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私が死んでしまって天国に行くまでの話。

こんな事を言って本当に信じてもらえるかわからないけれど
私は良いおばけです。

いや本当に良いおばけなんですってば。名前はアキ。上の名前は今は良い。とにかく覚えてもらう事が肝心だと。
テレビのお笑い番組で言っていた。しかし、テレビなんてものは"この世界"にはない。死後の世界は徹底的に娯楽を排除して、早く天国に行ってしまえと。そういう算段らしい。

なるほど。だとしたら私はなんなのか。
天国にも地獄にも行くことができず。この世界をさまよっている私はなんなのか。答えなど知らない。知っている事は私のもっている記憶が、肉体をなくしても残っている事(不思議)あと、死んでしまった理由だ。
私はドラマチックでもなんでもなく、病死した。

悲しいとか悲しくないとかでもない。朝起きたら死んでいた。そんな事あるのかというのならば調べてみるとよい。脳梗塞とかそのあたりを。何せ私は幽霊だ。本になど自由に触る事ができない。

高校生だった。やりたい事がたくさんあった。将来やってみたい仕事もあった。だが、このザマだ。死など何ひとつ良いことはない。かっこよくない。みんな泣いていたし。

なによりも大事な人より歳をとってしまった。
私には双子の弟がいる。確か一卵性双生児とかいうやつでそっくりだ。性別だけ違う。ここだけ漫画っぽい。その弟は5年も私を置いて歳をとっていた。

色々な状況で応援していた。弟の初恋は高校二年生で私に比べ遅いようだ。その時もこっそりというか大声で弟に"あの娘はお前のことが好きだぞ"と叫び散らしていた。もしかすると、いやもしかしてだ。

弟が幸せになるまで天国にいけない何かがあるのかもしれない。とか、生前。朝のテレビ占いですら、まぁまぁ信じこんでいた私は思い込みはじめる。弟は私の死後に医者になるために浪人をしている。

突然に私が死んで医者になろうと思い。猛勉強をはじめた。しかし勉強はしているのだが、望みが高すぎるのだ。東京大学医学部なんて。早く私のことなんか忘れて、自分の幸せを見つけて欲しいも。

ただ。ノートにはいつもねぇちゃんが見てるぞ。負けるなと書いている。思う。女性の私が言うのもなんだが弟は女性の持つ柔和で凛とした顔立ちで美形だ。医学部になんかいった暁にはさぞモテるのだろう。

だから、どこでもいいから私の事なんか忘れてさっさとどこかの大学に入って、彼女を見つけて恋愛をして、サークルに入って、会社に入って幸せになって欲しい。全部私ができなかった事だ。彼にならすべて託してもいい。

私の弟だ。自慢の弟だ。今日は受験である。まったくこんな日に限って雨だ。電車に乗るところを道に迷わないように下見をした大学に向かう。

何人かが振り返った。美形である事に加えて。
彼は謙虚で大人しいが、物怖じは決してしない大和撫子だ。男性に使う言葉ではないだろうが……。

そうしてサークルの勧誘がはじまりますよという雰囲気に慣れた様子で対応する。盛大にアメフト部が応援をしている。すると小さくありがとうございます。とお辞儀をして。

あっという間にもう受験開始の合図だ。
ちなみに私は東京大学の問題など解けるわけがなく、聞こえない声で応援している。
そうか死んでしまったら応援もできないのか。悔しいな。

弟は慣れた手つきで大問が二つしかない解答用紙の一つを埋めた。深呼吸をして大問二を解く。
いったい何がどうなっているのかわからない。

受験会場の静けさは異常だ。確かに魔物がいてもおかしくはない。だが私は決して弟を魔物なんかにくれてやるつもりはない。私を食えと魔物に叫ぶ。泣いたり叫んだりしている私の声は聞こえず。

弟は受験を終えた。とてもあっという間であったので私も驚いた。人間集中していると時間の経過が早いというのは本当だ。受験番号をにぎりしめる弟の姿。がんばれ。と小さい声で私。

小さい声でがんばれ。がんばれ。と私は続ける。
もう呼吸なんかどうだっていい。肺なんかいらないし。とっくにない。

彼の幸せさえあれば私はどうだっていい。
神様。私は地獄に落ちてもいいです。彼を幸せにしてください。

私はがんばれ。がんばれ。と小さい声が大きくなっている事に気がついて。
それから神様にそんなどうしようもない事を願っている自身に気がついた。この子もやりたい事があったであろう。

私が死ななければ、死にさえしなければ。悲しい思いをせずに理由が私ではない努力をしただろう。ああ。悲しみはこらえきれず嗚咽する。身体の有無などわからない。ごめんね。ごめんね。悠ちゃん。悠ちゃんにもやりたいことあったよねぇ。

私が死ななければ。本当に。ごめんなさい。私は軽々しく死を連想させるものが嫌いだ。嫌いなのはコレが理由だ。充分であろう。

本当にごめんね。悠ちゃん。
すると彼は、あっ。とつぶやく。私は人込みを無視してかけよる。受験番号。あった。あった!あった!悠ちゃんが東京大学に合格したのだ。私は嬉しくで抱きつこうとする。するっと抜けてアレっという声が私の頭の中だけで響く。

悠ちゃんは走っていた。どこにいくのだろうか。私は追いかける。神社。神社だ。悠ちゃん何をするの。君はもう神様にお願いする必要なんてなくなったんだよ。君の幸せは君が決めるといいんだよ。悠ちゃんは息を吸い込む。

「姉ちゃんのバカー!勝手に死にやがって!俺、俺は姉ちゃんみたいに勝手に何の断りもなく死んじゃうやつが大嫌いなんだよ!!バカ―!死ぬんなら、俺に断ってから死にやがれ!神様!聞いてんだろ!ここまでしたんだから姉ちゃんに会わせてくれよ!頼むよ!俺たくさん病気治すからさ!頼むよ!」
悠ちゃんの言葉に私は泣き崩れる。だめだよ。死んだ人は絶対に生き返らない。生き返っちゃダメなんだ。

悠ちゃん、だからごめん。私は天国に行くよ。でも神様、お願いします。悠ちゃんに、悠ちゃんの人生を歩ませてあげて。お願いします。彼はなんにも悪くない。
桜の木がそよぎ花びらは泣いている。

「ううっ。姉ちゃん。なんで死んだんだ。俺は…俺は…」
私はただただ弟に幸せになって欲しい。

強い風で桜が舞った、桜の花びらが降り注ぐ。神社に風でガラスに花びらがくっつく。"合格おめでとう。"私にはそう見えた。ガラスには合格おめでとうに見える花びらの模様。私はそんな事考えてはいない。いや、考えてはいるが。そうは念じていない。悠ちゃんはすっごく驚く。

「姉ちゃん‥いるのかよ。そこにいるのかよ!会いたかった会いたかった!俺東大受かったんだぜ!すごいだろ!姉ちゃん。だから安心して天国に行ってくれよ!なんとなく。いるのはわかってるんだ。」
私は驚く。そんなわけないのはわかっている。

神様もそんな都合の良い事は起こさない。
すると。ぱあっと空がひかる。
あれ。あれ。私もしかして。天国行けるの!?
とんでもなく驚く。これがきっかけで!?
悠が天国にいけって言ったから!?そんなわけ…。

次の瞬間私は宙を浮く。神様。私の事はいいから悠を幸せにしてください。そう願う。するとまた風。サクラの花びらは神社の石にありがとうと。模様づける。そんなわけ。と思ったがそう見えるのだ。見る人が見たらそう見えるように模様づくっている。

悠が叫ぶ。
「姉ちゃん。やっぱり。俺。姉ちゃんがいないとダメなんじゃないよ。俺は俺だから安心して行ってくれよ。な。」

端正な女性のような顔立ちの弟ははっきりと言う。サラッとした髪も揺れる。まったく絵になる弟だ。両手を握りしめて願っている姿はとても美しい。

私は観念して天国に行くことにした。おおまかに私が間違っていたのは、弟がはじめから私の為に生きていたわけじゃないということ。

死んだ人はどこまでも何もできないのか。願わくば。弟の人生が幸多きものになりますように。するとすぐに桜吹雪が止まった。

私は気がついた。最初から。この桜吹雪は神様の仕業だったのか。

全て合点がいった。神様。本当にありがとう。ちょっとだけキザったらしいところもあるけれど、向こうではよろしくお願いします。あとこれからも弟の事をどうかよろしくお願いします。

そうして悠が姉ちゃんすげぇと言うきっかけとなった。ものすごい零れ桜が、悠の眼前に広がった。桜は一枚だけ私を誘う様に天国の入り口まで案内する。

本当に憎らしい演出をする。それでも神様ありがとう。私はこれで安心して神様に悠をまかせて天国に行くことができます。

それじゃあね。悠。
私がいなくなったあと。しばらく悠は、その桜吹雪を眺めていたという。

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