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愛憎と執着の目覚め

ハンドルネーム「あづま」の由来ですが、私の名字ではありません。『吾妻鏡』(あづまかがみ)という、鎌倉時代を記した歴史書から拝借しました。

私は学生時代、この『吾妻鏡』をどうしても読んでみたかったのです。歴史に詳しくもない自分がどうして興味を持ったかというと、とある一冊の本がきっかけでした。

それがこの、倉本由布さんの『こどもちゃんねる~鎌倉幻影~』。コバルト文庫というティーンズ向けのライトノベルです。当時私は中学生でした。以下、本に紹介されているあらすじの一部です。

”姫”と”義高”ーーー 七歳の少女と十二歳の少年のふたりは、こどもの姿のまま、古都・鎌倉の町で長い長い時のなかを漂ってきた幽霊だ。……(一部省略)……複雑な事情を持つ幼いふたりの亡霊が、悩みを抱えて鎌倉を訪れた人々に、不可思議な体験を見せていく……。せつなくて、ちょっと怖い鎌倉幻想物語。

後ほどネタバレ含めて魅力を語りますが、この本の主人公である”姫”と”義高”は、実在した歴史上の人物です。その二人が『吾妻鏡』にちょこっと出ているようです。

歴史にお詳しい方なら、これまでの情報だけでピンと来ているかと思いますが、”姫”とは、源頼朝と北条政子の間に生まれた長女、大姫。”義高”は木曽義仲の嫡男です。歴史に詳しくないのでざっくり書きますが、木曽義仲は源頼朝と従兄弟同士、でも対立しかねない状況だったので、和睦の証として、木曽義仲は自分の息子である義高を、頼朝の娘・大姫の許嫁として頼朝のもとへ送り込みます。当時の感覚としては、許嫁という名の人質ですね。

結局なんやかんやあって、木曽義仲は敗北、人質である義高は12歳で処刑されてしまいます……。これにショックを受けた大姫は、両親の配慮もむなしく、病に臥しがちに。縁談も拒否し、頼朝お父さんが頑張って天皇への入内まで取り計らっていたのですが、その前に亡くなってしまいます。大姫20歳の時でした。

で、歴史上では大姫は、幼い頃の許嫁・義高を忘れられず病に臥せって、後の縁談も拒否して義高への想いを貫いて亡くなった……という、「幼い二人の純愛」と捉えられがちですが。この作家、倉本由布さんは、別の切り口でこの二人を描きました。要は、「純愛」ってのはあくまで第三者視点だよね?確かに大姫にとって生涯、忘れる事の出来なかった人ではあるだろうけど、そんな甘い雰囲気とは限らないよね?と。

武将の子として厳しく育てられたものの、結局人質として送られる……しかも送られた先で聞く父の噂は、日毎に状況が悪くなる一方……このご時世、義高も自分の立場や運命は痛いほど理解していたでしょう。そんななか、許嫁の大姫を義高はどう思いますかね?かたや蝶よ花よと皆から愛される大姫、かたや父から捨て駒にされお先真っ暗の自分……想像に難くないですね。さて、義高は姫に対してどのように接していたのでしょうか?

てわけで、この本では現代の鎌倉を舞台に、二人が現代の少女達と関わっていくオムニバス形式となっています。そこにちょいちょい二人の仄暗い歴史や関係が匂わされ、最後に二人の話で締め括られます。

で、ようやく記事のタイトルの話ですが、この義高の愛憎と執着っぷりが堪らないのです。義高はどこまでも素っ気なく淡々としているのですが、倉本さんがその裏に隠された愛憎と執着を上手い事表現してくれてます。

小学生の頃から恋愛を題材にした本や漫画を読んではいても、「へー」と今いちトキメかなかった自分が、この本でようやく自分のトキメキポイントに目覚めたのです。ああ、私が求めていたのはこういうものだったのか……と。そのためこの本は、中学生の私が初めて1つのアイデンティティを築いた、大事なきっかけでした。これを機に、私にとって「大姫と義高」「吾妻鏡」は大切なものとなったのです。で、そこから「あづま」というハンドルネームをば。

そして以下はまた、この本の魅力について語っていきます。


まずこれ、『こどもちゃんねる』ってタイトルは相応しくないです(褒め言葉です!)。そんな子どもっぽい話じゃあないんです。副題の~鎌倉幻影物語~の方が、雰囲気的に合っているかと思います。ティーンズ向けで表紙絵も可愛いですが、普通の小説として出版されても、それに耐えられる中身だと思っています。ただ、文章の量としてはやはりティーンズでも読みやすい余白が目立ちますが、しかしそれもまたこの作家が持つ、冷静で淡々としたテンポと上手く噛み合っているように思います。そう、私はこの本だけでなく、倉本さんの文章のテンポと雰囲気もまた好みでして、私の文章もまた彼女の影響を大きく受けていると思います。


ここからはネタバレ感想です。


まずは現代を舞台に、現代の少女達の話がオムニバス形式で進みます。

第1話は仲の良かった姉妹の片方が交通事故で亡くなってしまった話。ちょっとしたミステリーと軽いホラーが混ざってます。

第2話は親友二人の、ちょっとした恋愛をめぐるいざこざ話。結婚が決まり一見幸せそうに見える友達の方が、嫉妬の渦に飲まれます。ここでは、過去に義高が姫を殺した事が明らかになります(もちろんこれは実話じゃなく物語上のフィクションです)。

第3話は大好きだった従兄弟の兄が亡くなり、それを追って自殺した少女の話。少女から従兄弟の兄に当てた手紙の束が遺されていて、それを別の少女視点で読み、メインで話が展開される。この話は単体のストーリーとしても素敵でした。

第4話がこの物語のメイン。姫と義高の過去の話です。義高が姫のもとへ来た経緯は、上記で述べた歴史の通りです。しょせん義高は人質。彼はそれを充分に理解しており、頼朝方が自分の父・木曽義仲を、引いては自分を見下している事に屈辱を感じています。そんな耐え難い屈辱を受けるなか、どこかに溜飲を下げる材料はないかーーーそう考えた時、一番都合の良い存在だったのが、最も幼くか弱い、御しやすい存在である、許嫁の姫でした。幼い姫は当然遊びたい盛り。時折遊んでほしそうに義高を見つめてきますが、彼はそれを徹底的に無視します。そしていつか姫を海に誘い、事故に見せかけて殺してしまおうかと企む義高。

そんな時、義高の父・木曽義仲が死んだとの知らせを受けます。頼朝からあっさりと告げられ、そうですかと淡々と返す義高。やがて死ぬ運命を受け入れ、その場を後にします。

死を受け入れた義高は、姫を海に誘います。義高の心中など知らず、素直についてくる姫。もともと義高は、隙あらば姫を殺そうとしていましたが、いざ海に来れば、姫を放置してひとり物思いに耽っている。鎌倉の海を見つめる事で、父の事、頼朝の策謀、自分の運命を思い、沸き上がる悔しさを慰めます。

そんな時、近くで一人砂遊びをしていた姫に、突然の高波が襲います。もともと姫を事故に見せかけて海で殺そうとしていた義高にとっては、この状況は好都合ーーーのはずなのに、なぜか義高は姫を助けてしまう。自分でも意外な行動に動揺したまま、なぜ……と自身に問いながら姫と屋敷へ戻ります。戻った二人を迎えたのは、姫の母親・北条政子。政子は義高に対して、心から感謝の意を述べます。こんな状況なのにーーー憎んでもおかしくない立場なのに、姫を助けてくれてありがとう、と。

やがて史実通り、義高は屋敷から逃げ出すも、討ち取られてしまいます。死ぬ瞬間、まぶたの裏に浮かんだのは、政子と姫ーーー母と子の姿。武将の子として、貴人の子として生まれたからには、実母と引き離され、乳母に育てられるのが当たり前のこの時代。義高も例に漏れず、乳母に育てられた。しかし姫の場合は違った。生粋の田舎育ちだった北条政子にはそれがわからず、ましてや姫が生まれた頃は父・頼朝は流人で、政子の実家に養われている状態。だから姫には乳母の存在はあれど、実際は実母が育てているようなものだった。当然のように母に甘える姫と、それを愛しく受け入れる政子。母と引き離され、武将の子として厳しく躾けられてきた義高にとっては、理解不能で言い様のない焦燥を覚えた。あんなふうに自分は愛されなかった。あそこにある、あれはなんだ?自分はそんなもの、知らないーーーそう思いながら、義高は亡くなった。

ーーー場面は代わり、数年後の姫視点。義高が亡くなった直後、もともと体の弱かった姫は、具合を悪くしてしまった。それは義高を慕っていたわけではなく、ただ単純に、父が娘の許嫁を命令一つでいとも容易く処刑した事が怖かったからだ。それは当時七歳の少女にとっては衝撃の事実だ。

母の熱心な看病で病は完治するも、その頃には姫には身の覚えのない妙な噂が出回っていた。『姫様は、殺された義高を一途に想うあまり、病に臥せったらしい』と。まだ小さな姫には理解出来ない話だったが、姫が十五になってもその噂は消えず、むしろさらに、姫様可哀想とまで評されてしまう始末。実際、姫はあの頃から体が弱くなっていたのだが、実際のところは、皆の誤解に甘えて怠惰な日々を送っていたのだ。怠惰に過ごすから、よく熱を出すが、それも同情の目で見られるだけだ。やがて姫は、だんだん呑気に過ごしていくようになる。

そんな日々の中、いつからか姫の前には亡くなったはずの義高が現れるようになった。彼は相変わらず、優しくない目線で、姫を無言でじっと見つめてくる。当時は幼くて気付けなかった姫だが、今ならわかる。義高は、姫の事を、この鎌倉を、憎んでいたのだ。そうして姫は、義高に語りかける。私が嫌いなんでしょう?機会があれば、悪さをしようと思ってるんでしょう?……しかし義高は何も答えず、いつも姫の独り言で終わる。幻の義高に語りかけるのは姫としてはむなしいが、心地良くもあった。なぜなら、皆の誤解に甘えて怠惰な日々を送る姫のずるさを知っているのは、唯一この義高だけなのだから。

姫が十七の時、一条高能(たかよし)との縁談が持ち上がった。事情を知らない姫は、ふらりと姫のもとに来た高能と雑談を交わし、照れた様子でまた来ますと告げる彼を、少し嬉しく思った。その夜もまた、姫の寝所に義高の亡霊が現れ、無言で姫を見据えてくる。そんな彼に、姫は怒らないでと呟いた。

やがて姫のもとを毎日のように訪ねる高能。姫の体調を気遣い、穏やかな人柄である。そんな彼が、ついに姫の噂……『義高をずっと思っている』事に対して、彼女に恐る恐る問いかける。姫はそれは昔の事だと一蹴し、義高の事は忘れると、高能の前で誓う。

その夜も現れた、無言の亡霊の義高に、姫は語りかける。怒らないで、私が幸せにならないよう見張っているの?でも私はあの人と幸せになるのよ、と……。

そして高能から正式に縁談の申し込みがあった事を母から告げられ、それを受けるための返事をするべく、口を開く姫。しかし開いた口からは、姫自身も思いがけない言葉が飛びだした、それは縁談を拒絶する言葉だったーーー。思ってもいない事が口から出て焦る姫、そして、自分の体の中にあの義高が居座り、意識をのっとられた事を悟ったーーー。姫が義高に気付いた事を知り、初めてニタリと笑う義高。ーーーその日から義高は、姫の幸せを邪魔し出した。

結局義高のせいで、高能との縁談はなかった事に。その後どんな縁談が持ち込まれても義高の名を振りかざして拒む姫に困った父は、入内……時の帝に嫁がせる事を計画。これならさすがの娘も……という父の思惑とは裏腹に、どうせまた義高が邪魔するのだろうと諦めムードの姫。

義高に取り憑かれているからか、やがて本格的に病に臥せってゆく姫。そこまで義高を思っているのかと、悲しみに暮れる母に対しても、義高にのっとられた姫は、心とは裏腹に母を強くなじる事しか出来ず、さらに母を傷付けてしまう始末。姫は誰も憎んでいないのに……両親はもちろん、運命も、義高のことでさえも、憎んでなどいないのに。

義高に乗っ取られて病めば病むほど、世間は姫を『あっぱれな貞女』と讃える。やがて姫が二十歳の頃、入内を前にして、病で亡くなった。そして彼女は『初恋に殉じた永遠の少女』として歴史に名を残した。

姫の魂が実体を離れて浮かび上がってくる時、義高は必死にそれを掴み、抱きしめた。「やっと……」と無意識に呟く彼。やっと同じ場所に来てくれた、と。

なぜと問われてもわからないが、何百年も経った今ならば、義高にも少しはわかる。彼は、姫が羨ましかった。姫を取り巻く家族が、周りから愛される姫が。しかし自分の境遇が、プライドが、素直にそれを認めるのを許さなかった。だから必死に姫達を見下そうとしたし、悔しくて憎らしかった。皆から『貞女』だと讃えられるのも、姫が愛されていたからだ。もし反感を持たれていたら、厭らしい噂を勝手に巻かれて揶揄されるものなのに、そんな事もなくむしろ姫は讃えられている。

ーーーそして再び舞台は現代へ。
幽霊である彼らは、不定期で長い眠りに入ったりもする。今もこんこんと眠り続ける義高の顔を見ながら、姫は昔の事を思い出す。姫の生きていた頃、良くも悪くも、常に義高が身近にいる人だった。悩みにはいつも、義高が関わっていた。そして自分が死んでからも、そばにいる。眠る彼に、どうしてそばにいてくれるのか問いかけ、頬に触れるが彼は起きない。どうしてと問いかけ、今度はそっと口づける。それでも彼は起きず、1日経っても起きなければまた口づけを繰り返す。それは義高が知らない、姫だけの儀式。口づけ、彼の寝顔を見つめ、なぜだろうと呟く、姫の儀式。

第5話は、軽いエピローグ。その後眠りから覚めて日常の二人に戻った、義高と姫の会話から。姫は少しむくれている。幽霊になった自分の見た目はなぜか義高が死んだ当時の七歳だけれど、本来は二十歳で死んだのだから、生きた人間としての年齢は義高よりずっと年上のはずだ。なのに、狩り……食料として人間を刈る事が、なぜか上手くいかない、と。ぼやく姫を義高は愛しげに見つめ、姫はそれでいい、きれいなで甘ちゃんなままでいいのだと、心の中で呟く。そして彼は思う、何百年も経った今なら、素直に認められる。姫は彼にとって憧れの権現(ごんげ)で、姫のように周りから愛されたかった。でもそれが叶わなかったから、姫を手に入れた。
……そして以下が最後の文章。

少年は、十二。
少女は七つ。
永遠に、子どもの姿のままこの世をさまよう。
その背に重い過去を負ったふたりだ。
でも。
それはどんな過去であったのかーーー幽霊として時の中をさまよううちに、、ふたりの記憶から詳細が薄れてゆく。
だから、ふたりは寄り添っていられる。
永遠の彼方まで。
少年は十二。
少女は七つ。
この世が終わっても、おそらくそれは変わることなくーーー。

作品のまとめがかなり長くなりましたが、中学生の私にとって、この最後の文章のあまりの美しさに胸を打たれたものです。しかも5話のタイトルが『果てなし』というのですが、この表現も素敵で……。

彼らの間にあるものは、決して愛じゃないし、むしろ生前は憎しみとか負の要素で繋がれたものだった。だけどその中には、必ずしも負の要素とはいえない、でも愛とも言えない、そんな表現出来ない何かが朧気ながら感じられる。そして二人の死後、長い時を一緒に過ごす中で薄れて、忘れて、また別の何かが築き上げられてゆく……それを二人は相手に対して言葉で表現しないし、相手が見てる前では態度にすら出さない。だけど、何かが滲み出ている……その何かを言葉で表現するのは難しいし、無理に言葉にするのは野暮なようにも思えますが……そんなものが表現された素敵な作品で、私に最も影響を与えた本なのでした。


あ、ちなみに私の本名の方の名前の由来は、ドラクエです。私が生まれた時、ドラクエで遊んでいた父。当時のドラクエは、主人公の名前を入力すると、後に仲間になるキャラクターの名前が勝手に決定されるそうですね。
で、父がドラクエの主人公に父自身の名前を入れたところ、それに伴い決定したとあるキャラクターの名前が、私の名前です。
家庭の事情により、早く子どもの名前決めなきゃいけなかったみたいで、もうそれで行こう!的な感じで、母がそれに合わせて画数の良い漢字を調べて、決定。
そういうノリ、嫌いじゃないですよ。

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