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人のココロに関わるプロとしての独り言

ちょっと毒、吐きますね笑
「いいこと言おうとすると、自分も相手も怪我する件」

親切とお節介の境界の話です。
    
私が思う、「人の心」を取り扱うプロとしてのケジメの話ですが。

こういうこと書くと、お前なんぼのもんじゃいと言われるリスクが
あるんですが、それでもどうしても。
   
最近、あまりにも経験や覚悟のないまま「プロ」を名乗る人が多くて、
コーチングスクールとか勉強されている内容はさておき、
いや、そういうスクールが教えないのかな・・・
「教わらなくてもわかるでしょ」、という部類のことなのかな。

マナーが幾ら何でもなってない、と感じることが多くて。  


これまで数多くの「心のプロ」の人たち、
コーチ・コンサル・セラピスト・ヒーラーさんたちと関わりましたが、
      
結構いませんか?ステップ踏まずに、一気に真ん中刺してくる人。
      
あれ、どうなんだろう・・・・あれで本当に上手くいってるのかな。
      
数年前、いろんな人がオススメしてくれた「すごい人」に、
言葉ではほとんどノーコミュニケーションで
いきなり自信満々にピンポイントで刺されたことがあって、
ハテナすぎて何年か考えちゃったことがあったけど・・・
       
    
何年考えても、ホンットに1ミリも当たってなかったわ!!!!!
     
    
なのに堂々と見切ってる感出されて、悪いけど、
気分悪かったわ!!!!!!


そして、これはアドバイスをうるさがってるわけでもなく、
こっちもプロだから、釈迦に説法だ、余計なお世話だ!とか言ってるのでもなくて。
        
   
そうじゃなくて、普通に「真理」とマナーの問題じゃないかと思うんです。
    
 
百歩譲って、それが相手が気付けなかっただけで
真実だったとしても
役に立たなかったらなんの意味もない、と私はそう思う。
  
正しいことが大事なんじゃない。
あなたがスゴイことなんかもっとどうでもいい。
プロなら、どんな場面においても、
シンプルに「相手に良い影響をもたらすこと」に真剣になって欲しいと思う。       

    
相手に良い影響が与えられないのなら、どんなにすごいコーチだろうがコンサルだろうが、なんの意味もない。
      
         
例えば私は、友達がどんなに傷ついていても
コーチングなどの技術を使っては寄り添わないと決めています。
匂わせすらしない。
つまり、問題解決に貢献しようとはしてないんです。
   
ただ今までと同じく、一緒に飲んで愚痴を聞いたりする。
    
依頼がなければ、プロとしては関わらない。
アドバイスするとしても、一般論までで。
    
なんだろな・・・
物販や、飲食のプロの人とかと違って、「はい、これどうぞ!」ってするモノじゃないと言うか、失礼な気がするんですよね。
    
いや、時代も進んで・・・
飲食や物販の人もそうかもね。
キングコング西野さんの、差し入れについての提言、
あれも考えさせられました・・・。
      
でもここではひとまず心の話。
     
   
コーチングは人の心に深く影響するコトバを取り扱う。  
心は、無断で立ち入ってはいけない。
傷ついている時なら、余計のこと。
ただ寄り添う以外してはいけない時がある。
そう思う。
              
ドアを空けてくれた時にしか、踏み込んじゃいけない、と思う。
  
だって、腹立ちませんか?
めちゃくちゃショックで落ち込んでいる時に、例えば
   
「この事実からあなたは何を学べますか?」
   
とか、ぶっちゃけ「うるせーよ」しかない(笑)

「逆の立場に立ってみよう」「相手にも都合や愛があって・・・」

とか、今、要らないよね(笑)

友人としての私に求められてるのは、
そうだよね、悲しかったね、辛かったね、と
隣で一緒に共感することだけのはず。
   
だから、わざわざ自分のツールを取り出して来て、使ったりしないのだ。
友人は、私がプロコーチだとかビジネスコンサルだとか、
そういう肩書きがあるから私を呼び出したわけじゃないからだ。

街で困っている人がいても
ママ友に相談されても、基本同じだ。
コミュニケーションを重ねて、必要とされてるとわからない限りは
普通に付き合えば良いこと。
   
そしてど真ん中の話。

どんなプロでも。
コミュニケーションなくど真ん中なんてわかるはずがない。
コミュニケーションなく、あなたの中に降りて来た解決法や原因は
あなたが最近気になってた自分の問題というフォーカスポイントを
通って降りて来た「直感に似たもの」であるケースが殆どで、
相手には関係ない可能性が高い。
      
真に相手に本当に気づきを与えるって、言葉の内容はむしろ関係ない。
それが本当のこととか、金言だとか、どうでもいい。
そこまでの関係性、信頼関係だと思う。
   
あとは相手の心の受け取る準備の問題。
   
こっちの能力・直感、あんまり関係ない。
    
もし相手に気づきが起こったなら、
それは相手が求めていたからで、
準備が起きていたからで、
あなたのおかげではないことが殆どだ。
      
      
だから、あなたがどんなに想像でここだ!と思って
刺したってほとんど外れてるんだよ。
       
だから、もしそこに、あなたにとってどんな優しい想いがあったとしても、あなたがどんなにそれが真実だと思っても、
     
「刺そう」、つまり「気づきを与えよう」とする時点で、攻撃でしかないよと言うこと。
    
         
もしできることがあるとするならば、
大事なのはたぶん、言葉じゃない。
         
思いを表現する「態度」の方が、
よほど雄弁じゃないかな。
     
繰り返すけど、言ってる言葉じゃない。
   
何をしてるか。
どう振る舞ってるか。
どう扱っているか。   
     
そこで相手が自分をどう受け入れてくれるかが決まってくる。
そう思う。
      
いいことばっか言う人、なんか熱いことばっか言う人。
プロでもそうじゃなくても
あんまり信用できないのも、そう言うことだなぁって思うのです。

独り言でした・・・。

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