を得たお題です。
まだまだお互いをよく知らない私たちは、本を通じて自己紹介をすることにしたのです。

読書歴も年齢もさまざまなメンバーが揃った回。
それぞれのメンバーが思い思いに選び、語る「私の一冊」は、どれをとっても読みたくなってしまうラインナップでした。

以下、発表順に紹介された本を挙げていきます。

Tさんの名刺代わりの一冊
『いちにち、古典 時をめぐる文学史』

この本は、平安貴族がどのように時間を過ごしていたのか、また、昼や夜、ひいては時間の捉え方はどんなものだったかを紹介した新書です。

Tさんはこの本を読み、平安時代は女性の刑罰に関して「昼強盗」の方が罪が重かったことが印象に残っていたそうです。強盗にも「昼」と「夜」の区分けがあるなんて、面白いですよね。

そしてなんとなくニュースを見ていると、5月8日に白昼堂々、銀座の高級時計店にて強盗が起こったのを知り、読書内容とのシンクロを感じてヒヤッとしたそうです。「昼強盗だ!」と。

Tさんは、学生時代の研究内容に近いということから、23年1月に発売されたこちらの書籍を自己紹介の一冊にしました。

Mさんの名刺代わりの一冊
『アポリネール詩集』

これまでのブッククラブ皆勤賞のMさんは、この日はご自身の読書遍歴についてお話をしてくれました。

中学生の頃は吉川英治の『三国志』から読書に開眼し、世界の名作を読み漁ります。高校生の時は哲学にもはまりましたが、「実際生きていくことに役に立つのかな?」という疑問を抱きます。
そしてMさんは次第に詩の魅力に惹かれていきます。

アポリネールは、美術の世界にも大きな影響を与えた作家でした。詩の中では「美」というのはどういうものなのか、ということを徹底して表現しているそうです。

巷では、いわゆる「ポエム」という言葉はなぜか失笑の対象にされがちですが、アポリネールの詩はそういうイメージとは一線を画していると、Mさんは紹介を結びました。

Oさんの名刺代わりの一冊
『誰のためのデザイン?』

デザインに関わる仕事についていたOさんは、その世界での名著である『誰のためのデザイン』を紹介します。

例えば日常で私たちは、ドアにPull/Pushと書いてあれば、それを見て引くか押すかを判断します。
そういった「人のためのデザイン」を、どのように設計するのかという考え方をこの本からたくさん学んだそうです。

この本はデザインだけではなく、自分と専門分野が違う人に、伝わりづらいことをどのように説明するかということにおいても役に立ったそうです。

Mさんの名刺代わりの一冊
『7つの習慣』

Mさんは名刺代わりの一冊を選ぶのに大変頭を悩ませたそうです。
なぜなら、引っ越しを経て本を断捨離してしまったばかりだから。

そこで、積読本の中で一番長く積読していた本を、GWに読んで今回のブッククラブに持ってきたそうです。ちなみに筆者も、この『7つの習慣』は長いこと積読してしまっています…。(読者さまの中にも、いらっしゃるのではないでしょうか?)

この本には、今日からやってみたくなるような、具体的な行動指針が散りばめられているといいます。

Mさんの印象に残った点は、「主体的に動くことで状況が良くなる」といったエピソードだそうです。

分厚く積読してしまいがちな本ですが、悩み事を索引から引けるようになっている工夫もあり、「悩み事索引からだけでも読んでみる」ということを推奨していました。(例:「家族と過ごす時間がない」「子どもと自分の考え方が違う」等)

Aさんの名刺代わりの一冊
『シンクロと自由』

この本は介護現場のエピソードを「自由」という観点から書いた本。
Aさんはここ3、4年くらいの間にこの著者の本や、医療現場やケアを題材にした本をよく読むようになりました。

「なぜ自分はこのような本を読んでいるのだろう?」と考えると、ある人(仮:Bさん)との人間関係が思い浮かんだそうです。

AさんとBさんは、それまで喧嘩をすることが多かったそう。その原因は、二人の考え方や情報の捉え方にそれぞれの個性があって違っているから。喧嘩をしても、自分が正しいと思ったらそのまま伝えてしまっていたAさん。笑って誤魔化すBさんも、それを見たAさんも、お互いに辛くなっていました。

そこで、自分が気づけていないことに気づくために、そして、自分の「正しさ」が独りよがりでないか相対化して見てみるために、本を読んでいたことに気づいたのです。

このAさんのエピソードはとても興味深く、皆が話に聞き入っていました。

Jさんの名刺代わりの一冊
『ハリー・ポッター シリーズ』

Jさんがハリー・ポッターシリーズを読み始めたのは高校生の頃。その頃は厚いハードカバーを持っている自分が好きで、文庫版は絶対読まない、と決めて重たい本を毎日持ち歩いていたそう。

しかし、ハリー・ポッターは「4」から2冊組での販売となってしまいます。2冊を持ち歩くのは中々骨が折れ、しばらくは遠ざかっていました。

時は経ち大学生になったJさんは、大学図書館では小説類が借りやすいということに気付き、ハリー・ポッターシリーズを再び手にとるように。その後は、機会があってハリー・ポッターの母国・英国へ。
英国へ行った後に読み返すと、文化的な描写や表現の節々に、著者のイギリス人らしさを深く感じたとのことです。

Dさんの名刺代わりの一冊
『牝猫』

「思春期にませていたので、このような本を手に取った」とおっしゃるチャーミングなDさん。

紹介された『牝猫』は、ブルジョワジーの青年が飼う一匹の牝猫(めすねこ)と、その婚約者をめぐる恋の物語。この筋書きだけでも興味をそそられてしまいます。

Dさんが言うには、著者のコレットはある程度実生活に即したことを物語にしており、そのために描写がとても丁寧な作品となっているそうです。

関連して、フランスの代表的な作家であるコレットの人生を描いた映画作品『コレット』にも興味が湧きました。

Mさんの名刺代わりの一冊
『Plaine lune』

本の表紙

言葉はなく静かに始まったMさんの発表。
みんなの目の前には、1ページごとに表情を変える「月」の絵がかわるがわる現れました。
Mさんがゆっくりとページをめくる音。11人の参加者は、身を乗り出して美しい絵に見入ります。

Mさんが名刺代わりに選んだのは、Frédéric Clémentというイラストレーターによる、『Plaine lune』という絵本作品。
高校生のときに古書店で出会い、200円ほどで購入したそうです。羨ましい出会いですね。

この絵本には繊細かつ美しいタッチで、月が昇ったり沈んでいく様子が描かれています。この、「月が現れ消える」という単純な展開が、Mさんの心を落ち着かせるそうです。

筆者も本記事の執筆のために本の情報を調べましたが、中々希少な本のようで、検索でもヒットせず、唯一海外のオンライン古書店で購入が可能なようです。気になる方はチェックしてみてください。

表紙を開けた状態

Yさんの名刺代わりの一冊
『自分史の書き方』

この本は、立教大学の「セカンドステージ大学」というシニア世代向けのコースで、著者の立花隆さんが受け持った講義をまとめたものだそうです。
テーマは、「自分史の書き方」。

人生のセカンドステージについて考えているYさんは、この本を読んで自分史を書いてみようと思ったそうです。

Yさんが印象に残ったと紹介されたフレーズの中でも特に、皆が頷きながら聞いていた一節があります。
それは、

たとえ生活レベルが高くなかったとしても、いわゆる負け組の方がイキイキとした人生を送っている。
勝ち組や負け組というのは、自分の基準で作ってはいけない。
もし人が負け組というのなら、自分のルールの中で勝ち組であればいいじゃないか。

Yさんの発表(出典元:『自分史の書き方』、立花隆/著)

どんな逆境に置かれても、こういった気持ちさえ片隅にあれば、心が救われる気がします。

Sさんの名刺代わりの一冊
『哀愁の町に霧が降るのだ(上)(下)

Sさんの少女時代、暗記するほど読んだというこの本。

エッセイなどで有名な椎名誠さんですが、Sさんは「私小説」のジャンルの方にどっぷりとはまったそうです。

椎名さんの作品では、例えば若い衆が集まって丸井の屋上からトイレットペーパーを垂らしてみたり、今だったら少し過激なことも赤裸々に描かれます。
自分自身は平凡な人生だったと振り返るSさん。
読みながら、こんなことがあったならきっと楽しいだろうなあと、感じるそうです。

Sさんの発表後には「私小説の魅力とは?」との質問があり、それに対して

プライベートで書かれている人たちはちょっと嫌だなとか、仲違いになった時期もあったらしい。読み手としては、身近に著者がいるように感じられ、その人の人生を盗み見しているような感じで楽しい。

と答えられたのが印象的でした。

マスターさんの名刺代わりの一冊
『未来をつくる言葉』

横浜、山下公園のほど近くで私設図書館を運営しているマスターさん。
実は、本を本格的に読み始めたのはコロナ禍だそう。

自分の仕事に疑問を感じ、新しいことと向き合っていく中で、「本というものに出会わざるを得なかった」と語ります。

この本で出会ったのが、

コミュニケーションとは、わかりあうためのものではなく、わかりあえなさを互いに受け止め、それでもなお共に在ることを受け入れるための技法である。

『未来をつくる言葉』、ドミニクチェン、新潮文庫、2022年

という言葉。
本書を読み、「わからない」ということがとてもポジティブなものであることがわかったと言います。

そこから、わからないけど「私設図書館」を始めたり、「わからない」が多い、アートとも向き合ったり、「わからない」をテーマにワークショップを開いたり…

お子さまにも、「パパは何をやっている人なの?」と聞かれるように。
それでも、わからないということは素敵なことであると、イキイキと語ってくださいました。

マスターさんの運営する「本と工房 オドリバ」もぜひチェックしてみてください。

野原たんぽぽの名刺代わりの一冊
『方法序説』

最後に、この記事の筆者である私の紹介した一冊です。

私はひとり親家庭に生まれ母は忙しく、小さい頃から本が友達でした。
数千冊の本と出会ってきた中で、一番自分の歩むべき道を作り上げた本は、このルネ・デカルトの『方法序説』だったように思うのです。

デカルトは本書で「もうこの世に読む本はないくらい本は読み尽くし」たり、「あらゆる学問を修め」たりする中で、旅に出ることを決意します。
そしてその旅を経て、有名な四つの規則を書き記します。

その規則はぜひ本の中で出会っていただきたいのでここで引用はしませんが、当時社会から爪弾きにされ正解がわからなくなっていた私に、一筋の光が射したように思えたものでした。

とてもシンプルな四つのルールですが、デカルトが色々な経験を経て生み出したこの方法はどんな場合にも有効だと思い、暗誦できるまで読み返したものでした。

最後に、私の座右の銘である本書の文章を引用して終わります。

「きわめてゆっくり歩む人でも、つねにまっすぐな道をたどるなら、走りながらも道をそれてしまう人よりも、はるかに前進することができる。」

『方法序説』、ルネ・デカルト 著、岩波文庫、1997年

まとめ

『名刺代わりの一冊』というテーマは、本当に選ぶのが難しかったと思います。

そんな中で、みなさまがそれぞれ紹介してくださった本には、その方の人生の一部、もしくは全部が投影されているような印象を受けました。

私たちの食べたもので身体ができているのなら、私たちが出会った言葉によって精神は作られているのではないかと、私は時々思います。
だからその人と深く結びついた本は、きっとその人の人格のどこかに潜んでいるはず。

もっと知りたい人に、仲良くなりたい人に、これからはこんなふうに聞いてみたいと思います。

「あなたの名刺代わりの一冊は?」


(執筆者:野原たんぽぽ  https://twitter.com/noharatampopo


AFTER BOOK CLUBとは?

神奈川県立図書館主催の「After5ゼミ」第1期生がはじめたブッククラブ。
本好きの人もそうでない人も、楽しく月1回集まって読書会をしています。

このnoteでは、読書会の記録やイベント情報、また本や横浜にまつわるお話を公開しています。