気高きエゴイスト
いくら絵に描いたような晴天だって、四方をビルに囲まれたマンションの二階にはろくすっぽ陽なんて差し込まない。
かといって電気をつけるのもなんか面倒だし、もったいないし、結局あたしはベッドの上にうつぶせになって、ただただぺらい毛布とお友達な午後。
せっかく晴れてんだし、外出なよ、って思います?
残念、これがここんとこのあたしの休日の過ごし方なんだ。ああ、望んでこうしてるのか、そうじゃないかは聞かないでくれよ。
腹の下に敷いたスマホはぴくりとも動かない。マナーにしてるから、何かあったら震えるはずなんだよね。
何かあったら。
その言葉を頭の中で繰り返しながら、私は幾つかの、私に訪れる「かもしれない」未来について夢想する。
例えば。LINEにお久しぶりな友達から連絡がきて、今度ご飯行こうよー、って、うーん、ダルいからパスかな……。
例えば。この間酔った勢いでえいやっと登録したマッチングアプリから、メッセージ受信のお知らせ。写真を見たら好みの感じのえらいイケメンでー、って、それ絶対サクラでしょ。だって私のプロフ写真、端的に行って貞子だよ、貞子。
腹の底からどでかい溜息をついた瞬間、ぶる、と携帯が一度震えた。
私はベッドの上に寝たまま跳ね上がりそうな勢いで、そいつを取り出し、恐る恐る通知をチェックする。
受信したのはワイモバイルからのメッセージ。
私はぼふんと力なく枕の上に突っ伏した。
「――……アカ消ししよっかな……」
呟いた言葉は涙でにじんでいた。『アカ消し』の『アカ』が何のアカウントを指しているのかって?聞くなよ。聞いてくれるなよ、そんなの。
私の指はそろそろと、水色のPのアイコンをタップしていた。まさか天下のPixivを知らない奴なんておるまいな?
マイページから、私の描いたイラストを表示させる。星の数はゼロ。ゼロ。ゼロ。
通知がきてないからわかりきっていたはずなのに、へこんだ。
私なんて、私の絵なんて、誰にも必要とされてないんだ、って、そんなことを思うとなんかもう死にたくなって。
机の上に開いた雑誌では、昔好きだった漫画家が「マンガで誰かを救いたい」とか、高尚なことをほざいてる。
ひと様を自分の創作物で救おうだなんて、おこがましさMAXで屁が出るわ。
私の絵は私を救う為にある。
崖っぷちでぼろぼろになりながらかろうじて息してる、社会人一年目女の持論よ。
そう。私の絵は、何の為にある?
PVの為? 星の為? 感想の為? フォロワー増やす為?
涙の染みができた枕から、そして柔らかく温かなオフトゥンの誘惑から、私は私をひっぺがす。
スマホを触りたくてうずうずしている手でペンタブを取り出し、机に座って、ついでに両頬を強くひっぱたいた。
私はこの絵で、私を救う。
ペンを手に取る動機は、それだけで十分だ。
私の引く線に迷いはない。例え携帯がうんともすんともいわなくたって。
(お題:気高い動機 制限時間:1時間)
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