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第2話:顧客の声を聞け「あなたが聞いたその声は、本心だったのかしら?」——小説で読む起業

この小説では、主人公の洋子が起業家として成長するさまを描きます。ストーリーはフィクションですが、起業家としての失敗や苦労、成功法則はすべて、起業や新規事業開発における実際の現場での体験、知見に基づいたものです。圧倒的にリアルで生々しい、洋子の起業家としての歩みを、共に見ていきましょう。

*この記事はGOB Incubation Partnersが運営するメディア「ウゴイテワカル研究所」からの転載です。元記事はこちら
前話までのあらすじ
洋子は、オンライン上で完結するインテリアコーディネートサービスのアイデアで、miltyを創業。創業1年が経つも、顧客数は伸び悩み、資金も底を尽きつつあった。そんな中、偶然出会ったやり手経営者の美保からアドバイスを受けるも……。

第1話はこちら>

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私は存在すらしていない顧客の課題を解こうとしている?

そんな馬鹿な。私はちゃんと市場調査をはしたはず——。

美保の容赦ないアドバイスに言葉を失う洋子。美保はさらに話を続ける。

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美保:「あなたは膨大な労力をかけて、美大やデザイン専門学校の成績優秀者と契約し、良い見た目のウェブサイトを作った。何時間も語れるビジョンもある。でも、肝心な、顧客が何に困っているのかは、考えていない。

顧客に何が起きていて、どんな苦痛が生じていて、その苦痛を取り除くために顧客が何をしていて、でもうまくいっていない理由は何か。それに対してどのような“お金を払ってでも欲しいと思える価値”を提供できるか。つまり、顧客が抱える課題とお金の払いがいがある価値がビジネスではすべての起点なの。

手間と価格の両方が、思い込み仮説。仮説には根拠のある仮説と根拠のない仮説(=思い込み仮説)があるけど、洋子さんのは、まさに思い込み仮説ね」

洋子:「……顧客の苦痛」

美保:「そう。ただし顧客が抱える苦痛には、苦痛で耐えられないものと、苦痛ではあるが耐えられないほどではないものがある。突き止めなければならないのは、耐えがたい苦痛よ」

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洋子:「耐えがたい苦痛……」

美保:「洋子さんは、例えば日常の中でどうしても耐えられない苦痛はある?」

洋子:「歯の痛みとか……。我慢しながらじゃ、仕事も手につきませんし、いち早く歯医者を予約します」

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美保:「まさにそれ。すぐにでも歯科医を予約しなければような、いてもたってもいられない苦痛は、自分ではどうしようもない課題よね。その、自分以外の誰かに頼るしかない緊急性の高い課題に対する解決策を作れたら、確実に欲しがってもらえる商品ができあがると思わない?」

洋子は、持病の手術をした時、担当医から言われた言葉を思い出し、美保に伝えた。

それは、痛みを5段階で表現してほしいというものだった。

1:やり過ごせるレベル
2:我慢できるレベル
3:なんとか耐えられるが苦痛を感じるレベル
4:経験したことはあるが耐えがたいレベル
5:経験したことがないほど耐えがたいレベル

そのレベルによって対処が変わると担当医は伝えてくれた。

美保:「そうね。あなたのサービスが取り除いてあげられる顧客の苦痛レベルは、5段階でどのレベル?」

洋子は答えに詰まった。いや、答えられないどころか、どのレベルなのか実は分からなかったのだ。

美保は洋子に少し意地悪な質問をしてみた。

美保:「洋子さんは、ビジネスを立ち上げる時、どういう順番で取り組んだの? もしかすると、市場調査をした後に、アイデアを練って、サービスを作り込んで、コーディネーターと契約して、ウェブサイトを作って、サービスを開始した。その後、顧客が集まらないから、サイトを何度か作り変えた。こうだったんじゃない?」

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図星だった。洋子は、反論したい気持ちを抑えながら「だいたい合っています……」と伝えた。

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美保:「売上が上がっていないのは、順番が間違っていたからなの。ビジョンを掲げて、市場調査、アイデア出し。ここまでは、私も同じ順番でやる。でもその次が違う。

私ならアイデアを出してすぐにサービスを作り込んだりはしない。まずは顧客の課題を探すわ。顧客が何に苦痛を感じていて、その苦痛を取り除くために何が足りていないかを徹底的に探る。商品づくりやサイト作成を先走って資金を無駄にはしない。

それに、あなたは初めて私に会ったときに、ビジョンを熱く語ってくれたわね。確かにビジョンは大きな方向性をブラさないためには重要よ。だけど、それよりも重要なのは、顧客と顧客が抱える課題。今はビジョンは後ろにしまっておいていいの」

洋子は、これまでを振り返り、自分を痛々しいと思いながら聞き入った。

美保:「まず何よりも優先すべきは、顧客。顧客と、その苦痛を解決するために必要なことが理解できるまでは、サービス作りは始めてはダメよ」

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洋子:「顧客はアイデアではなく、課題の解決策を買うから、ですね?」

美保は、「そう、その通り」とは言わなかった。そんなことは誰もがわかっている。起業家の多くが、頭ではわかっているからだ。洋子も、言葉でわかっているつもりになっているだけかもしれない。

そして何より、答えの出し方をわかっても、本当の答えは、顧客と対話し、関係を深めることなしには見つからないからだ。だから、うなづくことはしなかった。

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美保:「あなたは『利便性と価格帯が問題』だと考えているようだけど、本当にそうなのかを、たくさんの顧客に会って話を聞いてみることが必要ね。周りの友人じゃあダメ。あなたが見ず知らずの顧客と対話しなければいけないわ」

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洋子:「確かに十分ではなかったかもしれませんが、リリース前までに少なくとも50人には話を聞きました」

美保の指摘がもっともであることはよくわかっていた。それでも、あまりに「顧客の声を聞け」と言われたことで、洋子も反論した。

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美保:「確かに顧客の声を聞いていたかもしれない。でも、それは本心だったのかしら?

初めて私と会った時、あなたは1時間もかけて情熱的にビジョンとサービスについて語ってくれたわね。きっと顧客にも同じように話していたんじゃない?

顧客は、熱っぽく話されると嘘をつくのよ。一生懸命な人にケチをつけるのは気が引けるからね。本当はいらないと思っていても、『いいですね』『欲しいです』って。

だから説得モードじゃダメ。とにかく聞く、聞く、聞く。聞くに徹すること。あなたにはそれが出来ていた?」

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洋子:「……」

美保:「覚えておくと良いわ。顧客からの情報は、この3つよ。

1つは、仮説を裏付ける情報。2つ目は仮説を覆す情報。とっても貴重ね。そして3つ目は、嘘の仮説を裏付ける情報。これがビジネスの天敵なの。

簡単なフレームワークを教えるから、これに沿って考えてみてもらえる?」

<フレームワーク>
以下の「顧客」「課題」「価値」「解決策」を埋めましょう。

このビジネスは「顧客」「苦痛(課題)」を取り除けるよう、「顧客ではできない苦痛を取り除くために必要なこと(価値)」を実現するための「解決策」を届ける

洋子は、フレームワークに沿って書き始めた。

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洋子:「えっと、このビジネスは『インテリアコーディネートを求める人』が……」

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美保:「洋子さん、途中で割り込んで悪いけど、インテリアコーディネートを求める人って、どんな人?

サービスが広がれば、インテリアコーディネートを求める人まで届くかもしれないけど、まずは、もっともっと具体的な『この人』まで具体化しないといけないわ。そうじゃないと、そんな顧客がいるのかどうか、検証ができないから」

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洋子は、ハッとした。

そうか、私は、これまでインテリアコーディネートを求める人が当たり前にいる前提で顧客の存在を考えていたんだ。だけど、もっと前の段階から、顧客がどこから流れて来るのかを考えなくちゃいけなかったんだ。

じゃあ、どんな人が最終的にインテリアコーディネートを必要とする人になるのかな?

洋子は、書き直した。

<フレームワーク>
このビジネスは「新しく賃貸住宅を契約し、内装や家具との相性を重視したいと考える人」「インテリアコーディネートを依頼すると、数日後に家にコーディネーターを読んでプランの提案を待って……という面倒なプロセスや、決して安くない家具代やコーディネート料を目の当たりにして依頼するかどうか踏みとどまり、悩まされるという課題」を取り除けるよう、「低価格で利便性の高いサービスを探したいという価値」を実現するための「オンライン完結の低価格インテリアコーディネートサービス」を届ける

洋子が書いたものを見た美保は、いつもより柔らかい口調で話した。

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美保:「今までより良くなったと思う。

次のステップでは、顧客について具体的に考えるのと同じように、顧客が抱えている苦痛についても具体的に考えてみて」

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洋子は、これまでの自分がいかに勝手な顧客像を描き、思いを押し付けていたかを思い知った。

答えは、顧客と対話し、顧客と関係を深めることを繰り返していると、徐々に見つかってくるもの。

これまで誰に言われても揺るがなかった、完璧に武装していたはずの自分の全身を、美保の言葉が突き抜けていくのを感じていた——。

第2話のポイント
・顧客の耐えがたい苦痛が見えていないまま、サービスを作ってはいけない
・自分の仮説や想いを証明するための市場調査はご法度
・顧客が抱える苦痛と付加価値がすべての起点
・ビジネスとは顧客の耐えがたい苦痛を取り除くための付加価値を提供するもの
・顧客と関係を深めることを繰り返すことでのみ答えが見つかる

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