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忘れられない一品

パティシエへ転職してから、これまでに多くのメニュー開発や、商品開発に携わらせて頂きましたが、その中でも、きっとずっと忘れられない一品があります。今回は、そのお話です。

きっかけ

運良く、大手ホテルにてパティシエとしての第一歩を歩み始め、一年が経ったある日、製菓長から「次の季節のケーキ、お前が提案してみるか?」と声をかけられました。

私は一瞬「え…。もう?」と一瞬ひるみながらも、「やります!」とその場で答えました。当時の修業先のホテルでは、第一関門として、一年経ったタイミングで商品を開発するというのがありました。「たった一年で?」多分そう思う方が多いと思いますが、他のホテルに比べ、ここでは1年目からガンガン作業に携わらせてもらえる環境でした(その分、厳しさも割り増しでしたが…汗)。その一年で、どれだけ吸収出来たかを見るには、互いに良い関門だったと思います。

私の作る季節のケーキは、春の期間限定のケーキになりました。販売開始は5月から。ホテルのブティックで販売する、テイクアウト商品です。

ひらめきから試作へ

丁度、桜が散り新緑の季節、何が良いかな?と考え始めた私は、以前食べた、あるデザートを思い出します。

それは友人と外食した際に食べた「抹茶のクレームブリュレ」でした。確か和食屋さんだったと思います。「抹茶でもブリュレに合うんだな!」と、驚いたのが印象に残っていました。今でこそ、和菓子の食材が洋菓子に多様されていますが、当時は稀だったためです。

その抹茶のブリュレを思い出し、「抹茶のブリュレ→抹茶とキャラメリゼは合う→キャラメルとヘーゼルナッツは合う→という事は、抹茶+キャラメル+ヘーゼルナッツは、多分合う」という、脳内計算に至りました。実際に、抹茶+キャラメル+ヘーゼルナッツの菓子は食べた事がありませんでした。でもその前の例えは食べた事があり、この計算なら多分合うと、私の中では決まっていました。

余計なもの

試作は、これまでに仕込んだ事があるムース等の配合をベースに、抹茶に置き換えたり、キャラメルにどの位ヘーゼルナッツを入れるかを考えながら試作しました。構図は、パータボンブベースの抹茶のムースの中に、キャラメリゼした、ヘーゼルナッツ入りのキャラメルムースという2層構造です。

ムースの試作は、意外にもスムーズに進みました。それぞれの食材の特徴を活かし、メインはあくまで「抹茶」。それを引き立てるためのキャラメルムースと、食感と香ばしさを出すためのヘーゼルナッツ。リピートして欲しいので、甘さは控えめに。生地もジョコンドという、少し弾力あるものにして、食感のバランスが取れる様にしました。

課題となったのは、「仕上げ」でした。私はパティシエの先輩方に食べて頂く前に、敢えて洋食部門の主任に、試食を依頼しました。お客様の目線に近く、発想や先入観が偏らない感想が欲しかったのです。

主任の第一声は「ムースはバランス良いし、文句なく旨い。組み合わせも今までに無くて面白い。ただ、飾りが余計、味の邪魔。」でした。その時の試作では、ムースの表面に色止めの抹茶のナパージュを全体にかけ、飾りにホワイトチョコ細工を2つと、ヘーゼルナッツを置いていました。続けて主任は「食べる時、先ず何処から食べる?飾りからムースが多いだろう。飾りが甘いと、余計な甘さが舌に残って、折角のムースのバランスがボケるんだよ。飾りは最小限で良いと思う。」とアドバイスを頂きました。

当時(15年前)の洋菓子界の流行りは、何層にも重なって味を組み合わせる、複雑かつ華やかなムースが多く出ていました。そこから完全に逸れたアドバイスに、一瞬驚きながらも、私も前述の様にシンプルさを重きに置いていたので、飾りもシンプルに、ナパージュも極力薄くすることで調整し、次の試食では「良いね」と主任から嬉しい感想を頂きました。

試食の日

いよいよ、製菓部門全員の前で提案し、試食して頂く日が来ました。勿論、人生初の商品開発、しかも転職して僅か一年しか経っていない中、緊張はピークに達していました。

「抹茶とキャラメルのムースです。キャラメルムースの中には、食感を出すために、キャラメリゼしたヘーゼルナッツを入れています。」と説明しながら商品を出すと、製菓部門の主任から「こんな組み合わせ、合うのかよ?抹茶とキャラメルなんて…」と意見が出ました。

冒頭に話した通り、当時の洋菓子界では、抹茶と洋の食材を合わせるのは稀で、ホテルでも「抹茶とイチゴのムース」が、時々ウェディングのデザートで出る程度、他に抹茶の商品はありませんでした。

「すみませんがその台詞、食べてから言ってもらえますか?先ずは食べて、ご意見下さい。」

私の発言に、全員一瞬黙りました。今思い出しても、若気の至り、としか言いようがありませんが、食べる前に勝手な先入観から否定的な発言をされる事に、思わず言葉が出てしまいました。2年目の若輩者が、10年以上経験重ねた先輩への、初めての抵抗でした。

結果、試食して皆さん「美味しい」と評価して下さり、飾りのシンプルさは多少意見が割れたものの、そのまま商品になることに決まりました。製菓長や、製菓部門の主任も「意外といける組み合わせ、よく思い付いたな」と好評価して下さりました。

この人生最初の商品は、次の職場へのメニューや商品開発の際にも、一例として作ったのですが「これは美味しい!」と言って頂き、私の中では最初の商品開発というものだけでなく、ホテルでの経験が間違いじゃなかったんだ、他でも通用するんだと、自信をくれたものになりました。

見出しの写真は、当時の商品ではなく、自宅で以前再現した時のものです。当時の形は円柱で、自宅ではオーヴァル型でしたが、初心を思い出させてくれる、忘れられない一品です。

~余談~ 人生最初の商品名は「アンシャンテ」にしました。フランス語で「はじめまして」という意味です。名前の理由は、私が初めて作ったケーキで、お客様へ「はじめまして」という思いと、ホテルで初めての組み合わせのケーキだったので、その名前にしました。


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