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スイス[29] 山を隔てれば言葉が違う

202204221844スイス [26666] 山を隔(へだ)てれば言葉が違う

鉄道ネタは少し先に延ばして今回は方言ネタです。
 えっと、先にお断りしておきますが私は(ドイツ連邦共和国の)標準的なドイツ語もオーストリアのドイツ語も,ましてスイスのドイツ語(スイスドイツ語)もその他各地のドイツ語方言などの区別は全く分からず,地方(国)によってはGrüß Got(グリュースゴット)とかGrüezi(グリュエッツィ)(*1)とか言うらしい、ということしか知りません。

 もっと強い方言として,スイスでは山を隔てれば言葉が違うというのは大袈裟でも,少なくとも話し言葉としての発音には違いが多い,ということはある日本人のドイツ語教師から聞いたことがあります。
 そもそもですね,書き言葉としての通信はそれこそPost Auto(スイスの郵便バス,現在ではバスを使った公共交通機関) ではありませんが郵便(書簡)による場合は,共通した語彙や文法があったことは想像がつきます。紙に書いた文章を読んだり書いたりするのにはそれほどの方言は無かったと思います(私は専門家ではありませんから保証はできませんが)。
 しかし話し言葉はどうでしょう。そもそも話し言葉(会話)を使う音声通信の発明・発展はごく最近のことなのです。
 異論もあるようですが大雑把な年代は間違いないとして

・蓄音機の発明が1877年(レコードですから今でいうオフライン)(*2)
・グラハム・ベルの電話の発明が1876年(*3)
・日本での電話(有線電話網)実用化が1890年(*4)
・無線電話通信の実用化が1912年(*5)

と電気的文字通信(モールス通信を含む符号による通信)に比べても音声による遠隔地との通信は最近と言っても良いと思います。
 さらにマスコミとしてのラジオ放送はもう少しあとのことです。スイス初のラジオ放送は調べられませんでした。すみません。しかし米国のラジオ放送の開始が1920年(*6),日本のラジオ放送の実用化が1925年(*7)ですから,スイスもその前後だと思います。

 人々の(隣接地も含めた)旅による移動は昔からありそういう意味では話し言葉も遠隔地の人どうしで全く通じなかった,というのは言い過ぎでしょう。ウィーンでサリエリとモーツアルトとで(それがドイツ語かイタリア語かフランス語かはともかく)話が通じているのですから実際に。
 しかしそれはそれとして人々の往来を阻む地形,例えば深い谷や高い山などの山岳地帯,幅広い河川は容易には旅行をさせません。人の交流が少ないということは言葉の流通も少ないことを意味するでしょう。今現在の日本でも川を越えたら言葉が変わる,という実例を私は知っています。

 スイスに横たわるアルプスはヨーロッパ人の自由な往来を頑固に阻んできました。山岳地帯で暮らす人々にとっては峠を越えたら言葉が,というのが言い過ぎでも発音が違う,というのは当然の地理的歴史的事情だったのかも知れません。


(*1)検索していたら以下のサイトを見つけたんだけれど,ここではスイス(人)は気難しいみたいな内容になっている。うーん…当たってるのかなぁ…文化の違いはどこの国でも地域でもあるんだけれど…
スイス・アールガウ州のサイト
https://www.hallo-aargau.ch/ja/good-to-know/what-makes-switzerland-tick

(*2)レコードの発明
https://www.denon.jp/ja-jp/blog/9594/index.html

(*3)グラハム・ベルの電話の発明をいつと定義するかは幅があります。「オックスフォード 科学の肖像 グラハム・ベル」,年譜p.1,ナオミ・パサコフ著,近藤隆文訳,大月書店,2011年

(*4)日本の電話は1890(明治23)年に実用化
https://time-space.kddi.com/it-technology/20191023/2765

(*5)実用としては日本が世界で最初のようです
https://www.nict.go.jp/info/topics/2012/03/announce120301.html

(*6)「ラジオの時代 ラジオは茶の間の主役だった」,p.12,竹山昭子著,世界思想社,2002年

(*7)大正14年3月22日(社)東京放送局(JOAK)が開局。芝浦仮放送所から出力220Wで放送を開始した(聴取契約数3500件,聴取料月額1円)。p223、「電波辞典 第三版」監修 若井登、後藤尚久、株式会社クリエイト・クルーズ

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