地方テレビ局でバイトをしていた時の話
こんにちは。
春の投稿チャレンジで景品を獲得するため、記事を書き続けるadaiutonnelです。
今回のテーマは、はじめての仕事ということで、大学生時代まで遡って書きたいと思います。
テレビ局で働くきっかけ
私が初めてお給料を貰ったのは、大学1年生の時のアルバイトでした。
私は、根っからの怠惰な人間でして、1年生の夏くらいまではバイトをしていませんでした。欲しいものが極端に少ない私は、特にお金に困っておりませんでした。
ただ、周りからニート野郎といじられるようになり、流石に何かしないといけないかなぁと思い始めるようになりました。(今思うと学生だからニートではない。しかし、国立大学という進学先のせいか、お金を持っている学生は周りに少なく、アルバイトをしている学生が大半だった。)
世間体を気にするという理由でアルバイトをしようと思ったわけです。
ただ、お金に困っているわけではないので、なかなかアルバイト先が決まらないのです。
どうせなら、皆が経験したことのないような仕事をしたい。
そう考えた私は「地方のテレビ局」で働くことを決めました。
アルバイト先を決めたきっかけは、普通の人と違う経験がしてみたいという変な動機でした。
テレビ局の仕事内容は?
テレビ局で働き始めたわけですが、私の仕事はカメラアシスタントでした。
カメラアシスタントという言葉が正式名称なのかよくわかりませんが、カメラマンを補助する仕事をするので、そう呼ばれていました。
仕事内容はこんな感じ。
基本的に、外での仕事がある時に呼ばれて、ロケについて行きます。
カメラから伸びるケーブルが邪魔にならないように避けたり、カメラマンの移動に合わせてカメラケーブルを伸ばしたり、巻き取ったりする仕事でした。
この仕事の面白いところは、様々な地方のイベントを現地で体感できる点にありました。
シティマラソン中継、Jリーグ試合中継、奇祭と呼ばれる伝統神事の取材などなど、様々な場所に同行できました。
シティマラソン中継
シティマラソン中継では、カメラマンのおじさんと2時間くらい2人っきりでランナーを待つという変な経験をしました。ランナーが来るまで暇なので雑談をしていたら、カメラマンと仲良くなりました。50歳くらいのおじさんと意気投合する18歳という面白い経験をしました。
Jリーグ中継
Jリーグ中継では、普段入れないピッチのギリギリの場所で仕事をすることになり、ボールボーイよりも近い場所で、プロの試合を見ることができるという貴重な経験をしました。
当日の解説が元日本代表の武田修宏さんで、当時18歳だった私は、初めて生の芸能人にお会いをして感激したことを覚えています。
爪が女性の手みたいにピカピカで、バラエティー番組で見るイメージそのままだなぁと思ったことまで鮮明に思い出せます。
奇祭取材
奇祭の取材では、男たちがふんどしのみで神木を奪い合うと姿に圧倒された記憶があります。
なぜか、ボビー・オロゴンさんもふんどし姿で祭りに参加していて、ガタイが良すぎて周りが驚いていました。
おわりに
1つ1つ思い出すだけでも、普通のアルバイトでは経験できないことだったと思います。
アルバイトをしたいけれども何をすれば良いか迷っているという方は、テレビ局はいかがでしょうか?
以上、「地方テレビ局でバイトをしていた時の話」でした。参考になれば幸いです。
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