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第11話:マーケット検証にコストをかけてはダメ「本当にアプリを作る必要はあるかしら?」——小説で読む起業

この小説では、主人公の洋子が起業家として成長するさまを描きます。
ストーリーはフィクションですが、起業家としての失敗や苦労、成功法則はすべて、起業や新規事業開発における実際の現場での体験、知見に基づいたものです。圧倒的にリアルで生々しい、洋子の起業家としての歩みを、共に見ていきましょう。

*この記事はGOB Incubation Partnersが運営するメディア「ウゴイテワカル研究所」からの転載です。元記事はこちら
前話までのあらすじ
オンライン上で完結するインテリアコーディネートサービス「milty」を創業した洋子は、組織を解散し、咲と共に再スタートを切った。ビジネスモデルを再構築し、ついに検証の段階にまで到達した。

第1話〜第10話は以下のリンクから

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夕食を済ませた洋子たちの部屋には布団が敷かれていた。

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美保:「さて、ビジョンのアップデートの続きを話しましょうか」

「さっきの話とは矛盾するように聞こえるかもしれないけど」と前置きをして、美保は話を続けた。

美保:「ビジョンは道標として、とっても大切よ。でももっと大切なのは、目の前の事実に向き合い、行動を続けること。

まずは今日の議論を一度整理してみましょう。どこまでが確からしい仮説で、どこからが妄想仮説かしら」

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洋子:「咲、どうだろう?」

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咲:「顧客の苦痛と業界の課題は、事実を集めて、都合のいい解釈を入れずに定義できていると思います。でも、課題の解決策はまだまだ妄想の段階じゃないでしょうか。顧客が欲しがってくれるサービスかどうか、まだ見えていないように思います」

洋子:「私もまったく同じ。顧客が欲しがってくれるかどうか、検証する必要がありそうね」

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美保:「同感。2人とも、現状認識が正確になってきたと思うわ。

だけど、ひとつだけ注意して。検証する際には、その目的と条件を2人でしっかり認識しておかなければいけないわ。

検証の目的とは、顧客に起こしてほしい行動が実際に起こるかどうかを確かめること。つまり、発注があるかどうかを確かめること。そして検証の条件は、労力と費用を極力抑えること。そうしないと、何度も修正しながら試すことができなくなるからね」

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洋子:「美保さん、助言ありがとうございます。咲、次に私たちがやるべきことは、試作品を作って試すこと。それも、労力と費用を抑えながら。まずは簡易なアプリを制作する必要がありそうかな」

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美保:「本当にアプリを作る必要はあるかしら?」

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洋子:「え?」

美保:「例えばファイル共有サービスの『Dropbox』は、ほんの数分のプロモーション動画だけで、何万件もの事前予約が集まった。サービスの実態がなくても、顧客に購買行動を起こしてもらうことはできるいい例ね」

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咲:「なるほど。検証に労力と費用をかけないというのは、そういうことですね」

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美保:「そう、その通り」

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洋子:「それなら、私の前職での経験が活かせると思う。LPだったら1日かからずに作れるから、LPを制作して民泊運営会社に送って、予約が入るかどうかを、見極めてみよう」

咲:「私も一手伝います!」

洋子たちは、旅館のラウンジを借りてLPのラフスケッチを始めた。

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洋子:「LPを作成するために、まず美保さんにいつも指摘いただく項目を整理してみるね」

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咲:「これらを踏まえて顧客目線のLPを作るってことですね。でもLPには、社会課題のことまでは含めなくていいんじゃないでしょうか。

以前に美保さんが『人はビジョンを語られるとビジョンに共感し、サービスは二の次に考えてしまう』って言っていましたよね? 今回は純粋なサービスに対する反応を確認したいから、社会課題やビジョンの話は入れないほうがいいと思うんです」

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洋子:「そうね。ビジョンは今のところ、私たちの中にしまっておきましょう」

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翌朝、洋子は旅館から、彼氏の良幸に電話を入れた。

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洋子:「良幸、おはよう。素敵な旅館だったわ。旅館の女将さんからはインテリアコーディネートを依頼する時の課題も聞けて、さらに業界の課題にも目を向けることができたの」

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良幸:「そうなんだ。どんどん進んでいるみたいだね」

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洋子:「うん。視野がどんどん広がって来ている気がする。業界課題と社会課題、ビジョンまで掘り下げて、昨晩は咲と一緒に新サービスの検証用のLPを作っていたから、少し寝不足よ」

良幸:「いい仲間に恵まれたね。話を聞いているだけでも、どんどん中身が洗練されていくのを感じるよ」

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洋子:「本当にそう思う。マーケット検証も、予算をかけずにできそうだし、知恵や引き出しが増えて来ている感覚があるの」

良幸:「いい感じだな」

洋子:「うん! おかげさまで」

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咲は、民泊を運営する会社のリストを作っていた。

エリア、物件のタイプ、物件数、内観の特徴などの情報を収集した。民泊運営会社の中には外部のポータルサイトに物件を掲載していて、ホームページを持たない企業も少なくなかった。

咲は、連絡先がわかる会社にはメールで、連絡先が分からない会社には外部サイトにある電話番号に1件ずつ電話をかけて試験段階のサービスを紹介し、テスト価格でサービス利用ができる旨を伝えていった。

期限を区切った方が多くの反応が返ってくるだろうと予測していたため、LPには『先着15社まで』と書いて、30社に連絡をした。

次の日、メールを開けてみると、5件の予約注文が入っていた。

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普段、洋子とはチャットツールでやりとりをしている咲だったが、はやる気持ちが抑えられず、洋子に電話をかけた。

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咲:「洋子、聞いて! 昨日連絡したばかりなのに、早速LPから5件も予約が入っていたわ!」

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洋子:「すごい……‼︎ ぬかよろこびはできないけど、これまでになかった反応ですね!」


洋子と咲は喜びを感じつつも、まだ検証の一歩目が始まったばかりであることも自覚していた。

2人は予約の内容を1つずつ丁寧に確認していった。

A社は京都で複数の民泊物件を運営していた。1泊の宿泊料がハイシーズンでは3万円以上という高価格な物件が揃っていた。一方で立地はいずれも駅から徒歩15分以上とアクセスがよいとは言えなかった。

miltyが用意していたサービスは次の3種類。

1:物件まるごとプラン:物件にある複数のスペースをトータルでコーディネートする
2:スペースプラン:スペースごとにコーディネートする
3:バリエーションプラン:複数の物件の特徴を打ち出して、物件全体で差別化をしたコーディネートをする

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いずれのプランも、以下を基本サービスに含んでいた。

・優秀な成績を収めて美大、専門学校を卒業したコーディネータによる提案
・提携先の家具卸による多様な調度品の選択肢
・実際の施工画像と見間違うほどのリアリティある完成イメージの制作
・1つのスペースに対してテイストのまったく異なる複数のコーディネート提案

A社からの具体的な依頼はこうだった。

・依頼したいのは3つ目の「バリエーションプラン」
・他の物件のリサーチと差別化の提案がほしい
・アンティーク家具を中心としたセレクトを希望

miltyではこれまで法人相手に提案した経験が少なかったため、依頼可能な要件をあえて絞らず、企業側が自由に依頼できるようにしていた。

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洋子:「他の物件のリサーチはサービスに含めるのは難しいし、家具もアンティークに絞るとなると提携先の卸売業者は少なくなるわね……。他の物件リサーチを踏まえた上でスペースごとに複数のパターンを提案するのは工数もかかるし……」

個人から法人へと顧客を変えることの難しさを実感した。要求がまるで異なっていた。

個人の場合、細かな個人の趣味やこだわりに関する要求が多く、どのようなものでも丁寧に対応すれば顧客のニーズをつかめた。

しかし企業の場合は、趣味やこだわりではなく、その時々の市場でニーズが高いコーディネートを求めている。依頼主の企業が答えを持っているわけではなく、そのヒントは市場にある。コーディネータはそれを読み込んで提案することが求められていた。


洋子:「咲、法人顧客の要求を叶えるためには、インテリアコーディネーターが市場ニーズを汲み取る必要があるわ。どうやっていこう?」

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咲:「立ち上げの時に参加してくれたスタッフに声をかけてみるのはどうでしょう?」

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洋子:「そうね! 声をかけてみようか」

本来であれば、市場のリサーチは追加の費用を頂かなければ工数に見合わない。しかし今回はあくまで検証で、顧客の要望を引き出すことと、サービスの欠陥を探し出すことが目的だ。現在のメンバーだけでは足りず、立ち上げ時のメンバー、以前miltyに契約してくれていたコーディネーターにも声をかけて協力をお願いした。


ビジネスはうまく立ち上げることはできなかったけれど、メンバーとの関係を良好に築いてきたからこそ、契約関係がなくなっても、協力してもらえたのだ。

洋子:「みんな、本当にありがとう」

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メンバー総出で、A社の物件がある京都の北東部の民泊物件をリサーチ。北東部を細かくエリアに区切って、ホテル型、町屋型、アパートメント、など

特徴を打ち出すプランを練り、提案した。A社以外の4社に対しても、同じようにそれぞれの要望に丁寧に対応をした。

結果、5社いずれも、満足度は5段階の5という高評価だった。


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しかし、喜んでばかりもいられなかった。洋子は、以前に美保からもらったアドバイスを思い返した。

「サービスは1回限りの満足度が10でリピートがないより、1回目の満足が8でも、リピートがある方が断然いい」

miltyもリピートしてもらえるかどうかを確かめる必要があった。

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洋子:「今回の試験的なサービスは、サービス自体を改良するためという目的もあったから価格も大幅に下げたけど、膨大なリソースがかかった。

すでに根本的なサービスの価値は見極められたから、今度はもっとコストパフォーマンスを上げた形で別の試験的なサービスを提案してみましょう!」

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咲:「いいですね。こうしたらどうでしょう。今回よりも内容を削ぎ落としてできる限り定型化したものにして、さらに価格も前回より上げる。それでも発注いただけるなら、少なくともリピートの可能性が高いと言えると思います」

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洋子:「とてもいいと思う! 今回の提案でオーバースペックになってしまっていた部分をできる限り削ぎ落として、顧客のニーズが特に高いところに絞り込んで定型化し、価格も正規価格に近づける。そして、私たちにとっては検証だけど、顧客には本契約として提案しよう。

サービス供給にばかりリソースを裂けないから、5社のうち2社だけにだけ本契約として提案してみて、そのうちどちらかでもリピートしてもらえれば、継続利用の検証になると思う」

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洋子と咲は、ようやく、本当の意味での事業検証を始めていた。まだまだ道のりは長い。ポジショニング、チャネルやリピート施策、キャッシュポイントやコスト構造、リソース調達やパートナーとの関係構築など、やることは山積みだった。

しかし何より大切なのは、顧客を理解すること。そこさえ間違わなければ、結果はついてくることを、2人は誰よりも身に染みてわかっていた。(終わり)

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第11話のポイント
・検証にはできる限り労力と費用をかけない
・サービスは1回限りの満足が10でリピートがないより、1回目の満足が8でもリピートがある方が断然いい
・マーケット検証はサービスを提供しながらも継続して積み重ねていく

第1話〜第10話はこちら

*この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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