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内向型人間が感じる孤独や精神的不調についての話

私は、旅行・王将・バーなどに一人で行ける程度には、単独行動が苦にならないタイプだ。逆に、大人数の中にいることや他人に合わせて行動することはとても苦手で、8人以上の飲み会では(それがどれだけ気心の知れている相手だとしても)、隅の方でずっと同じ人と話し続けてしまう。LINEやチャットも相手からどう思われるかわからないから反射的に返信できず、何度も書き直して送るため時間がかかる。もともと他者とのコミュニケーションが少ない状態がデフォルトなのだ。

そんないわゆる「内向型」タイプの私だが、ここ1〜2ヶ月くらい慢性的に不調が続いている。仕事がまったく手につかない、といった絶不調ではなく、「なんとなくダメ、なんかやる気が起きない、朝起きたくない」くらいのふわっとした不調だから、余計にたちが悪い。

内向型人間の精神的不調について、あれこれ考えてみようと思う。

どんな不調が発動中なのか?

まずは具体的な不調の内容を書き出して、自分の状態を俯瞰で見てみようと思う。

身体的不調

  • 下唇の裏に驚異的なでかさの口内炎ができて2週間治らない

  • 上下両方の唇ががっさがさに荒れる

  • 顔中が吹き出物でぼこぼこになる(シミ取りレーザー後に処方してもらった飲み薬と塗り薬が合わなかったのかも)

精神的不調

  • お風呂に入る気力がわかない

  • 食欲があまりわかない(でも痩せはしない)

  • ごはんを作る気力がわかない

  • 誰かに会おうと声をかける気力がわかない

  • 集まりに参加するとすごく疲れてしまい、翌日動けない

  • 本を読む気力がわかない

  • 掃除、いやゴミ捨てすらめんどくさい

  • 楽しいことをするための調べ物をする気力がわかない

  • 眠れなくて動画見てるうちに夜中3時とかになる

  • 買いたいものや行きたいところが思いつかない

  • お酒もあんまりいらない

  • 朝ギリギリまで起きられない

  • 考える気力がわかない、考えても考えがまとまらなくてつらい

書き出せば書き出すほど、なんかやばくないか、私。

精神的不調の原因は何だ?

出社時代とフルリモートの今とでコミュニケーション量はそれほど変わっていない

去年の8月に転職して、フルリモート中心の生活に変わった。基本的には家で仕事をして、月1〜2回程度東京のオフィスへ出社したり、たま〜に現場へ出張したり。機密性の高い内容のミーティングなどでなければ、どこで仕事をしても何も言われないし、ある程度裁量を持って仕事を進められるようになった。

前職は、ステレオタイプをまったく裏切らない典型的な「ザ・日本の製造業」な会社で、時間やヒエラルキー型組織など自分の性質に合わないことだらけだった。上司ガチャはハズレ続きで、コロナ禍にはサイコパス上司にあたってしまい、メンタルクリニックのお世話になったこともあった。比べるものでもないけれど精神的不調は当時の方がよほど深刻だった。

前職は出社が基本だったし隣にチームメンバーはいたけれど、全然言葉を発しない日だってあったのだ。PCをタイプする音が響き渡るほど静かなフロアだったのだ。口数を絶対数でカウントできるなら、正直前職(出社)でも現職(フルリモート)でもほぼ変わらないとすら思う。

それでもやっぱりフルリモートの弊害なのか?

仕事をする環境は転職して飛躍的に良くなったし、大学院だったり会社だったりそれ以外だったり、知り合いは(多いとは言えないけど)それなりにいる。ただ、独身一人暮らしでフルリモートだと、言葉を発してコミュニケーションを取る機会が少ないなぁとは思う。

試しに「フルリモート 孤独」と検索すると、こんな結果が出てきた。「在宅勤務によるコミュニケーション減少が孤独などのストレスを引き起こす」という論調が多いみたい。

でも、仕事におけるコミュニケーション量は総じてあまり変わっていないはずなので「私が精神的不調を感じているのはフルリモートによって孤独になっているせいだ」と考えるのは、ちょっと理屈が合わない気がする。とはいえ、気力がわかないのは何かしらの要因があるはずだ。

①在宅勤務でメリハリがつけづらいから?

これは結構あるかもしれない。仕事の前に散歩したり、仕事の後に英会話や勉強会に参加したり(できればリアルで)、徐々に脳みその回転を上げていくようなことをした方がいいと頭ではわかっている。家族がいれば、お弁当を用意したり保育園への送り迎えの準備をしたり、何かしらの外圧があるのだろうけれど、一人で自分を律することはなかなか難しい(この年になっても朝型になれなくて起き上がれない)。どうしてもツライ。で、通勤がないことを言い訳に、ギリギリまで寝てしまう。

夜も、ぬるっと仕事が終わる、もしくは夜深めの時間にチャットのやり取りが続く(役員発信だと無視できない)、という感じで、PCの電源を落として「ハイ、おしまい!」にならない。前職が特に時間にうるさかった分(有休のときに返事したら逆に怒られる)、iPhoneの通知を常に見ている状態は心が休まらない。

②運動不足だから?

メリハリをつけるのと、運動不足解消のために、今の会社に変わってからは仕事の後に30分程度歩くようにしている。前職では通勤だけで1日8,000歩も歩いていたけれど、今は無理なく続けられるように「1週間平均5,000歩以上」を目標にしている。歩くだけだと運動不足解消にならないことはわかっているし、(月会費を払い続けている)ジムに行けよというツッコミにはぐうの音もでない・・・。

その他、夏にアルプスに挑戦したくて、最低月1回は山に登るようにしているのだけれど、先日誰も知らないようなマイナーな山に入って迷いかけた結果、孤独に耐えられず泣きたくなるという逆効果をくらってしまったので、山へ行くときはメンタルが安定していて、かつ登って楽しい山にしなければと思っているところ。

③仕事以外でのコミュニケーションが少ないから?

これはあるかもしれない。前職では、コミュニケーション皆無の地獄の部署にいたが、大学院に在籍していたおかげで毎週何かしら自分の考えを発信する機会が与えられていた。そこでバランスがとれていたのだろう。

今回ダウン状態からなかなか回復できない根本原因のひとつは「今日昼休みに散歩してたら両足違う色の靴下はいて蛍光ピンクの帽子をかぶってる人がいたんだよね」みたいな「ほんとにどうでもいいんだけど話さずにいられない」みたいな軽~い話をできる人がいないことだと思っていて、こういうすぐに解決しようがない悩みにどう折り合いをつけたらいいのかがわからない。

④一緒に働く人たちへの信頼が揺らいでいるから?

ここに書くために記憶を掘り起こす作業を続けるうちに、後から思い至ったこともある。そのひとつがこれだ。

私のチームは、私含めメインメンバー3人で動いている。Aさんと私は遠方からフルリモートで、Bさんは東京在住。フルリモートかつご家族をサポートする必要があったAさんに代わって、この4月からBさんがグループリーダーになった。リーダー交代がAさんにとって不本意だったのかは私にはわからない。けれど、Aさんはその後チャットに対するレスポンスがものすごく早くなり、自分の担当になった仕事を進めて、つどつどチームに確認を求めるようになった。うがった見方をすれば「このままだとここにいられなくなる」という悲壮感のようなものすら感じられるほどに。

そんな中、つい先週のBさんとの1on1の中で、Aさんが8月いっぱいで辞めることを伝えられた。「そんな予感はどこか持っていた」という気持ちと「残されるメンバーの負荷はどうなるの?」という気持ちでごちゃまぜになりながら、Aさんは私が知っていることを知らないので、いつも通りのやり取りを続けている。

だけど、Aさんががんばればがんばるほど、私の気持ちは冷めていく。どうせ辞めちゃうんでしょ。今あなたがあれこれがんばってることもその後引き受けるのは全部こっちでしょ。記事執筆はほどほどでいいから、辞めた後みんなに負荷がかからないような仕組みを作ってよ。

でもその一方で、そんな風に思ってしまう自分への罪悪感も止められない。なんでこんなひどいことを考えてしまうんだろう。Aさんは私が入社するときにすごく丁寧にサポートしてくれた人なのに。

入れ替わりが激しい会社なので、人が辞めていくことにあまり心を持っていかれないようにしようとはしているのだけれど、社会人生活を何年続けていても、そして自分自身何度かの転職を経験していても、知っている人がどんどん抜けていくことに実は少なからず傷ついていて、少しずつ蓄積されたダメージが今顕在化しているのかもしれない。

⑤アイデンティティのゆらぎ?

大阪は私のルーツであり、親が住んでいる場所。名古屋は今住んでいる場所。東京は会社のある場所。この3つの中で勝手に悩んでがんじがらめになっているのかもしれない、と思うことがある。

大阪に帰りたい。大阪(特に市内)は祖父母や両親のルーツであり、自分が誇りに思える部分でもある。でも大阪に帰るということは、彼との思い出を全部断ち切ることになるし、新しい人間関係をゼロから構築しなければいけないということ(おもろい人が多いだろうから何とかなりそうな気もするけど)。さらに、一人で住む場合は、今ほど日当たりや広さに恵まれない部屋にダウングレードする可能性が高い。母親の住むマンションに同居するのが最も経済合理的だけれど、誰かと一緒に住むという精神的負担が重い。そもそも、所属オフィス(東京)から遠ざかる引っ越しは、会社に認められない可能性もある。コロナ禍からしばらくたって「会社に来い」的な風潮が強まっていて、今だって「東京近郊に住まないの?」と聞かれている(この東京中心主義な質問が私は大嫌いだ)。大阪に引っ越す場合の問題点は、住環境と会社の許可というところ。

東京はどうかというと、正直全然乗り気になれない。人が多すぎる環境に体も心も慣れないことは明白だし、住環境は間違いなくダウングレードするだろう。仮にダウングレードにならない場所があるとしたら、それは「国分寺」みたいな郊外で(←THE SECONDでガクテンソクが繰り出したネタです)、広くて日当たりのいい部屋が見つかったとしても、1時間以上かけて通勤するような場所に引っ越すなんて本末転倒だ。今より稼いで今と同じくらいいい部屋に住めばいい、という声があるかもしれないが、正直私は今の収入(と今の家賃のバランス)で十分すぎるくらいだと思っている。稼ぐモチベーションが東京の家賃、とはならない。もし正社員から業務委託に雇用形態を変えられるかもしれないとしても、私は東京に住むことだけは断固として回避したい。

で、消去法的に名古屋が残ってしまうのが現状、というわけだ。駅激近、部屋は広くて南向き、家賃も安い。近所にそこそこ美味しい店もある。大阪ほど楽しくないけれど、穏やかに過ごすことはできる。自然へのアクセスも近い。条件面はすべて整っている中で、たったひとつ問題があるとすれば「帰属意識」なのだと思う。友人はいるけれど、家族・親戚は誰もいないし、今のところここで私が誰かと家族になる予定もない。そんな中で「ずっと名古屋に住んでいたい!」と揺るぎない想いを持つのはなかなか難しい。

思い切って富山に移住、とか考えないこともないけれど、たぶん私はほどほどの都会でしか生きられないタイプなんだと思う(だって人生80年として半分をどっぷり都会で生きてしまっているんだもの)。だからそのプランは一旦そっと心にしまっておくつもりだ。

書き出した後のネクストアクション、どうする?

気力がわかない中で自分なりに一生懸命思いつく限りを書き出してみた結果、ふとひとつ大切なことに気づけたように思う。

それは、とりあえずできることからやる、ということ。

全部ぐちゃぐちゃに思いつくままに書き出して、それをしばらく眺めていたら、3つくらいのパターンに分けられそうだな、と思えてきたのだ。

  1. 自分だけですぐ実行できること

    1. 朝がんばって30分早く起きて仕事前のルーティーンをつくる

    2. 1日5,000歩を継続する。できていることはほめる

    3. 大阪で条件の合うアパートがないか探してみる

  2. 少し時間はかかるかもしれないがやればできること

    1. 自分の得意領域でできそうな副業を検索してみる(編集とか校正とかに興味がある)

    2. パーソナルトレーニングとか何かもうひとつ新しいことを探してみる

  3. 自分の想いだけではどうにもできないこと

    1. 彼との関係性 - されて嫌だったことは書き出して成仏させる

    2. 辞めていく人と自分の境界線をひく

    3. コミュニケーションが苦手な自分を受け入れる

ここまで書いたあげくものすごく凡庸な結論だなぁと思いつつ、でも書かないよりはずっとよかった。急がば回れ、ではないけれど、1日ずつ、いや1時間ずつ、自分を労わりながら過ごしていくしか解決にはつながらないのだということに改めて気づけたのだから。

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