H3 試験初号機打ち上げ失敗への個人的評価 (速報)
3月7日、H3試験初号機 (H3TF1) の打ち上げが行われましたが、残念な結果に終わりました。門外漢ながらそれを見て思ったことをつづります。
経過の確認
打ち上げは当初、2月17日に予定されていたが直前に SRB に着火せず延期となっていた。
その後、制御系のネットワークにノイズが乗っていたことが原因と判明し、3月7日に打ち上げを実施したが、今度は第二段に着火せず、ペイロードである ALOS-3 (だいち3号) を軌道に投入できる見込みがなくなったため指令破壊した。
H-IIA から H3 への主な変更点
①一段目主エンジン LE-9 の新規開発。これまで LE-7 をベースとしながら燃焼サイクルを二段燃焼サイクル Staged Combustion (SC) からエキスパンダブリードサイクル Expander Bleed (EXB) に変更している。プリバーナーが不要になるため部品点数を減らせる。ただし燃費は悪くなる。
②SRB の結合・分離機構の変更。SRB と一段目本体との結合を従来のブラケットからピンで支える方式に変更。軽量化と構造の簡易化、確実な分離をめざした。
③民生部品の活用。自動車部品を電装品などに広く活用してコストダウンをはかった。
④二段目燃焼時間の延長。二段目エンジン LE-5B-3 は、H-IIA/B の二段目で使用されていた LE-5B-2 に所要の改修を加えたもので大きな変更ではない。
最大の変更点は新開発の主エンジン、ついで SRB だろう。
第一段目は成功
新規開発の一段目 (SRB含む) についてはほぼ完璧に動作した。開発努力の多くがここに注がれ、もっとも不確定要素が多い一段目が成功して実績が作れたことは大きい。
LE-9 エンジンの開発では燃焼試験の結果をうけて開発期間を延長してターボポンプを再設計した。それが批判されている開発の遅れにつながったわけだが、ロケットエンジンの心臓部であるターボポンプに不安を抱えていては信頼は得られない。英断だったと高く評価したい。
第二段の不着火について
第二段が着火しなかったという一報でまず考えたのは制御系の問題だった。第二段で使用されている LE-5 エンジンはこれまで H-IIA でも充分な実績があり、メカニカルな問題があるとは考えにくいからだ(機械のことなので個体差は否定できないが)。
しかし翌日の有識者会議での報告によれば着火信号は送出されエンジン側での受信も確認されているという。
そうなると制御系というよりはエンジンの電装系の疑いが強くなってくる。エンジンの制御装置から点火信号をプラグに送る部分か、プラグへの電源供給か、あるいはプラグそのものか、というあたりが疑われるだろう。プラグが点火したのに燃焼が始まらなかったというのはこれまでの実績から考えにくい(繰り返すが機械ものなので絶対にないとは言わない)。
追記:
よく考えてみたら、推進剤の配管バルブの問題や、起動のための最初の燃料供給機構(ガス押しという説明を目にしたけど、セルモーターみたいな仕組みがあるのかもしれない)が動かなかったということもあるかもしれない。そうするともうちょっと疑われる範囲が大きくなる。(追記終わり)
制御系ならシミュレート試験もできるだろうが電装系だと地上での完全な再現は難しい。部品の個体差があるからだ。ある程度絞り込みをしてあとは推測するしかないかもしれない。
なおエンジンを海中から引き上げても現物試験ができる状態とはとても考えられないから無意味だろう。
民生品の活用について
機体が新しくなっているので、いずれにせよ制御系は新設計になる。地上シミュレーションはもちろん様々な状況を想定して繰り返し行なっているだろうが、想定外のことも起こるだろうし、実際に打ち上げてはじめてわかることもある。関係者はもちろん最善を尽くしているはずだが、それでもそうしたリスクは完全にはなくせない。
しかし現時点での調査結果からは直接の原因ではなさそうだ。疑われている電装系に民生品が使われている可能性もあるが、それについては確認も評価もできる立場ではないので保留とする。
2月17日の延期との関係について
これは完全に否定していい。一段目と二段目の不着火はまったく別の問題だ。不着火という現象は同じだろうなどという指摘は、エンジニアリングというものを理解していない者の妄言に過ぎず、考慮に値しない。
打ち上げの評価
厳しい論調が多いが、自分の捉え方は異なる。なにより LE-9 と SRB が完璧に動作したのは大きい。二段目の LE-5 も今回は動作しなかったが過去の実績は十分すぎるほどある。今回の打ち上げの結果「過去一度も実際に動かしたことがない」ような重要な開発要素はなくなった。
あとはこうした要素をどのように組み合わせるかという観点で精度を上げていけばよい。簡単なことだとは言わないが、不確定要素は少ない。
LE-5 の着火電装系が原因だったと仮定して、それが新規設計なら見直せばいいし、従来のものを踏襲していたならば過去にも同じ問題の可能性は潜んでいてたまたま顕在化しなかったといえる。ロケットに限らず機械ものではどうしても成功率100%というわけにはいかない。実績十分だった二段目がよりによって H3TF1 で失敗してしまったのはタイミングが悪かったとは思うが、あり得ないことではない。個人的にはまったく対処しなくても次はうまくいってしまう可能性は十分にあると思っている。
ALOS-3 について
積荷である ALOS-3 (だいち3号) が失われてしまった。ロケットは所詮、積荷を軌道に運ぶ運搬手段だから、積荷を予定の場所に届けられなかったことは批判されても仕方ない。
だが今回、実用衛星をリスクの高い試験機で打ち上げようとして結果として衛星が失われてしまったその判断が批判されている。個人的には、実用衛星を試験機で打ち上げること自体を否定するものではないが、リスクが高いことは認識しておく必要がある。その上でそれでもいいと思うかどうかは荷主の判断になる。
問題は ALOS-3 が「失敗できない」状態に追い込まれていたことだ。ALOS-2 はすでに設計寿命を超えて運用を続けている。代機の必要性は以前から言われていた。それをのびのびにしてギリギリこれ以上待てないという状態で試験機に乗せた結果、失なわれてしまった。本来ならもっとずっと以前に打ち上げて、軌道予備機も用意するべきだった。
実は過去、気象衛星でも同じ誤りを犯している。MTSAT-1 の打ち上げに失敗して「ひまわり」の寿命がつき、アメリカの GOES 気象衛星(後継機が運用開始したため軌道予備機になっていたもの)を借りて急場を凌いだ時期があった。それ以降、気象衛星についてはコンスタントに打ち上げが続いている。
しかし今回 ALOS-3 では同じ過ちが繰り返されたのは、担当する政府部局間でそうした認識が共有されていないのだろう。気象衛星も ALOS も国土交通省所管だと思うのだが、同じ省内でこの有様だ。それとも気象衛星と違って ALOS の観測体制なら穴をあけてもかまわないという判断なのだろうか。
総合して
機体そのものについては自分はそれほど心配していない。問題があったのは確かだが、克服可能だしそれほど時間はかからないだろうと思っている。
しかし衛星打ち上げの計画立案実施については疑問を持たざるを得ない。確固とした方針があるようには見えず、行き当たりばったりに見えてしまう。ロケットは成功確率95%前後が普通で、成功率がまだ高いといわれる H-IIA でも98%程度だ。絶対的な打ち上げ数が足りてないのでこの数値も海外ではそれほど評価されているわけではない。いずれにしろ失敗の確率はかなり高い(荷物を100個頼んだらそのうち2個は相手に届かないなどという宅配便があったら倒産するだろう)。それを見込んで計画する必要があるのだが、成功を前提としてしまってリカバリープランがないとどんどん追い込まれてしまう、そういう状況に見えている。
おわりに
H3 の開発そのものにもいいたいことはありますが、それは別の機会に(もしあれば、ですが)。
あ、あと言い忘れましたがイプシロンの失敗も関係ないですから。あれこそ「別物」なので。
古くからロケットを見てきているので悪い意味で失敗には慣れっこになってしまいました。現場で働いてる方はそんな暢気ではいられないでしょうが、ときどきこうしたことが起きるのはもうしょうがないと割り切るしかありません(有人は別)。
成功、失敗、結果はどうあれ得られた経験を活かしてよりよい物を作っていってもらえればと願います。
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