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小説 やわらかい生き物 6

気の置けない人と

[1]
 食事も半ば終わり、それぞれに食後のデザートやら紅茶やらが運ばれて、ようやく初めまして、と相成った。

「自分が、宮坂祐介、動物看護士見習い、27歳、で。」

「あたし、宮坂陽菜、修士課程理系、まだ就職は考え中です、そして、飯田朝陽ちゃん、なんともうすぐ30歳、見えないよね、可愛いでしょう? 」

朝陽は、まだケーキを食べていて、ぺこりと頭を下げる。確かに、三十路というよりまだ陽菜と同じ大学生かと思われそうな外見をしている。

「僕は、伊東大助 たいすけ、と読むんだ、ダイスケと呼ばれて訂正する事も厭きたけどね。31歳、一応エンジニアという職業になる。」

そこで初めて朝陽が言葉を発した、ハッキリとした発音で。
「大助さんの帽子、助かりました、 あの時なにか電車が遅れたりで陽菜ちゃんとうまく待ち合わせ出来なくて、周囲の音が聞こえなくなっちゃったんです。」

帽子被せてもらって、楽になりました、だから今日は二人と帽子買いに行こうと思って持っていて良かった、 と一気に話すとまたケーキをすくって食べた。

「マイペースってよりは、神経質なんだとか言われてますけど、こいつは子供の時からアンテナが反応良くて。」と祐介くんが話を繋ぐ。

「陽菜から聞いたんですけど、こいつのこれ、見覚えあるってか、よくわかりましたね、駅務室の人の方がオロオロしてたみたいですけど。」

そうか、まだ二人はなんか変だとは理解していても、詳しくは知らないのか。それはそうだよな、と僕は思う。鬱病ですら、皆、手探りなんだから。
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なにから答えたらいいかな、と、思っているうちに、陽菜さんが口を挟んだ。

「兄は、ちょっと、拗ねてるんで、自分が朝陽ちゃんの一番の理解者だと自負してるんで、妬まれてはないですよ?たぶん。」

「だ!陽菜は!余計!」
と椅子をガタン!として朝陽さんに、シーッとゼスチャーされてだんまり、座った。

なるほど、よい、関係者だ。

前置きとして、自分は医療関係者ではないと伝えてから、何故僕が彼女の困り感に見覚えがあったか話すと、ある程度初めて聞く内容ではあったらしい。

しかし、最後には、理由がわかれば対処もわかる、とかなり前向きな感想だったようだ。

僕の場合と、他の人、朝陽さんやまだ自覚はあっても性格などで片付けられている場合では対処にかなり差がある。
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確かに、人を作り上げていくのは他者との関係や経験、学習、環境、要因は様々でなにがとも言えない。

しかし、僕等を個性で括るには、この世はかなり生き難い。
ルールとマナーの違い、こだわりと安心感の関連性は、 あー、なんとなく、こうなんだ、ではいまいち理解できていない。実感にならない。あくまで真似事になって、意味が伴わないまま、こうしないといけないという、謎の決め事だけ遺る。

納得いく説明と事象が結び付いて初めて、だからこうなる、という結論まで行き着いて一連になるのだ。
テトリスなんかで、型にはまらないまま、ゲームオーバーになるのを繰り返してしまうのに、似ているかもしれない。

僕や朝陽さんの不安やパニックは、予想していても現実新しく飛び交う情報の取捨選択が追い付かない事による。

いくら、何通りも予備ルートを考えていようと、周囲の生身の人間は、その予備すら打破してくるのだ。意図せず。

だから、そうなったらもう、情報や集音を切るのが、手っ取り早いのだ。

「なにか、こう…、どうしているんですかね、似た感じの人は。朝陽はまぁ、目に見えて尋常じゃない時と、微妙にズレてるだけかなって時があるし。」

祐介くんがいまいちわからない、と感じるのは無理ないかなぁと僕は思う。

目に見えて困っている状態と言うのは、目に見えておかしい、奇怪となる場合もあって、場合によっては、近寄り難いとも言える。

当事者の朝陽さんですら、うまく説明出来ないまま、今に至るのだから。

誰にだって、他人と違う部分はあるのに、ある程度の型枠に嵌れば、型枠内になる。凄まじくはみ出た人間を、非難したり、評価したりは、よく見かけるけれど。

「でも、朝陽さんにはあなた方2人がいて、僕は良かったなぁと思いますが。朝陽さんは今まで困っていた時どうしていたんですか?」

朝陽さんだって、頼りきりの日々であるはずがない。宮坂兄妹と、離れている時間が長かったのだから、自分でなんとかしていたはずだ。
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改めて、話した事はあったのだろうか。
朝陽は、うーむ、と渋い顔をする。鞄からノートを出す、筆記用具はいつも入っているのだろう、さらに、ノートは意外と厚い。

「陽菜ちゃんは、偉いなぁと思ってた。
私はお母さんやお祖母様に言われた事やるだけだったけど、陽菜ちゃんは、今忙しいとかちゃんと、言えるの。それで、ユウちゃんにお願い、とかも、言えるの。すごいと思ってた。」

喋りながら、メモのような、後から見たら誰も解読出来ないようなものを書き込む、たぶん、話す内容を一時的外部出力に置き換えている。

「ユウちゃんは、いつからかな、私が黙ってても、遅れて話しても聞いてくれたから、なにか相談するならユウちゃんになってたかな。」

ぐるぐる丸や形をを描きながら、何を示すのかわからないノートは埋まっていく。

「家は、結構困ることが多いんだけど、両親には判らないのね。
私が気になるものが、気にならないみたいな。なんのこと?って言われたり、逆に私が気にならない事にちゃんとしなさい、とかね。
学校も行くの嫌で、でも、病気じゃないから休めないからね、みんなよく我慢してるなぁって。頑張らなきゃってだけ、いつもそればっかり考えて、目標とか目的とか無いの。」

「でも、職場に入ってからが一番困っちゃって、行けないし、出れないから、病院行く事になって、3年目くらいかな。」

そこで3人でうなずく。
分厚いノートは、とりあえず、出掛けた場所や、支払いの領収書なども可愛らしいマスキングテープで貼り付けてある。

「ユウちゃん、が、居てくれて良かったよね~、ユウちゃんはそりゃあもう、小さい頃から朝陽ちゃん大好きで、お正月には朝陽ちゃんは来る?だの、イベントには朝陽ちゃんに渡したい!だのと…」

「陽菜がここの支払いをしてくれるので、大助さんは財布を出さないでください」

伝票をぐいぐい押し付け合う兄妹を横目に、朝陽さんはノートと紙をを見せてくれた。
ここに入る前に気になっていた、あの元宮にあった札だった。

「あとで行ってみてください、たぶん、ゆっくり見る方が楽しいかも。
私は自分の好きなものは一人でゆっくり見たい、この二人は、そんな私のことも良いよ、って言いながら、次は自分の見たいものにも付き合ってよね、て、いろんな場所へ一緒に行けて嬉しいです。」


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