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101号室の改装工事

"101号室 改装工事のため騒音がする可能性があります"

どこでもありそうなアパートの張り紙の一言
普段なら気に留めない言葉なのに、なんか寂しい気分になった。
なんたって101号室は元管理人さんの住まいだったからだ。

私は今のアパートに引っ越して4年目。
引っ越した時から管理人さんは引退され、住んではおられるけれども、実質は管理会社の管轄になっていた。

確か、2年目くらいの冬。
私は家とアパートの入り口の鍵をなくし、管理会社が来るのをマンションの前でずっと待っていた。
京都の冬は底冷えしてとても寒く、持っていたカイロも寿命が尽きかけている。
自業自得だけれども、もうなんとも言えない気分になり。悲しくて、情けなくて、多分すっごく嫌な顔していたと思う。

そんな時、今まで一度も話したことのない元管理人さんが声をかけてくださったのだ。遠慮する私を配慮してか、室内ではなく玄関に座布団とストーブを持ってきて、暖かいお茶を入れ休ませてくれた。

もうなんの話をしたかも覚えていないけれども、心の底からあったまるそんな瞬間だった。

この一件の後、元管理人さんと仲良くなったか。と言えば特別そういうわけでもなく、時々玄関ですれ違った際に決まりきった挨拶をする程度。
普通の日常に戻っていった。

"101号室 改装工事のため騒音がする可能性があります"


この張り紙を見るまで、私は最近玄関掃除をしてくださる元管理人さんを見ていないことに気づいていなかった。結局ちゃんとしたお礼もできず、お話もできぬまま、その機会が失われたことだけが。いや日常埋もれて見過ごしていた事実に気づかなかったことが、私の心をキュッと締め付けた。物哀しく、情けない思いにさせた。

101号室の改装工事は先日終わり、張り紙は撤去され、今は夏祭りキャンペーンに関するビラが貼られている。

多分、この胸がキュッとした思い出も、いつしか記憶の片隅に追いやられ忘れ去れれるのだろう。でも、何か思い出せないけれども、暖かい思い出と少し寂しくなった思い出があったことだけは、ずっと心の何処かに残しておきたい。そんなことを思いながら今日も101号室の前を通る。









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