専門職とめんどくささ―保育士一族に生まれ育って―
子どものころ、『きつねのおきゃくさま』という創作絵本が好きだった。
今は、2001年から一部の小学2年生の教科書にも載っている(た)らしいので、読んだことがある人もいるかもしれない。
私の母は保育士だった。
母の意向で、ほんとうにたくさんの絵本が我が家にあり、私は物心がつくまえから、絵にかいたような本の虫だった。母は、就学前に1000冊を超える絵本を私に読ませてくれた。
そのなかでも、一番のお気に入りが『きつねのおきゃくさま』(1984)
小学校低学年の頃だったと思う。
保育園で手作りの紙芝居だかペープサートをやるんだけど、みのちゃんはなにがいいと思う?
母にそう訊かれて、私は即答した。
だって、ほんとうに感動的なこのお話を、みんなに体験してほしかったから。
母も、了承して、次の日会議で出してみる、といってその日は終わった。
翌日、仕事から帰ってきた母を玄関で待ち伏せて、私は会議の結果をきいた。
母は、キラキラとした私の表情に、一瞬目をそらして気まずそうにいった。
園長先生がね、『誰かを守って死ぬことはカッコいい』というメッセージになりうること、それによる影響と危険性があるから、といって考え直すように言われたの。
は?そういうお話じゃないじゃん。
それは間違った読み方でしょう。
うん、でもね。みんなが、お話のメッセージがちゃんと伝わるわけじゃないの。
保育園の子はまだ小さいからなおさらそう。
でも、とっても感動的なお話じゃん。
小さいころからよい本をたくさんよめっていうじゃん!
私は、保育園の頃、そういう受け取りかたはしなかったから、大丈夫だよ。
とても感動的なお話だからね、間違ったメッセージでうけとったときに、心に残す影響も大きいの。感動的なことは、危ないこともあるの。
それとね、みんなが、みのちゃんみたいなわけではないの。
保育園にはいろんな子がいるのよ。
はぁ?!お母さんは、えらい人に言われたから言いなりになるんでしょ!
もういい!アドバイスなんかするんじゃなかった!
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園長先生はなんてめんどくさいやつなんだろう、と当時は思った。
分野は多少違えど、私も専門職となった今なら園長先生の懸念はわかる。
子どもたちのそれぞれに異なる発達の程度、家庭状況、今までの生育歴、これからの将来、さまざまなことを考えながら、専門職としての保育士はリスクをできるだけ排除し、メリットとデメリットを天秤にかけ、判断し、配慮しながら実践をしている。
一般人の感覚や、知識や倫理、子育ての配慮とは遥かに違う水準を求められる。
保育士一族で育った私は、選書ひとつイベントひとつとっても、保育士さんたちがいかに分析し、議論し、子どもたちの今と、背景と、これからにどう影響するか検討し、配慮してきたかを側で見てきた。
土日を勉強会や研修会に使い、自腹で参加し、親戚が集まった時でさえ、熱い保育議論を重ねる。平日も、選書や読み聞かせのために様々な本を読んだり、ピアノや歌唱を練習する。母やおばたちの背中には、いつだって、子ども達や保護者の方々への想いと、専門職としての誇りがあった。
その当時、すべてを理解できたとは言いがたいけれど、思い返せばどれも納得がゆくことばかりだ。
私や田中 俊英さん等が危惧し、声をあげるグラドル保育士問題も、多くの人からすればナイーブすぎる認識にみえるかもしれないし、そんな私たちが『めんどくさい』やつにみえるかもしれない。
でも、それでも、専門職は、専門職だからこそ声をあげなきゃいけない。
それが専門職の責任でさえある。
専門職よ、きちんと、めんどくさくあろう。
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