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『自分のアタマで考えよう』

真新しい本ではないが、久しぶりに読んでみようと思い手に取った本。
これがものすごく今の自分に響いたため、備忘録としてまとめることにした。

感じたこと一言で言うと、
「変わりゆく変わらないもの」

出版されたのは、2011年と10年近く前の本ですが、今もなお通じることで且つ、自分自身が不足していることであるため、ものすごく心に響いた。おそらく当時もそれなりに何か感じたんだろうが(直接線が引いてあったり、メモが走り書きされていたので)当時よりもより響いた感じがした。
本自体は変わっていないが変わりゆく自分にまた別の形で影響を及ぼすことになったこの本の特に響いた部分をまとめたいと思う。

そもそも「考える」ができない人の特徴として知識と思考が分離できていないことが挙げられる。特にインプットの時間が長く、アウトプットの時間が短いと知識ばかりが増え、考えることしなくなる。
また、仕事に置いても作業や分析をしている時間というのは、ほとんど考えることをしていない。深夜に徹夜をしてやっている仕事というのは、ほぼ100%の確率でこのどちらかであることは間違いがない。
「本で〇〇さんがこんなことを言っていたよ」内容を嬉しそうに話すことも結局、〇〇さんのアタマで考えたことの請負であり、知識と分類させる。
小さいころから勉強が得意な人の大半は、知識を得ることや記憶することは得意だけれど、自分のアタマで考えることは苦手な人は割と多いと思う。

これらのことを前提にどうしたら自分のアタマで考えることができるのか、特に重要だなあと思った5つを挙げてみた。

①いい面も悪い面も両面を知識を一度外に置いて考え、意見を出す

知識にすがる人は、大抵持っている知識を前提に物事を判断している場合が多い。一方向からしか物事をみることができていないので、良い面しか見ることができず、変化に対応することができない。大切なのは、知識を一度置いてから良い面と悪い面の両方を考え自分の意見を出すこと。それが変化の時代に必要な力である。

②決めるプロセスを超具体的に考える

例えば、ある新規事業に進出するべきかそうでないかを決める議論において、他部署も交えて活発な意見交換がなされているが、3ヶ月も結論がでない状況があったとする。ところがある日競合他社である外資系企業がその新規事業に進出するニュースを見てをみて焦り散らかし、結果としてその会社も新規事業に進出するという決断をしたという事例がある。
その会社は、3ヶ月間様々なリスクを洗い出したり、立派なレポートも作成したとは思うが、結果的に「外資が進出するから」意思決定された形になった。
結局のところいくら素晴らしい議論がされても、「どういった条件であれば進出するか」という決めるプロセスがないと永遠と議論をすることになる。ここをアタマを使わずに決める前に「情報を集めて分析すること」に精を出してしまったことが原因である。
最初に決定のプロセスや出したいアウトプットをきめておくことが大事である。

③「なぜ?」「だから何なの?」を問う

これは読んで字の如く。あるデータを見た時にこの2つを考える癖をつけること。
例えば、「〇〇の売上」に関するグラフを見た時に
・なぜ直近3ヶ月は売上が上がっているのか?
・なぜ去年のこの時期は売上が横ばいなのか?
・なぜ3月は売上が急激に落ち込んでいるのか?
などと考える。
次に
これから売上は上がり続けるのであれば
・今私はなにをすべきか?
・仕入れを増やすべきか?
・従業員をもっと雇うべきか?
などを考える。
「なぜ?」「だから何なの?」の2つを問う習慣をつけ、1つのデータを見たら次のデータに行くのではなく、そのデータについてまずはその2つを考えるようにする。

④情報よりも自分のフィルターが大事

就職活動を例に、いくら企業研究をしても自分にあう企業が見つからないとする。職を選ぶ時には、その企業の売上がどれくらいで、利益率がどれくらいかなどは重要ではなく、それよりも自分がなにが好きかを深く分析していることがより重要である。
例えば、勉強が好きだから研究者になりたいという人がいるとする。勉強にはフィルターが2つあって、1つのことを深く追及することが好きな人と広く浅くたくさんのことを知ることが好きな人のふたつのフィルターがある。研究者というのは前者であり、仮に勉強が好きであっても広く浅く勉強するのが好きな人は、研究者になってもミスマッチであると感じるだろう。日本企業の例も面白いと感じた。
日本の家電メーカーは、「機能」と「価格」という決められたフィルターにおいて成果を出すことは得意だが、ある日外資系企業が全く新しい「デザイン」というフィルターを持ち出してくると一気に市場を取られてしまう。新たなフィルターを提示することを「ゲームのルールを変える」と呼ぶ。決められたフィルターでの勝ち負けを競うことは、お互いが消耗するだけであり、新たなフィルターを持ち出すことに努力をした方が報われる可能性が高まる。この新しい自分ならではのフィルターを見つけることが自分のアタマで考える価値である。

⑤「知識」を「思考」の棚に整理する

著者が考える「知識」と「思考」の理想的な関係性が上記であるそうだ。
得た知識や情報をそのまま記憶するのではなく、ある程度分析し、考えたことを記憶する。また、その時に結論がでなかったとしても、こういう情報があったらこういうことが言えるなという準備をしておくこと。
そうすると、目の前にその情報を持っている人が現れたら、会話の中でその知識を得る質問をすることができ、事前に準備していた自分の思考のピースを埋めることができる。

これは、その知識を得ることでなにが言えるのかを意識することにもつながる。
例えば、会社で部下が「3万円するこの本を経費で落としてもいいですか?」と質問に来たとする。そんな時、「その本に書いてあるであろう情報」と「その情報から言えること」を事前に考えてもらい、それをもとに判断する。
そうすると、その情報から言えることに価値がないと判断すれば許可を出さないだろうし、その情報から言えることは有益だが、得たい情報は3万円の本でなくて2千円の本にも載っているよと助言することができるかもしれない。

以上、座右の書となりそうなこちらの本から得た知識を羅列した。

本そのものは変わらない存在であることに異論はないと思う。
一方で、時を経て読み返すとまた新たな気づきを与えてくれる変わりゆく存在でもある。
また、いつか読む時にはきっと違う景色を見せてくれるだろう。

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