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報告書には表れないアフリカ女性経営者の声〜国際協力コンサルタントのノートより

「女は男よりよく働くじゃない?」

このようなセリフを、アフリカの女性たちから幾度となく聞いた。アフリカに携わり20年余り。仕事でも個人としても10数カ国に滞在・訪問する機会に恵まれたが、確かに昼間からバーで酔っ払い油を売る男性たちと、仕事に子どもの世話に家のことにと、忙しなく働く女性たちを数多く目にしてきた。

だが、果たしてビジネスの面でもそうなのだろうか。

タンザニア中小企業経営者の女性へインタビュー調査

数年前から私は、国際協力コンサルタントとして主にODA(政府開発援助)の仕事をしている。

2018年、ジェンダー主流化というテーマとともに1ヶ月強の間タンザニアのダルエスサラームにてヒアリング調査を実施した。対象は中小企業を経営する女性たちだ。新しく検討されている主に製造業等の中小企業のための金融促進策(融資等)を検討するための調査である。

タンザニアだけに限った話ではなくサブサハラアフリカ諸国で共通するが、女性経営者のほとんどは零細事業主だ。少し前の数値だが、タンザニアにおいては、女性事業主の99%が従業員4名以下の規模で経営している。さらに、従業員5名以上の企業のうち女性経営者は24.7%だという。(National MSME Baseline Survey Report 2012)

ジェンダーという視点から考えると、確かに世界中でネガティブな影響を受けている人々は、圧倒的に女性なのは事実だ。しかし、ジェンダー課題というのは社会構造全体の歪みに由来するものである。つまり「女性」だけにフォーカスしても解決には繋がらない。

ただ、国際協力プロジェクトにおける調査というものは往々にして短期間で少ないリソース投入の中で実施する必要に迫られる。つまり、結果として女性へのインタビューにフォーカスせざるを得ない場合が少なくない。この点を踏まえつつも、手探り状態でインタビュー対象を探した。社会構造上の課題を浮き彫りにし解決案を考えるため、比較的型にはまらず自由に答えられるよう、ナラティブ形式でのインタビューを実施した。

ドナーや多くの関係機関等へのインタビュー(こちらは男性も含む)の他、直接話を伺った女性経営者は22名となった。なお、どのように中小企業の女性経営者へリーチしたのかは別の機会に書く。

女性経営者の方が事業実績が良い?

マッキンゼーは、女性とリーダーシップというテーマで数々の調査報告を出している。2016年のWomen Matter Africaにおける女性経営者の調査によると、アフリカ(ここでは同調査対象国の南ア、ナイジェリア、ケニア、コートジボワール、ボツワナ、ガーナ、ウガンダ)では女性が経営層のトップにいる場合、事業成績が良い傾向にあると報告されている。

このマッキンゼーの調査における35名の女性経営者へのインタビューの回答を見てみると、女性は強固な職業倫理観(work ethic)を持ち、目標に対して粘り強くリスクを厭わず、逆境に置かれても打たれ強い、というような「女性だからこそ事業成績が良くなる」理由が挙げられている。さらに、女性の経営者の方が働き方や社内環境等もよく整備し、良い状態を保っているという調査結果もある。これはまさに、タンザニアでの私の調査でも見られた考え方に共通するものである。

しかしながら、当然ながら生物学的に女性だからという理由でそうなるわけではない。ジェンダーの専門家に訊いてみたところによると、女性は差別を受けたり不当な扱いを受けたりと、「弱者」の気持ちがわかるから配慮も行き届く傾向にあるのだというコメントがあった。

ここで重要なのは、起きている事象を「女性性」と結びつける危険性を認識することだ。上記のマッキンゼーの調査でも同様のことが述べられているが、このような調査結果が出ているからといって、女性だから良いということの証拠にはなり得ない。この点をよく認識しておくことだ。ただし、そこには社会構造的なジェンダー課題が見え隠れしている。

法制度が整備されていたとしても恩恵を受けられない

では、中小企業の女性経営者が、ビジネスパーソンとして女性であることで何らかの不利益を被ることがあるのだろうか。答えはノーでありイエスだ。

例えば、タンザニアにおいても法制度整備は進められており、法律や規制上の女性差別はほぼない。土地法でも、女性の権利が認められている。その一方で、実際には例えば銀行融資の担保となる土地の所有ができず、融資を受けられない女性経営者は多く存在する。法手続き上や金融機関の利用条件等に男女差がなくとも、情報の欠如や技術支援の有無、社会慣習的な部分でジェンダーギャップが生まれ、結果として女性経営者が金融サービスを活用する割合が低下し、女性経営者が恩恵を受けにくくなる。

つまり、新しい金融サービスを導入したところで、そこに何らかのジェンダー配慮がない限りサービスは行き渡らない可能性が高い。

サービスはあっても利用しないケースも

上記の「女は男よりよく働くじゃない?」と関連するケースだが、ジェンダー課題というのは男性だけでなく、女性の意識の中にも存在する。

女性経営者を支援するための組織やネットワーク、メンター制度というのは実はタンザニアでも多く存在する。女性経営者の中には、情報アクセスがなく単にそのようなサービスの存在を知らないひともいれば、サービスを利用できる機会があってもなぜか活用しないひともいるという指摘が、インタビューの中で複数見られた。

ある女性経営者は、「男性はひとりでバーに呑みに行って、起業準備や登記手続き、融資関係の手続きを助けてくれるひとのネットワークを広げていく。でも、女はひとりで出かけたり、バーに呑みに行ったりなんてしないでしょう?」と言った。(私はひとりで呑みにいくのだが、ということは黙って、その場は同意しておいた)この発言は、象徴的なものだ。

ここには二つの側面がある。実際に、女性が酒を呑みにいくというのは、日本などと環境が違うので多くのアフリカ人女性にとっては文化的に難しい面があるのは事実だろう。だが、「飲みニケーション」だけが答えではない。女性が社会活動に参加することは伝統的に困難な側面があったが、他方で女性同士で作るネットワークには大きな機会もあるはずだ。ビジネススキル研修機会、登記にかかる手続きの技術的支援、銀行融資の説明会、メンターシップ。それらを利用する意識がない女性がいることもまた事実なのである。

これには多くの理由が考えられる。ひとつは、女性の中にある無意識の制限(=女性だからできない)が潜在的にあるという点だろう。

「女は男より働くじゃない?」の語ること

ナラティブインタビューを行なっていると、数値情報や表面的な事実には掬い上げられない本音が出てくる。これこそが、調査の重要な点なのだと感じる。

多くのひとが、会話をしていくうちに調査の質問事項とは直接関係がない自らのことや、起業した背景、社会文化的なものに揉まれてきた経験を語ってくれる。一定程度の規模の企業を経営している女性たちは、大抵が強いフィロソフィーを持っている。

女性経営者から出てきた「女は男より働くじゃない」も「ビジネスの世界には男も女も関係ない」という考え方も、こうした社会文化的なものから生まれた反発だったり、解決しなくてはならないであろう課題を示唆するものだったりする。

調査報告書の裏側にある人の顔と社会文化

当然だが、国際協力の調査案件には目的があり、なかなか全てを報告書に記載するというわけにないかない。だが、一つのテーマでインタビューを進めていけば、重要なことに気づかされる。

それが、人の生きるフィロソフィーのようなものであり、社会文化的背景の深い部分なのだ。国際協力という切り口では、なかなか踏み込むことのできないアフリカの生きて血の通った粗く本質的な真実のところだ。

これまでの調査で実に多くのひとと無数の会話を交わしてきた。そこには、少しでもアフリカを感じ、知る上でとても大切なことがあった。そしてそれは、自分の中でも無意識のバイアスを持っていたり、物事を単純化させていたりすることに気づかせてくれる貴重な機会でもある。

それらを文章化し、還元していきたい。そして、日本語でこれを読むひとたちが何らかのきっかけのようなものを得てくれるとしたら、少しでもプラスになるのではないかと考えている。

*上記のタンザニアでの調査報告書の日本語要約版はこちら(PDF)です。(オリジナルは英文)


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