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《サス経》 満月の中で見えたもの

 先週の金曜日(※)が満月と同時に中秋の名月であったのは、皆さんもニュースなどでお聞きかと思います。中秋の名月が満月とぴったり重なることは必ずしも多くはないそうですが、今回はその珍しく一致する日でした。幸いにも京都では雲一つない快晴で、明るい満月をたっぷりと楽しむことができました。皆さまの場所ではいかがだったでしょうか?
※この記事を掲載したメールマガジンを発行したの前週の金曜日です。

お寺で名月を楽しむということ

 京都ではいろいろなところで名月を楽しむ催しが開催されたようですが、私は智積院で開かれた観月会に参加しました。古刹で見る満月はまた一味違ったものでしたが、それは単に古い建物や庭で見る月が風流で美しいというだけではありません。

 このような長い歴史を持つお寺さんでは、古(いにしえ)から多くの人が月を眺めて来たはずです。それから時代や環境は随分と変わったわけですが、それでもこのお寺から見る月夜の景色はあまり変わっていないでしょう。中国の廬山を模したと言われる高い築山からまん丸な月が出てくると、これと同じ風景をこれまで何人が、どんな思いで眺めて来たのだろうと考えないわけにはいきません。

 また、周囲の喧騒とは切り離され、聞こえるのは虫の声だけ。見える景色も、照明があたっているところ以外はすべて闇の中に沈み込み、建物のシンプルな構造だけが浮かび上がります。満月、庭、そして建物。シンプルな要素によって構成される、ミニマルな空間です。装飾どころか、余計なものは何もないと言ってもいいでしょう。

 そこで虫の音を聞き、月明かりに揺れるススキの穂を眺め、満月を愛でる。それだけを楽しむ。それだけで楽しめる。そういうことを日本人は繰り返してきたわけですが、これは本当に豊かな習慣だとしみじみ思いました。

 特別なことをするわけではないので、もちろん「環境負荷」は発生しません。ゴミも騒音も出ず、お金もかからないのです。それでも豊かな時間を楽しむことができるというのは、なんと素晴らしい知恵なのでしょうか。サステナビリティ視点でも感心します。

あえてシンプルな設(しつらえ)を楽しむ

 今回はお寺さんが主催したので、単に月や庭を眺めて楽しむだけではなく、かなり長い声明(しょうみょう)を聞いたり、満月を想いながらの瞑想「月輪観(がちりんかん)」を経験するというようなプログラムもありました。それにしても至ってシンプルなものです。そして、むしろそのシンプルさのお陰で、この空間や時間をより深く感じることができたように思います。

 そう考えると、昔は今より使えるものが少なかったから大袈裟な楽しみ方はできなかったというよりも、あえて意識的にシンプルな設えで楽しんだのではないかと思うのです。こういう楽しみ方ができるのは、一種のアート(技)であり、知恵であると言っていいのではないでしょうか。

 京都に住んでいると、こういう昔の人々の楽しみ方やセンスにハッとさせられる瞬間が時々あります。いろいろ持っているのが豊かなのではなく、自分が持っているもので楽しむ、そちらの方がはるかに豊かなことなのだと気付かされるのです。しかし、過剰な物や情報に囲まれ、慌ただしい時間を過ごしている時には、そういうことには気づきにくいように思います。今回も余計なものがないミニマルな空間に身を置いたからこそ、私も気づけたのだと思います。


厳しいルールの中で新しいやり方を生み出す

 環境問題とは、無限の欲望と有限な資源の衝突の結果であると言ってもいいでしょう。それを解決するためにいろいろと制限が増えて来た、自由が少なくなったと嘆く方もいらっしゃるかもしれません。けれども、厳しいルールがあればこそゲームはよりおもしろくなります。そして何より、もっともっとと無いものを求めるのではなく、有るもので楽しむという精神性の高さを、今一度私たちは目指すべき時が来ているようにも思います。

 ネイチャーポジティブが世界目標になったのは、私たちは自然がなくては生きていけないからであり、そのことを私たちが認めたからです。であれば、その目標を達成すべきルールとしていち早く認め、その中で新しいビジネスの仕方、暮らし方を考えることが社会をより高い次元に進歩させる力になるのではないでしょうか。いま話題のTNFDも、企業と経済にそうした変化を求めています。

 これからは、自然の中に出かけるのに良い季節です。昔からあまり変わっていないような景色を訪れて、過去からの長い時間のつながりを感じながら、昔の人はこの自然をどう楽しんで来たのか。そして自分たちはこれからこの自然をどう楽しみ、共存できるのか。そんなことを考えてみてはいかがでしょうか?

 サステナブル経営アドバイザー 足立直樹

※この記事は、株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)476(2023年10月3日発行)からの転載です。


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