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生成AIは「アイデアはあるのに描く手が追いつかない」漫画家を支える優秀なアシスタント:漫画家「うめ」の小沢高広先生が語るAIの活用法

昨今、何かと話題になっている生成AIは、文章や画像、音楽、動画などさまざまなコンテンツを自動かつ大量に作成でき、最近ではその品質も急速に向上しています。そして、コンテンツを生み出すクリエイターの中でも、生成AIを創作活動に使う動きが広がり始めているのです。

漫画業界においてその第一人者と言えるのが、漫画家ユニット「うめ」の小沢高広(おざわ・たかひろ)さん。小沢さんは、AIと対話しながらアイデアを練ったり、世界観に合う構図を探ったり、物語のキャラクターについて相談したりと、生成AIと協力しながら作品を生み出しているそうです。

そんな小沢さんに、アドビでAdobe Creative Cloudのマーケティングを担う岩本崇(いわもと・たかし)が「創作活動における生成AIの可能性」について聞きました。

後編はこちら。

<プロフィール>
小沢高広:漫画家ユニット「うめ」の企画・シナリオ・演出担当。作画はパートナーの妹尾朝子(せお・あさこ)さん。代表作は『東京トイボックス』シリーズ、『STEVES』など。現在、eスポーツを題材とした『東京トイボクシーズ』『ニブンノイクジ』などを連載中。個人で『劇場版マシンガーZ/INFINITY』の脚本を担当。電子書籍化に積極的で、漫画家界で先駆け的な存在。日本漫画家協会常務理事でもある(2023年5月現在)。

岩本崇:Adobe Illustrator / Photoshop / InDesignなどのデザインツールを担当するマーケティングマネージャー。一貫して広くデザイン、印刷市場へ最新製品を訴求。Adobe FontsやAdobe Fresco、Creative Cloudで新たに追加されたサービスやツール、モバイルアプリにも注力をしている。


商業作品で画像生成AIを使ったのは「僕が日本で最初かも」

2024年5月現在、小学館が運営する漫画サイト「ビッコミ」で『南緯六〇度線の約束』を連載中の漫画家ユニット「うめ」。小沢さんは演出・シナリオ担当として、作品の世界観やキャラクターの設計、ストーリーの考案、コマ割りや構図決めなど作品の土台をつくり、パートナーの妹尾朝子さんが作画を担当しています。

岩本が「創作活動で生成AIをどのように活用していますか」と尋ねたところ、小沢さんは「自身の作品で初めて画像生成AIを使ったのは2022年」と明かしました。

「画像生成AIのMidjourneyが出始めたころ、ちょうどeスポーツをテーマにした『東京トイボクシーズ』(新潮社)という漫画を描いていました。そこでゲームのアーケードコントローラーを模したステッカーを作るために生成AIを使ってみたのです。商業作品で生成AIを使ったのは、たぶん僕が日本で最初ではないかな」(小沢さん)

生成AIを使ったステッカーが描かれた『東京トイボクシーズ』の表紙

いつでも好きなときに相手してくれる生成AIを「思考の壁打ち」に積極活用

ただ、その当時の画像生成AIは「まあまあだね」という程度のクオリティだったそう。一方、小沢さんが積極的に活用したのは対話型人工知能のチャットボットです。

「2018年ごろから『打ち合わせ専用のAIが欲しい』と言い続けていたんです。その後、ChatGPTが登場して、子どもの宿題の作文づくりの相談役に使えないか検証したところ、良い手応えがあったので、個人的に『こちらの話に応えてくれるAI』を開発し、漫画家の友人たちに配布してみました」(小沢さん)

漫画家ユニット「うめ」の小沢高広さん

試しに物語の出だしに当たる導入部分について相談してみると、さまざまな問いかけが返ってきて「割と良い“壁打ち”になってくれた」と小沢さんは話します。漫画家仲間から寄せられた「ハリウッド型の三幕構成や起承転結など、物語の型に沿った応答をして欲しい」との要望を受け、チャットボットはどんどん進化しました。

「物語が始まる取っ掛かり部分を創作するときは、相談相手が欲しいものです。調子が乗ってくればストーリーも動き出しますが、最初だけは誰かにちょっと聞いて欲しい。商業漫画家には必ず担当編集者が付きますが、編集者も多忙です。アイデアが思いついたからといって夜中の3時に電話するわけにもいきません。そんなとき、相談するといつでも応えてくれる『思考の壁打ち相手』がいるとすごく助かるんです」(小沢さん)

現在連載中の『南緯六〇度線の約束』にしても、初期段階では編集担当が決まっておらず、また妹尾さんも別連載の作画で手が回らなかったため、小沢さんはずっとChatGPT相手に、ああでもないこうでもないと打ち合わせをしていました。

画像生成AIは大量のアイデアをたくさん出してくれる“高性能なおみくじマシーン”

一方、画像生成AIもこの数年で目覚ましく進化しました。「まあまあ」だった絵のクオリティは劇的に向上し、エモーショナルな感動を覚えるような作品を生み出すようになったのです。

「“エモ”は作品と見た人の化学反応ですしね。いまは例えば画像生成AIに、キャラクターのラフデザインをとにかくたくさん出してもらうなどしています。そこから『良いアイディアを選び取る』というより要らないものをバッサリ切り捨てていくイメージで、キャラクターを自分の中で固めていきます。ちょうど、砂山に棒を立てて砂を削って倒すゲームのような感じです。新入社員に『明日までに2000個のアイデアを出せ』というとパワハラになりかねませんが、生成AIならその心配はありません」(小沢さん)

また小沢さんによると、創作活動でたくさんのアイデアを出した結果、「まったく違うものを思い付く」ことはよくあるそうです。「うめ」のおふたりはそれを「脳みそのひっぱたき」と呼んでいます。

「時代劇を描いているのに、SFを観ているときに急にアイデアを思い付いたり、お風呂に入っているときに次の展開をひらめいたり。生成AIの回答にはまだ正確性はないので、とにかく数を出してもらって、ドンピシャなアイデアが出るか、こちらが思い付くまで“高性能なおみくじマシーン”としてガラガラポンを繰り返しています」

Adobe Fireflyをトレース用素材の作成に活用して表現や演出の幅も広がる

ただ、画像生成AIが進化しているとはいえ、漫画作品の中にそのまま利用できるわけではありません。最大の難点は、生成AIでは漫画特有のドットとラインのタッチが再現できないこと。よく見るとディテールに少々難があることも多いので、スタッフが手作業で修正してクオリティを上げているそうです。

このように生成AIを活用をしている小沢さんですが、先日アドビの画像生成AIツール「Adobe Firefly」を使っていて“ある発見”があったと教えてくれました。それは生成AIで「トレース用素材をつくる」というもの。

「3Dアプリで直方体を置き、アングルとレンズを決めてキャプチャを撮って、それをAdobe Fireflyの[構成]にアップロードします。そこで『上から見た東京の高層ビル』というプロンプトを入れると、自分では見ることができない風景を高いリアリティで生成してくれます。細かいディテールはトレース時に手作業で直せば十分使えます」(小沢さん)

この発見をXに投稿したところ、1日で21万viewを達成するほど注目を集めました。

「生成AIの話って、ネットでは荒れてしまうことも多々あるんですが、この件に関してはネガティブな意見はゼロでしたね」(小沢さん)

このトレース素材は、スタッフにも評判が良いそうです。「スタッフに具体的なイメージを伝わりやすくなりますし、何より最終仕上げを自分の手で行うので「自分で絵を描きたいというモチベーションにつながります」と小沢さん。

また構図についても、生成AIを使って自分では思い付かない構図パターンを提案してもらうなど、表現や演出の幅も広がったそうです。

生成AIの活用は新しい作品を生み出すことにつながる

アドビ、岩本崇

こうした生成AIの活用を聞いて、岩本は「漫画家がAIを使うメリットは何でしょうか」と質問しました。

小沢さんは「時間に縛られず、かつ1人でもアイデアの壁打ちができること、いくつもアイデアを提案してくれること、作図のイメージを具体化してくれることなど多数ありますね」と回答。生成AIは創作活動を行う上での困りごとの解消に役立つことを提示したうえで、「漫画家の創作活動がより広がる」と断言します。

「漫画家の友人がSNSで『OKをもらっている企画はいくつもあるけど、手が追いつかない』とつぶやいていたのですが、僕も同じです。ほとんどの漫画家は、アイデアはたくさんあるのに描く手が追いつかない状態だと思います」(小沢さん)

小沢さんは漫画家の手塚治虫さんを例に挙げて説明。手塚治虫は生涯で15万枚の原稿を描いていて、これは160ページの漫画単行本に換算すると900冊近いそうです。一方、現在は週刊連載で描いている漫画家でも年間3冊から5冊くらいとのこと。

小沢さんは「このペースで40年間描き続けても、生涯出せるのは最大200冊ほど。(手塚治虫さんと比べて)残りの700冊はどこに消えたのでしょう?」と指摘します。

アイデアがあってもそれを描く時間が追いつかず、結果としてまだ世に出ていないアイデアがたくさんあることを「もったいない」いう考えを示しました。

「効率化だけが生成AIのメリットではありませんが、生成AIを活用することで、頭と体を酷使していた漫画家の創作活動がより効率的になると思います。でも『効率化されたから、じゃあ遊ぶか』とならないのが漫画家で、おそらくさらに描くようになるでしょう。ファンも、自分の好きな漫画家の作品が1冊でもたくさん出たら嬉しいはず。生成AIの活用で、作品が1冊でも10冊でも増えるのであれば、僕はその選択肢はありだと思います」(小沢さん)

生成AIを創作活動に活用することは、さらに新しい作品を生み出すことにつながる―小沢さんはそう訴えます。

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