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ひとまわり~2人目(後編)~

Aさんの勤めていたパスティッチェリアが閉店し、関西へ異動されてから9年後、私はあることをきっかけに、Aさんが東京へ戻っていることを知ります。

投稿

ある日、インスタグラムのおすすめ一覧をスクロールしていたところ、Aさんが写る投稿がありました。タップして見るとそれはAさんのアカウントで、関西から東京へ戻る内容のものでした。そして他の投稿も続けて見てみたところ、私が知るコーヒー屋さんに勤務するという情報も記載されていました。

「Aさんが帰ってくる」と嬉しかった反面、当初は会いに行っても忘れられていたら悲しいなという不安がありました。9年全くの音信不通であり、Aさんには多くの繋がりがあるのを知っていたからです。そんな大人数の一人、しかも音信不通だった人を、覚えているはずがない。ネガティブ志向が、行動力を抑えていました。

勢いのまま

そのネガティブ志向を消してくれるきっかけが起きたのは、「ひとまわり」の一人目、Nさんの存在でした。Nさんのお店で私の事をどこまで覚えてくれていたか確認した日、忘れられていても自身のバールノートを通じて当時の話が出来た、その嬉しさを抱えて店を出た私は「今ならAさんにも会いに行ける」という気持ちになれたのです。

Nさんの店を出て、そう思えた私は迷いが起きないうちにGooglemapでAさんのお店の場所を調べました。徒歩圏内かつ、営業時間にも間に合う。でもAさんがお店に居るか休みかも分からない…。それでも良いから行こう。気付けばお店に向かって歩き出していました。

数秒の後に

Aさんのお店に着くと、数人並んで待っていました。入口はL字型になっているのですが、通路の窓から中を見ることが出来、並びながら見てみると、数人のスタッフさんの中にAさんがいました。このお店は、時間を気にせずお客さん一組に対しスタッフさんが一人丁寧に接客し、好みの豆を一緒に見つけてくれるスタイルで、その日スタッフさんは3人いたため、私がAさんに接客してもらえる確率は1/3でした。

心の中で「Aさんになると良いな…」と思いながら並び、私の番になり正面をみると、数メートル先にAさんが迎えてくれました。カウンターのAさんの正面に立ち、互いにマスクを付けた状態で目が合い、Aさんが「いらっしゃいませ、本日は…」と言い始めた瞬間、Aさんは目を見開き、マスクを付けていても分かるほどの驚いた表情をしました。「え、なんで…」とAさんが発した言葉と重なるのもお構いなく、表情を見て覚えてくれていると思った私は嬉しさのあまり「ご無沙汰しています。会いに来ました。」と言葉を被せて、9年振りの再会の瞬間を迎えました。

「え?最後は9、10年位前?」というAさんの思い出す様子から思い出話が始まり、近況を互いに話ながら、好みのコーヒーを選んでもらいました。バールのバリスタとして出会った二人が、ドリップを淹れる空間で9年振りに再会した。この不思議な感覚と、顔を見てからの数秒間の反応を思い出し、私は幸せな気持ちでいっぱいになりました。

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オンリーワン

Aさんの所作は、当時と変わらず物腰の柔らかな丁寧な所作でした。会話をしながらドリップの準備を進め、抽出していきます。エスプレッソも同じですが、同じ豆、同じ挽き目、同じ湯温で抽出しても、人によって味わいが異なるのですが、Aさんのコーヒーは、9年前に感じたのと変わらず、優しい丸みを感じる味わいでした。

コーヒーを飲みながら、Aさんに持参していたバールノートを見せました。「うわぁ…懐かしい!」自身のページや、他のバリスタさんのページを見ながら、当時の話にはなが咲きます。そして「こう見ると、名前見なくても誰が淹れたかすぐ分かるよね」そう話したAさんに「カウンターの様子からとか?」と聞くと、「デザインカプチーノの絵。誰が淹れて描いたかすぐわかる」と。

そう言われて、フラッシュバックの如く一気に思い出したのが、私がバリスタとして就いていたころの、Aさん始め皆の意識でした。大会に向けての練習や、準備期間などは関係なく、日頃のバリスタとしての立ち居振る舞いの中で、私達は「ナンバーワン」よりも「オンリーワン」のバリスタを目指していました。

他の誰にもない、自分だけの武器を持つ。例えばデザインカプチーノで、他の人には描けない絵を練習して見つけ、「この人がいるから、このカプチーノが飲める」という個性や、カクテルも「この人がいるなら、今日はあのカクテルを頼もう」など、自分の個性を磨き武器にする。それを互いに尊重し、刺激となり、もっと勉強しよう、もっと…と、切磋琢磨する。私の周りの殆どが、そんな意識を持ったバリスタでした。

「だからあの頃の私は、がむしゃらに出来たんだ。」Aさんとの再会は、それを思い出させてくれる、貴重なものとなりました。来年、新店舗ではカクテルを提供出来るようにするとの事で、「ますますマニアックなお店になりますね、付いていけるかな」と話すと「大丈夫、十分あなたもマニアックだから」と笑顔で話してくれたAさん。

「またね」、次会うまでに、もう一度カクテルの勉強をして、10年ぶりに味わえるAさんのカクテルを楽しみたいと思います。


~余談~

実は、Nさんとの「後編」の終盤と同じ日に会いに行ったので、Aさんからまさかあんなに驚いた反応を見せてくれるとは夢にも思わず、本当に嬉しい幸せな気持ちになりました。家族や友人という関係ではない中で、誰かの記憶に10年近く音信不通でも残っていたのは、Aさんの他にもう一人いたのですが、そこには感謝しかないと、改めて感じた瞬間でした。そして、忘れかけていたオンリーワンを、思い出させてくれて本当に有難う。

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