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すい星列車がやってきた!(1)

「第37回 福島正実記念SF童話賞」一次選考落選作品

「お父さんなんか知らない!」
 わたしはそう言って立ち上がった。
 テーブルの上にはこげこげのカレーに、サラダ。それにいちごのショートケーキがふたつ。
 いつもお誕生日には、ロウソクの立った丸いケーキをかこんで、ハッピーバースデーを歌ってもらっていた。火をふき消したらお父さんとお母さんが、「おめでとう」って拍手をしてくれて……。
 今日はわたしの十歳の誕生日だ。それなのに。
「どうしてお母さんがいないのっ!」
 お父さんはこまったようにまゆ毛をハの字にして、わたしのことを見つめていた。
「わたしの誕生日までには退院できるから、みんなでいっしょにお祝いしようねって約束したのに!」
「――赤ちゃんの具合がわるいから、もうちょっとかかるみたいなんだ。でもほら、もうすぐビデオ通話ができるから……」
「いいよ! そんなの!」
 わたしはそう言ったきり、部屋をとびだした。
 とびらをしめる時、リビングにあるベビーベッドが見えて胸がぎゅっとなる。部屋のすみっこには、箱につめこまれたわたしのおもちゃたち。
 ずんずんずんと階段を上がって、自分の部屋に入る。
 そのままベッドにとびこんで、まくらに顔をうずめた。
 大きく息を、すって、はいて。
こらえきれずにこぼれた涙が、じんわりとまくらカバーをぬらしていく。
 コンコン。
 ドアをノックする音に、びくんと肩がふるえた。
「まひろ」
 お父さんの声だ。
「あけてもいいかい? 少し話そうよ」
 わたしは返事をしないまま、じっと体をかたくしていた。
今はどうしてもお父さんと話をしたくない。
「――またおちついたらでておいで」
 お父さんはそう言って、部屋の前からはなれていったみたいだ。
わたしはほっと息をつくと、かべの方にむかって歩く。
なるべく音をたてないように窓をあけると、むこうがわには夜の町がひろがっていた。
ぶあつい雲でうめつくされた空には星がひとつも見えなくて、なんだかさびしい気持ちになる。
――お母さんの病院は、どっちだったっけ。
どうにかして見えないかな。見えたら、少しだけ元気になれる気がするのに。
そう思って、窓の外にぐっと身をのりだす。
あとちょっと。あとちょっと。
そうやってじりじりと手をのばしているうちに、わたしはぐらりとバランスをくずして――。
「おっと。おじょうさん、危ないところでしたねぇ」
 だれかがそういいながら、わたしのうでをぐっとひっぱる。
「……なにか悲しいことがありましたか?」
 知らない声にそう聞かれて、少し迷ってからうなずいた。
「それならば、このすい星列車にお乗りなさい」
 その言葉が聞こえた瞬間、わたしの体はふわんと宙にういていた。
 プオォォォォォォ。
 つづけて聞こえてきたのは、大きな大きな汽笛の音だ。
 シュッシュッシュッシュッ。
 耳をふさぎたくなるようなすごい音をたてて、何かがこちらに近づいてくる。ものすごく明るく光るそれは、少しだけ青っぽい色をしていた。
 プシューーーッ。
 目の前にとまったそれは、機関車だった。先頭の車両と、客車が三両。ぷかぷかと空に浮かびながら、たしかにわたしの家の窓の前にとまっている。
「まよいびと前~。まよいびと前~」
 さっきの声が、そんなことを言った。
「いかがしますか、お嬢さん」
 ひょっこりと、わたしの前にあらわれたのはネコだった。灰色に黒いシマの入ったネコが、制服をきて、ぼうしをかぶってしゃべっている。
「ね、ネコ⁉」
 びっくりしすぎて声がひっくりかえった。
「どうか私のことはテールと呼んでください。この列車の車しょうをしております」
 テールはそう言って、おじぎをして見せた。
「お困りでしたら、お代はまたでかまいません。乗っていきますか? そろそろ発車の時刻ですよ」
 テールはそういって、小さな前足にしている腕時計をみた。
「の、のります!」
わたしは思わずそうさけんだ。
あやしすぎるけど、空飛ぶ列車にのれるチャンスなんて、これをのがしたら絶対にない気がする。
「それではお早めに。ただし、かけこみ乗車はおやめくださいね」
 テールはそう言って、客車の中にはいっていった。
わたしもテールの後をおいかけようとして、自分が宙にういていることを思い出す。泳ぐように手足をばたばたさせて、なんとか客車までたどりついた。
「それでは、発車いたします。安全のため、お早めにご着席ください」
 車内にテールの声が響いて、客車が大きくゆれた。わたしは案内にしたがって、いちばん近い席にすわる。
 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。
 少しずつ早くなっていく音に、胸がわくわくした。
 そのまま列車はへびのようにうねりながら、わたしの部屋の前から、車の上をとおって夜空へとかけぬけていく。
「あっ」
 その瞬間わたしは気づいてしまった。車の後ろの席、いつもわたしがすわっていた場所に、チャイルドシートがのせられていることに。
 汽車はどんどんスピードをあげているのに、わたしの心はなんとなく重いままだった。
「どうされました?」
 いつの間にかそばにきていたテールが、ひげをこすりながらたずねる。
「……べつに」
 わたしはそう言って、そっぽをむいた。
ふむぅ、とうなったテールがつづける。
「しかしあなたはさきほど、悲しいことがあったとおっしゃっていました」
 テールのまんまるい目が、じーっとわたしのことを見つめている。
「……お父さんとケンカしてさ」
 占い師のすいしょう玉みたいな目で見られたら、なんだかウソがつけなかった。
 わたしはぽつりぽつりと話し始める。
今日がわたしの十歳の誕生日だったこと。それなのに、お父さんの作ったカレーがこげていたこと。ケーキがホールじゃなくてショートケーキだったこと。――今日も家には、お母さんがいなかったこと。
「このあいだ、弟がうまれたの」
 そう言いながらもなんだか実感がわかなかった。だって弟のことは、まだ写真でしか見たことがない。
「だけどなんか具合が悪いみたいで、お母さんも赤ちゃんも、まだ入院中」
 話しているうちに鼻のおくがツンと熱くなる。
「ほんとうは、今日までには退院できるはずだったのに……」
 言いながら、涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえた。
 お母さんと赤ちゃんの話を聞くと、まわりのひとはみんなこう言った。
『まひろちゃん、大変だけどがんばってね』
『お姉さんだものね』
 そう、わたしはもう十歳で、お姉さんなんだから。しっかりしなきゃ。がんばらなきゃ。
「――あなたがお父さんとしたのは、ケンカではないでしょう」
 しずかな声でテールが言った。
「ケンカというのは、おたがいが怒っていてはじめてケンカというのですよ」
 そう言うと、テールはくるっとふりかえり、歩きだす。
 わたし、すごく勝手なことを言っていたのに、お父さんは怒っていなかったな。
 困ったような顔をしていたけれど、よく見たら悲しそうでもあった。
 窓の外には黒い雲のすきまからきらりきらりと星が見える。すごくいいながめなのに、わたしの気分はずしんと重いままだった。
 
 
 
「ここ、いいですか」
 列車にゆられて、しばらくたったころ。
 知らないおねえさんが、そう声をかけてきた。水色のワンピースにポニーテールがよくにあう、きれいなひとだ。
 こんなにたくさんの客席があって、それがぜんぶあいているのに、どうしてわざわざわたしのとなりにすわろうとするんだろう。
「ど、どうぞ」
 ふしぎに思ったけれど、けっきょくわたしはそうこたえた。このおねえさんに、なんだかどこかで会ったことがあるような気がしたからだ。
「ありがとう」
 おねえさんはにっこり笑うと、となりの席にこしかけた。
「あなたは、どうしてここに?」
「ちょっと、やぼようで……」
 うーんとなやんでから、マンガでおぼえた言葉をてきとうに答えた。
 おねえさんはぷっとふきだしたあと、けらけら笑う。
「あなた、おもしろいね」
 笑った目の下、左側にちいさなほくろがあった。お母さんと同じだ。笑顔の感じも、なんだか似ている気がする。
「おねえさんは、どうしてここに?」
 わたしがそうたずねると、おねえさんはきゅうっと目を細めながら言った。
「――会いたいひとがいてね。とんできちゃった」
 ふふふ、といたずらっぽく笑うおねえさん。
 わたしがさらにおねえさんに質問しようとすると、
『次は~、星くずパンケイクス前~。星くずパンケイクス前~』
というテールのアナウンスが聞こえてきた。
「あなた、パンケーキは好き?」
「え、あ、はい」
「そう! ならいらっしゃい。せっかくだからごちそうするよ」
 おねえさんはそう言ってわたしの手をとり、かけだした。
「どれくらいとまっている予定?」
 客車のとびらの前に立っていたテールに、おねえさんがたずねる。
「パンケーキひと皿分くらいでしたら、お待ちしていますよ」
「ありがとう」
 おねえさんはそう言って、とびらをガラッとひらいた。
「うわぁっ……‼」
 わたしは思わず声をあげた。
 目の前に広がっている星空は、いつも下から見上げているのとはぜんぜんちがった。すぐそこにあるからちょっとまぶしいくらいだし、手をのばせばさわることだってできそうだ。
 そして白くてきらきらしたもやの上には、赤い屋根の小さなたてもの。おもてのかんばんには「星くずパンケイクス」と書いてある。
「行こう!」
 おねえさんはそう言って、ぐっとわたしの手をひいた。
「わぁっ!」
 そのままぽんと夜の空にとびだしたわたしたちは、ぷかぷかと泳ぐようにしながら、白いもやの上に着地する。
「なにこれ!」
 足をついた瞬間、サクッ、と小さな音がした。はだしの足の裏も、なんだか少しちくちくする。
「気をつけて。星くずが集まってそうなっているの。あんまり強くふむと、底がぬけるかも」
「げっ」
「急いで、そーっと行きましょう」
 おねえさんに手をひかれるまま、わたしはそろそろと目の前のたてもの――『星くずパンケイクス』にむかった。
 カランコロン。
 ドアを開けると、きもちのいいベルの音がなる。
「いらっしゃい」
 そう言って出むかえてくれたのは、エプロン姿のウサギだった。
「ウ、ウサギ⁉」
「ははは、ぼくらのことをそうよぶひともいるね。おふたりさまですか? さぁさぁお座りになって」
 ウサギはそう言って、わたしたちのことを席に案内してくれた。
「メニューをどうぞ」
 そう言ってさしだされた厚紙には、こんな文字が書かれている。
『星くずパンケーキ
 星くずパンケーキ ~流れ星のしっぽをのせて~
 満月ジュース
三日月ジュース
 ドリップ新月』
「どれにする?」
 おねえさんにきかれて、わたしは悩みながら答える。
「じゃ、じゃあ、この一番最初のやつで……」
「星くずパンケーキね。飲み物は?」
「こ、これ。満月ジュース……」
「オーケー。じゃあ私は、せっかくだから違うのをたのもうかな」
 おねえさんはそう言ってから、大きく手をあげた。
「はーい。ご注文をどうぞ」
 かけよってきたウサギに、おねえさんがメニューをよみあげる。
「星くずパンケーキ、星くずパンケーキ ~流れ星のしっぽをのせて~、満月ジュース、ドリップ新月、ぜんぶひとつずつでお願いします」
「かしこまりました。少々お待ち下さいませ!」
 ウサギはそう言って、店の奥の方へひっこんだ。
 すると間もなくカチカチッという音がして、しばらくするとバターのとけるいいにおいがしてきた。
 もしかしたらけっこうふつうのパンケーキがでてくるのかも?
 と思ったら、おおまちがい!
 ウサギのいる方から、とんでもなくまぶしい光がぶわあーっとあふれてきたのだ。
「わぁっ! 待てっ! 待てったら!」
 ウサギはそう言って、どったんばったんと大騒ぎ。
 それがやっとおさまったかと思ったら、まぶしい光がじわわわわ、とゆっくり、まるでまばたきするみたいに点滅しながら小さくなっていった。
「ははははは、すみません。すごくイキがよくて」
 ウサギはそういって笑いながら、ふたつのお皿をもってきた。
「はい、星くずパンケーキのできあがり!」
 そう言って目の前におかれたお皿には、たしかにパンケーキがのっている。ふかふかでぶあつい、とてもおいしそうなパンケーキだ。
 上にのっているのはこんぺいとうだろうか。だけど、きらきらとうっすら光っている。
「こっちは流れ星のしっぽのせだよ!」
 おねえさんの前におかれたパンケーキには、まるであめ細工みたいにきらきら、ぴかぴかとかがやくおびのようなものがのっかっていた。
「いっただっきまーす!」
 おねえさんはさっそくフォークでそのきらきらをつきさすと、ぱくっと一口。
「ん~~! おいしい!」
 そう言って笑うおねえさんの口元には、きらきらのかけらがくっついていた。
「……いただきます!」
 わたしもどきどきしながらフォークを手にとった。
 まずは上にのっているこんぺいとうをすくって、口の中に入れてみる。
「⁉」
 それは口の中でぱちんとはじけたと思ったら、みるみる泡のように消えていった。
「星くずを食べるのははじめて?」
 おねえさんの言葉にこくんとうなずきながらも、すぐには信じられない。え? これが、星くず?
「なかなかいいもんでしょう。ほら、パンケーキもおいしいよ」
 おねえさんのお皿の中身は、いつのまにか半分ほどになっている。
 わたしはおそるおそる、ナイフを使ってパンケーキを切り分けた。切り口からはきらきらとやわらかい光がこぼれている。
「おいしい‼」
 口にいれたパンケーキは、ふんわりほろほろととけるように消えてしまう。そして夢のように甘い。まさか、こんなにおいしい食べ物がこの世にあるなんて!
「そう! よかった」
 そう言って笑うおねえさんは、すでにほとんどパンケーキをたいらげていた。カップに入ったドリップ新月を口にふくんで、なんだかしぶい顔をしている。
 わたしの目の前のお皿が空になるのもすぐだった。
「ごちそうさまでした!」
 そう言うと、こんどは満月ジュースに手をのばす。
 味は、オレンジとマンゴーと食べたことのないなにかを足して三でわった感じ。なんだか全体的にとろーんとしていて、コップをかたむけるときらりと光る。
「――あの」
 おねえさんは、ミルクと砂糖を足したドリップ新月を飲みながら幸せそうな顔をしている。
「お名前、なんていうんですか」
 わたしは、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
 おねえさんはしばらく考えてから、
「星子(せいこ)、ってどうかな。星の子と書いて星子」
と笑った。
「どうかな、ってなんですか」
「そのままの意味だよ」
 おねえさん――星子さんは笑いながら、それ以上なんにも言わなかった。
 
「お会計おねがいします」
 レジの前に立った星子さんは、そう言ってからふと、目の前にならんでいる袋に目をとめた。
中には砂糖をまぶした、色とりどりの星くずがびっしりと詰め込まれている。
『星くずキャンデイ 三百ステラ』
 はりつけられた札を見て、星子さんがうーんとうなる。
「これも、ふたつ頂こうかな」
「ありがとうございます!」
 うさぎはそう言ってキャンディの袋を二つ、星子さんにわたした。
「はい、どうぞ」
 星子さんはそのうちのひとつを、そっとわたしの手ににぎらせる。
「あ、ありがとうございます」
「いいおみやげができたでしょ」
 パチンとウインクした星子さんは、そう言ってわたしに笑いかけた。
「二千九百ステラです」
 星子さんが財布からとりだしたお金は、見たことのないものだった。外国のものみたいにも見えるけど、これもうっすら光っている。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまでした」
つづけてそう言いながら「星くずパンケイクス」をあとにする。
 ウサギは、店の外に出てわたしたちに手をふってくれた。
「おかえりなさい」
 そう言って出むかえてくれたのはテールだ。
「ごめんなさい。けっこう長くかかっちゃった」
「かまいませんよ。夜はまだまだ長い」
 テールはそう言って、客車のとびらをがらりと開ける。
 わたしたちはとなりどうしの席にこしかけて、発車を待った。

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