「枯れ葉」不器用に生きるふたりのハートウォーミングな何か。
どうも、安部スナヲです。
「枯れ葉」というフィンランド映画がめちゃくちゃいいらしいとの評判を聞いて、どれどれと情報を見たら、なんと6年前に引退宣言した筈のアキ・カウリスマキの復帰作でした。
【あらましのあらすじ】
舞台はフィンランドのヘルシンキ。
主人公アンサ(アルマ・ポウスティ)は勤め先のスーパーの賞味期限切れ食品を持って帰ったり、ホームレスにあげたりしていることを咎められ、解雇される。
賞味期限切れは廃棄処分するのがルールなので、アンサの行為は不正にあたるというのが店側の主張だが、要はゼロ時間契約の非正規雇用である彼女を、体良くクビ切りしたのだった。
一方、もうひとりの主人公ホラッパ(ユッシ・ヴァタネン)は工事現場で働く酒浸りのやさぐれ男。
彼は仕事中も酒を飲むようなトラブルメーカーなので、やはり社会生活につまづきまくり、陰鬱な日々を過ごしてる。
ふたりはカラオケバーで出会い、どうやら惹かれ合ったらしく、互いの名前も知らないまま恋に落ちる。
致命的に不器用なふたりは鈍臭いすれ違いを繰り返すが、どうにかこうにかいい感じにくっつくか?!というタイミングのある日、アンサがホラッパの酒癖を諌めたことから変化が起きる…
【感想】
フィンランドは国民幸福度ランキングが6年連続で1位らしい。
そういわれても実際に行ったこともなく、そこに知り合いもない私としては、ただのデータとして捉えることしかできないのだが、それでも公共福祉が充実しているとか、経済的に安定しているという、ごくボンヤリした認識にもとづき、何となく「幸福そう」というイメージはある。
自分が知る限り、アキ・カウリスマキ監督の映画に登場する人物は、そんな幸福度の高い国にあって困窮していたり、社会から疎外されたりしていて、まぁ幸福そうには見えない。
本作の主人公、アンサとホラッパも御多分に洩れず孤独で陰気な中年の低賃金労働者。
ただこのような人物像はカウリスマキの作風というか演出上のスタイルみたいなものなので、不幸だから陰気というのとはちょっとちがう。
そこがちとややこしい。
どういうことかというと、役者は常に無表情でセリフは棒読み。
不気味な間合いの頓珍漢な会話がずっと続く。
小津安二郎やロベール・ブレッソンにそのルーツがあるようだが、個人的には森田芳光がいちばん近いと感じる。
例えば本作において、ホラッパがアンサをデイトに誘うシーンでも
「映画でも行くか?」
「何をみるの?」
「何がみたい?」
「あなたが決めて」
「では行こう」
みたいな感じで、一切の駆け引きも、相手を口説こうという交渉感もないので、見ている側は互いのことをどう思ってるのか、そもそも本当にデイトがしたいのかさえわからない。
ところがふたりが映画館を出て、ホラッパが「面白かったか?」と問うとアンサは「ええ、あんなに笑ったのははじめて」と、これまた微動打にしない表情で投げやりに応えるのだ。
しかし、この変テコなトーンとリズムにハマるとクセになる。
そしてあの頓珍漢な会話のなかにユーモアと洒脱さとハートウォーミングな何かを感じとった時、気がついたらカウリスマキワールドの虜になってる。
そうなると、アンサとホラッパの血が通わないロボットみたいなやり取りのなかにも、ちゃんと心の動きがあることがわかる。
確かに、ふたりは恋をしてるのだ。
本作に関しては恋するふたりの心の声を劇中に流れる曲の歌詞とリンクさせてるので、他の作品よりはわかりやすいかも知れない。
それと、これも作風というしかないのだが、時代性やリアリティラインは無茶苦茶である。
ホラッパは連続飲酒に陥ってるわりには元気そうだし、今時(時代設定は2024年)電話番号を手書きメモで渡し、しかもそれを落として風にさらわれるなんていう陳腐な成り行きがあったりする。
あとアンサの部屋にあるあのヴィンテージラジオ。彼女の生活環境、あるいは人となりからして、あのようなレアな滑稽品を収集するような気の利いた趣味人ではない筈だ。
と、一様のツッコミを入れつつも、そういうことを無視してでも古典映画的な様式美や自分のこだわりを通す作家なので、「あまり野暮はいいなさんなや」という感じかな。。。
あとハッとしたのは、ウクライナ戦争についてアンサが言及したこと。
カウリスマキの映画では、物語と直接的に関係なくラジオから戦争などのニュースが流れるシーンが多い。それも不必要と思えるほど詳しく。
本作でもアンサがラジオをつけた時には決まってウクライナの戦況について、今日は病院が攻撃されたとか、死傷者が何人といった詳細な報道がBGMのように鳴っている。
それに関しては寧ろリアルといえる。
現に我々の日常には、そういった悲惨なニュースがほぼ背景化した音声として存在してしまっている。
だけどこれまでのカウリスマキの映画において、登場人物がニュースそのものに反応することはなかった。
それはアンサが初めてホラッパを部屋に招いた時のシーン。
ふたりで食事をしたあと、何だか気まずいような照れ臭いような空気を変えようというニュアンスでアンサがラジオをつける、いつものようにウクライナの戦況…そこでアンサはひとことこう言う
「酷い戦争」
無機質な棒読みがスタイルである本作のなかで、この発言だけはハッキリと怒気がこもっていた。
メッセージの伝え方は、これで充分なのだ。
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