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第3話:顧客の苦痛を見抜くには「人は本当の苦痛を話すとき、言葉があふれるもの」——小説で読む起業

この小説では、主人公の洋子が起業家として成長するさまを描きます。
ストーリーはフィクションですが、起業家としての失敗や苦労、成功法則はすべて、起業や新規事業開発における実際の現場での体験、知見に基づいたものです。圧倒的にリアルで生々しい、洋子の起業家としての歩みを、共に見ていきましょう。

*この記事はGOB Incubation Partnersが運営するメディア「ウゴイテワカル研究所」からの転載です。元記事はこちら
前話までのあらすじ
洋子は、オンライン上で完結するインテリアコーディネートサービスのアイデアで、miltyを創業した。1年が経ち、伸び悩んでいた洋子の前に現れたのがアドバイザーの美保だった。美保と話をする中で、自分の事業実証の甘さに気づいた洋子。サービスの起点になるのは「顧客の耐えがたい苦痛」だとようやく理解したのだった。

第1話、第2話はこちら

顧客の課題をつかむ上で何をすべきか。美保は話を続けた——。

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美保:「まず大切なのは、仮説を直接検証しないこと。つまりmiltyの場合なら、注文までの手間が問題なのか、それとも家具代やコーディネート料が問題なのかを検証しようとしないこと、を肝に命じてほしいの」

美保は続けて、「仮説検証」と「仮説証明」という考え方を紹介し、それぞれの違いを説明しはじめた。

美保「『仮説検証』は、事実に基づいて構築した仮説を、より深い事実に基づいて明らかにすること。『仮説証明』は、自分が思い込みで仮説を構築し、その仮説を裏付けようと事実を集めることを言うの。似ているようで、やっていることは真逆よ。

洋子さんはこれまで、仮説検証だと思い込んで、仮説証明をしてきたの。これからは仮説検証に時間を割かなければならないわ」

自分がこれまでやってきたことがいかにズレていたかを理解した様子の洋子。真剣に耳を傾けていた。

美保:「仮説を検証するときに絶対に忘れたはいけないのは、あなた自身では、何ひとつ仮説を検証できないということよ。

仮説を検証できるのは、顧客だけだと覚えておいて。

もちろん誰でもいいわけではなくて、あなたが問題を抱えていると想定している顧客に話を聞くこと。くれぐれも、話を聞くだけよ。仮説を話して同意を得ようとしたり、アイデアを話したりしてはダメ。アイデアを熱っぽく話すと、誰でも同意しないといけない気持ちになって、本音を話してくれないからね。そして、顧客の苦痛が『耐えがたい苦痛』なのかどうかを探るの」

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一通り説明を終えた美保は、少し黙ると、自分が創業したての頃のエピドードをゆっくり話しはじめた。

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「母親は、私が大学を卒業した後、地域のママ友や友人と少しずつ疎遠になって、外出も減っていったの。60歳を越えたくらいからは身体も悪くしがちで、精神的にも落ち込むことが増えたわ。

美保の母親

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私や兄と話し合って、母は故郷の実家近くで一人暮らしをすることになったの。母の両親はすでに他界していたし、暮らしていたのは40年も前だから、近所には知り合いもほとんどいなかった。私と兄も、時間を見つけて母の家に行くようにしていたんだけど……。

ある時、家を訪ねると、母が倒れていたのを見つけたわ。発見が早かったから大事には至らなかったけど、ストレスと栄養不足、運動不足による筋力低下が原因だった。もし私の到着が遅かったら……と思うとゾッとした。

当時私はすでに結婚していて、一緒に住むことはできなかったけど、今までよりも頻繁に母に会いに行くようにしたの。でも、どうしても限界があるし、母も、私に申し訳なさを感じているようだった。

母も心配をかけまいと、スーパーでパートを始めたんだけど、体力も落ちていて、目まぐるしい作業量にいっぱいいっぱいになって……、たった1日で辞めることになってしまったの。

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そのとき私は思ったわ。母がどこに1人で住んだとしても、健康で友人に囲まれて生活を送らせてあげることはできないだろうか。ご年配の女性が友人と楽しみながら身体を動かせる場所があったら、母のような状況にある人たちの幸せに貢献できるんじゃないかって」

「その頃の私はWeb制作の会社で企画担当をしていて、時間の融通も利いたから、そのアイデアを実現できないか試してみることにした。

まずは自分のアイデアについて、意見を求めたわ。といっても、潜在顧客に話を聞いたわけじゃない。シニア女性の中でも一人暮らしをしている方に絞って、どんな生活をしているのか、どんな苦痛を抱えているのか、したいけどできていないことは何なのか。とにかく話を聞いた。

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そうやってインタビューをしていると、『耐えがたい苦痛』かどうかは、意外とすぐ分かることに気づいたの。

みんな、自分の苦痛について語るときは、あふれるように話が止まらないから。

話を聞いた方の中に、こんな人がいたわ。その方は3部屋ある家に一人暮らしで、それぞれの部屋に2つずつ大きな時計を置いていたの。理由を聞くと『誰とも会わないと生活リズムが狂って、今が何時なのか分からなくなってしまうから』だって。母と重なるところがあって、涙がこぼれたのを覚えている」

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美保:「人は、本当の苦痛を話すとき、言葉があふれるもの。自分がその苦痛を取り除くためにどれほどの時間やお金を使っているのか、いくらでも話してくれる。

でも、それを引き出せるかは、インタビューのやり方次第よ。とにかく聞くに徹すること。質問も極力しない。するとしても最小限に。相手の話を自分なりに解釈するのもダメ。話をやめてしまうから」

もしかしたら、ほとんどの話は退屈かもしれない。でも、数パーセント隠れている大事な話を聞くために、とにかく聞くの。

アイデアを話そうとした途端に、目の前の人は、アイデアのために自分の話を聞こうとしていているのだと感づいてしまうものよ」

洋子は、美保の話に聞き入っていた。

今ではあんなに大きなフィットネスクラブを経営する美保が、とにかく顧客の話を聞き続けていたことに、自分との差を感じていた。悔しいでも、後悔でもなく、少し妬ましいような、そんな気持ちだった。

自分だってできたはずなのに——。

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最近働きづめだった洋子は、土曜日を丸一日オフにして、大学時代の友人だった謙介とランチに出掛けていた。連絡を取り合っていたが、会うのは久々だった。

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洋子は謙介に、美保から言われたことを話した。

うなずきながら話を聞いていた謙介は、感想を言うことはなく、代わりに今自分がやっていることを話してくれた。

洋子の友人:謙介

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謙介は、大学に入学してすぐに東大寺の大仏に見惚れた。信じられないほどの圧倒的な安心感に惹かれ、在学中に仏像彫刻師に弟子入り。今では、自身も仏像彫刻師として活動している。

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謙介:「洋子は知っていると思うけど、仏像彫刻は、人の悩みや不安を受け止めて、癒し、前向きなエネルギーを生み出すための、人生のパートナーを届ける仕事なんだ。『彫刻師』というとアーティストのように思われることもあるけど、実際は1人ひとりの依頼者のこれまでの人生や、今の関心、将来についてをとことん聞いて、仏像にどんなメッセージを映し出すのがベストなのかを考え抜くんだ」

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洋子:「1人の人生をそこまで掘り下げて聞いていくなんて知らなかった。どれくらいの時間をかけるの?」

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謙介:「人によるよ。インターネットで『こういう感じ』とお願いされるときもあるけど、それでもできる限り背景をしっかり聞くようにしているんだ。最近だと、依頼者の方のご実家に出向いて、亡くなったご家族への思いについて話を聞いたりもしたよ」

洋子は、謙介の話を、美保の話と重ねあわえながら聞いていた。

「謙介は自分が作りたいものを作っているんだろう」と思っていた洋子は、謙介の姿勢に衝撃を受けていた。

別れ際、謙介と握手を交わすと、その手は大学時代よりもゴツゴツとたくましくなっていた。毎日の手仕事で鍛えられた指先だった。

謙介の頑張りに触れて、洋子も刺激をもらっていた。

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その翌日、洋子は美保に連絡をとった。

顧客を理解することの大切さは身に染みていたが、いざインタビューをするとなると、やり方に自信が持てなかったのだ。

その日近くにいた美保にランチに付き合ってもらい、インタビューの作戦を練った。

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美保の話を聞きながら、洋子はインタビューの質問項目をメモしていた。

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メモには「仮説をぶつけてはならない。とにかく聞く」と大きな字で書いてある。

インタビューは、自分のアイデアをぶつける時間ではなく、顧客を知るための時間なのだ。

その日の午後はミーティングが詰まっていたので、翌日からインタビューを始めることにした。不安だったが、同時に、少し心が高揚するのも感じていた。

洋子はこれまで美保から言われた話を思い返していた。

「顧客はアイデアを買うのではない、苦痛を取り除く手段を買う」

「仮説がなければビジネスは生まれない。でも、仮説は検証するまでビジネスを作ってはいけない」

「まずは、仮説が正しいのかを見極めることが大切。そのためにも、仮説を顧客にぶつけてはいけない。聞くに徹することで、仮説の正しさが分かる」

洋子は、この段階を飛ばしてビジネスを作ってしまったことを後悔していた。

でも、美保はこうも言っていた。

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「仮説検証はいつどのタイミングからでも始められる」

創業から1年も経ち、今さら後戻りするようで気が遠くなりそうだったけど、今から仮説検証をしようと覚悟を決めた。美保の言葉は、少し嫌味に聞こえることもあるけど、勇気もくれる。

その日の晩、洋子は翌日から始める仮説検証の準備をしていた。メッセージアプリを見ていると、母に「もうすぐ誕生日だね」と送っていたのが目に入った。

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洋子の母親

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思い返すと、今まで母親へのプレゼントは、自分の独りよがりで決めていたような気がする——。

洋子はそんなことを思いながら、美保の教えを思い返していた。

今までは「娘がプレゼントするものはなんでも喜んでくれるだろう」という驕りもあったのかもしれない。

洋子は母に電話をした。

洋子 右向き 通常モード (2)

洋子:「お母さん、もうすぐ誕生日だよね。プレゼントって何がいいかな? 日本の伝統文化とイタリアのデザインを融合したバッグが気になってたんだけど……」

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母:「そうねえ。最近は出掛けることも少なくなったし、そんなに素敵なバッグはもらっても使う機会がないかもしれないわね。

気持ちだけでも嬉しいけど、最近は座椅子が気になっててね。ソファだと腰が沈んで姿勢が崩れちゃって。少し前にぎっくり腰をやってから腰の調子が悪いのよね」

母がぎっくり腰になったことすら洋子は知らなかった。

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誕生日プレゼントに欲しいものを聞いたのは初めてだった。

電話を切ると、美保が言ってくれたことを思い出した。

「ビジネスは『ビジネスライク』という言葉があるように、合理的に組み立てていくことが大事なのは間違いない。でも、人は感情の生き物だから、自分が大切にされていることは分かるものよ。商品を顧客に届けるときは、自分の大切な人に届けるように、ね。顧客だって『私を大切にしてくれている。だからいいものを作ってくれるし、高くても買おう』と感じてくれる。こうやって事業が成り立っていくの」

市場環境やニーズを頭で計算してサービスを立ち上げたけれど、

「本当の苦痛に話が及ぶと、人は、話があふれるもの。自分がその苦痛を取り除くためにどれほどの時間やお金を使っているのかを、いくらでも話してくれる」「でも、それはインタビューのやり方による」

母の話を聞いたことで、美保の言葉がより理解できた気がした。

第3話のポイント
・本当の苦痛に話が及ぶと人は話があふれるもの
・だから自分の仮説や想いは顧客にぶつけてはならない。とにかく聞くに徹する
・仮説を検証するまでは、ビジネスを作ってはいけない
・まず必要なのは、仮説が正しいのか、間違っているのかを見極めること
・仮説検証はいつどのタイミングからでも始められる

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第4話はこちら

第1話、第2話はこちら

*この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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