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今日も生きて偉い。今日も働いて偉い。あなたを全力で褒めたい。

 ミントグリーンの指先。薬指だけが色を失くして「みっともないな」「今日こそ帰ったら塗り直そう」そう思いながら、いったい何日が経っただろう。
 日めくりカレンダーを2,3日に一度まとめてめくり剥がす。

 社員証のストラップが汚れている。取り外して洗剤で洗う、ただそれだけのことができないまま、また翌日を迎えてしまった。会社でその汚れが気になっては、見えないように、シャツの襟やセミロングの髪の内側へ隠す。最初にストラップを洗いたいなと思ったのは、たしかもう何か月も前のことだ。

 今日こそは、今日こそは、と思ったまま切れずにいる前髪が目にかかる。そのせいなのか、それとも週に7日コンタクトを使用しているからなのか、最近どうしようもなく目が痒い。
 休みの日にだけ使っている眼鏡では、度が合っていないから、外を出歩くには少し危ない。ブルーライトカット付きの度入りの新しい眼鏡を作りに行きたいなと思い始めたのだって、もう何か月も前だ。


 忙しいといえば忙しい。毎日、目の前の義務をこなすので精一杯。
 仕事を休んで生きていけるのであれば、2ヶ月くらい仕事を休みたい。現実的に可能なのは2週間だろうか、有給休暇一気に減っちゃうな。
 1日は身体を休めるのに消えて、1日は仕事以外のやるべきことを済ませるのに消えて……せめて3連休でもなければ、自分の自由な時間をある程度つくるのは難しそうだ。実際は2連休すらそうないんだけど。そんな毎日。


 爪を切るとか、日めくりカレンダーをめくるとか。三角コーナーを漂白するとか、浴室の排水口に溜まった髪の毛を拾って捨てるとか。
 やってしまえば一瞬で済むような、そういう小さな小さなことすら手が付かないとき、自分のあまりのだらしなさに気持ちが滅入る。

「いや」「でも」「だけどさ」
 毎朝通勤途中に決まって私の脳みそをジャックする言葉と思考。
 planeでもtrainでもなくbrainをジャックしよる。
 ハイジャックならぬノージャック(残念、なにも上手くない)。

 話を戻そう。

 毎朝ジャックさせてる。当たり前を褒めてやるの。
「今日も生きて偉い」それどころか「今日も働いて偉い」。
 今日も、身なりを清潔に整えて、遅刻せずに会社へ行って、会社の利益になるようなパフォーマンスを惜しみなく発揮して。

 労働の義務があるんだから当たり前。
 生きてるだけで偉いとか何言ってんの?

 そんなこと言わないでくれと心が叫ぶ。

 当たり前を「当たり前」と今は言わないで。小さな小さなことすら手が付かないほど日々参っているなかで、毎日遅刻せずに会社に行くなんていう社会人としての当たり前すら褒めてほしいと思ってしまうくらい参っているなかで、「うちのエース」と言われるほどのパフォーマンスを発揮していることを当たり前だなんて思わないでほしい。渾身だ。毎日必死に振り絞ってる。

 忙しいのがしんどいんじゃない。しんどいことがしんどいんじゃない。
 それが長く続いて、そんな時に「ここ最近ずっとしんどいんだ」って「そんななかでこんなに頑張ってるんだ」って、結果だけ見てその過程を知ってもらえないことがしんどい。

 いや、もっとシンプルだ。
 しんどいって、知ってもらえないことがしんどい。

 ストレスってのは、起きている事象そのものよりも、「それを言えない」「共有できない」「解決のために相談できない」「自分の中で抱え込まざるを得ない」という状況によるものが大部分だ。

 知ってる。圧倒的に話が足りない。

 ふとした時に頭の中でわざわざ憎まれ口を叩いてしまう。こう言われたらこう言おう、なんて、実現しない会話に対して頭の中で喧嘩腰に答えてしまう。
「凄くなんかない」「良いコちゃんなんかじゃない」
 褒められても否定したくなる。
「あくまで生きるための仕事ですから。仕事に人生掛けてませんから」
 やるからには上をとも思っているのに、やる気のないような姿勢をわざと見せたくなる。

 別に本当はたいして不満に思っていることなんかないのに、そんなふうになってしまうのは、話ができないストレスが溜まりに溜まった結果だろう。

「もっと思ってることを知ってほしい」「もっと私を知ってほしい」
 本当はきっとただそれだけだった思いが、歪んでしまった結果だ。


 大人だって、話を聞いてほしいし、褒めてほしい。
 よく知りもしないで表面だけ褒めてほしいんじゃないの。できることなら、話を聞いたうえで、ちゃんと知ったうえで褒めてほしい。
 なんて面倒くさい注文なんだろう。
 でもいいよ。私が全力で褒めてあげる。だから話してごらん。


「コロナだなんだって元通りの生活は望めないまま、昨日も今日も明日も、家族のために働いて偉い。立派。はなまる!」

「本当はだらだらしたい、遊びたい、そんな中でこうして時間をやりくりして、人のために動いて偉い。立派。はなまる!」

「問答無用の家事育児。名前のない家事を含めたら何十何百。当たり前なんかじゃないよ、毎日頑張って偉い。立派。はなまる!」

「体の不自由な家族のお世話。まずはそのあれこれの行動をちゃんとこなすだけで大変だけど、目に見える苦労ばかりじゃない。気持ち、張り詰めるでしょう。なんで自分だけって思うこともあるでしょう。一人の命を、人生を支えるって、本当に大変な大仕事。私が言うのなんか烏滸がましい、だけど言わせてね、毎日本当に偉い。立派。はなまる!」

「自分は特に苦労なんかしていないし、褒められるようなことはない? さっきあなたと話していた彼、凄く楽しそうな笑顔だったよ。人を笑顔にできるのは当たり前のことじゃない。十分偉い。立派。はなまる!」

「別に世のため人のために働いてるわけじゃない? 生きるため? 自分の生活のため? 自分の生活を自分でやりくりできる、それってとっても立派なこと。それを当たり前だって文句言わずにやってるなんて偉い。立派。はなまる!」

「毎日の生活のなかで、自分のやりたいことする時間を自分でちゃんとつくって、やりたいことができたなら、それは有意義な時間。偉い。立派。はなまる!」

「え? 今日は何もしないで1日ただだらだら寝てた? ちゃんと体休めた? そうかそれなら良かった。丸1日の休息が必要なくらい、体も心も疲れていた。それくらいいつも毎日頑張っていて偉い。ちゃんと休めて偉い。立派。はなまる!」


 ほんの小さな気遣いも、ほんの小さな優しさも温かさも、日頃当たり前にこなしている小さなことも、たまには当たり前だなんて片付けてしまわないで。感謝したり褒めたりしたくなる。
 それを当たり前にしてることが偉いよって、凄いよって。

 だから。今日も生きて偉い。立派。はなまる!
 私はあなたを全力で褒めたい。




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