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パパ活から援デリに堕ちた女|知らずに絡んだ半グレ。浮上できない喪失感と現実逃避の楽観主義

浮上できない感覚

「このクレジットカードは使えません」
 濁った愛想笑いで突き返される色あせた長方形のプラスチック板。膨れるだけ膨れた長財布に現金はない。あるのはレシートかポイントカードか。探るふりをして「ははっ」とこちらも愛想笑い。
「取りに行きます」
 嘘をついた。何を取りに行くというのだ。コンビニ飯の袋がたむろする塵芥の積もる部屋。薄汚れている。数ヶ月前に切れた蛍光灯は交換もしていない。夜は月明かりで動くのだ。虫と同じ。
 想像しながら心の中でも嘘をついた。月明かりではない。窓の近くに路地を煌々と照らす白色の街灯があるのだ。カーテンはない。夜も昼色だ。
 冴島樹莉杏さえじまじゅりあは腐っていた。親から貰った何の意味もない名前。込められた願いもなく、そのまま夢も希望もない人生を歩んだ。スマホを手に取るとLINEの通知が来ている。またあの半グレから。
<銀山東口。茶ダウンで黒スラ。別2。18時>
<行ける>
<了>
 打ち込んですぐに返事が来る。了は了解の意味だ。証拠を残さない意味なのか面倒なのかは分からない。銀山駅の東口で茶色のダウンジャケットと黒スラックスを着た男がホテル代別の2万円で樹莉杏を呼び出したのだ。厳密には樹莉杏ではない。誰でもいいのだろう。女で穴が開いていれば誰でも構わない男。そういった男が世の中には吐いて捨てるほどいる。
 エレベーターで我慢出来ずに加熱式タバコをふかす。紫煙は出ない。蒸気だ。隣にいる皺だらけの中年女が咳き込み睨みつける。何が悪いんだとばかりに含んだ蒸気を女目掛けて吐いた。手をばたつかせて降りた。

初めてのパパ活

 パパ活なるものに身を委ねたのは五年前。友人からの誘いだった。高校最後の年。学業からは完全に置いていかれた。代わりに悪い友達が出来た。将来に希望もなく道が途絶えた樹莉杏がすがったのは仲間。
 勧められるままに始めた。高校生ブランドが高いものだったのか釣り上げた男は数知れない。最初こそ食事のみで5千円から1万円を手にしていた。ボロい仕事だ。真面目な男女が懸命に働いてバイトで時給900円。嗤えた。馬鹿のすることだ。
 パパ活には「大人」と呼ばれる行為が存在する。要するに売春だ。援助交際なんて呼び方を一昔前はしていた。今では「パパ活大人あり」なんて言う。馬鹿なことだと思いながら手を染めるまで一ヶ月とかからなかった。
 最初は数回会った食事だけのパパに交渉された。清潔感もあり話も聴いてくれて優しい。別に抵抗はなかった。二時間ばかりで5万円という大金を稼ぎ出した。食事に行くのが馬鹿らしくなる。
 徐々に罪悪感も抵抗感も消えて初見からホテルに向かう。合わなければ1時間で「予定がある」と帰ってしまえばいい。相手も出すものを出せば時間など気にする様子もなかった。
 そのまま月日が流れ世の中には感染が広がって時給900円で奮闘していた馬鹿どもが押し寄せた。中にはキャビンアテンダントなんて高級なブランドを提げる人間まで現れる。容姿も平凡。スタイルも平凡。愛想もなく、サービス精神もない。高校生ブランドも消えた樹莉杏。捨てられた猫。いや猫は可愛い。捨てられた虫けら。ゴミ。そんな思いが宿る。

「別人じゃねぇか」
「みんなそんなもんだよ」
 可愛さを偽ることでしか客がつかない。止む無く大幅な加工。直接言う男は少ない。誰もが怪訝な顔をしながら挿入して出して終わり。リピートは無い。騙されたとでも思っているのか。何を言っている。そもそもお前らは女に困って買い求めているカスじゃないか。心で悪態をつく。ストレスが溜まった。やめようと思った。他の方法が見つからない。1時間で1万円を得られる仕事が他にあるのか。
 得た金を握りしめて服や靴を買い漁る。最初は5万円を得ていた樹莉杏の価値も下がり続けて今では3万円でも客はつかない。客なんて言い方は失礼か。あくまでもパパだ。何がパパだ。客だろ。心はそう叫ぶ。それでも「私は風俗嬢ではない」と言う最後の防波堤を崩す訳にはいかない。
 厳密に言えば風俗嬢は全うだ。知っている。パパ活の大人あり女は自由恋愛のフリをした売春婦なのだ。売春は日本において犯罪。法律を犯している。買う方も売る方も罪を犯しているのだ。一度だけ会ったパパがそんな事を言った。全裸にひん剥いて肌という肌を舐め回した後で説教。片腹痛い。でも事実なのだろう。聞き流した。

 その日は客が一切つかなかった。アプリを利用していたが男の数が減っている。明らかに何度も見かける顔が勢揃い。需要がなくなっているのか。しかし女は明らかに増えた。いいねは来ない。女から送るしか無い。送ってもメッセージが続かない。続けて貰えない。加工した可愛い顔でも男は慣れている。加工も見抜く。ブスかどうかはさておき「強い加工がされている」のは分かるのだ。
 舌打ちをしながら一縷いちるの望みをかけて次々にメッセージを乱打する。誰かいないか。今日食べるお金がない。
<今からホ別1.5なら会える>
<会いたい>
 即答である。安いことは分かっている。どうでも良い。食べなければ死ぬ。腹回りについた下品な肉を見る。そんなはずがない。しかし脳は食べないと死ぬと信号を出してくるのだ。

業者との出会い

 客に言われたホテルの前に立つ。発展途上国では街中で立ち続けて客を取る売春婦がいるという。自分は違うと言い聞かせながらも吐き気がする。こんな生活に未来があるのか。明日以降の予定も何もない。客はいない。みな美人か可愛い女に取られてしまったのだ。
「君かな。ジュリさん」
「はい。私です」
 一応程度に声を高めに返事する。ジュリというのはパパ活の時の名前だ。もっと変えるべきだろうが一度全く違う名前にして呼ばれても気付かなかった。無知な女が無知なりの知恵を絞った結果がジュリ。
 男は坊主頭に色黒で青みがかった色付きの細長い眼鏡を掛けている。外で見かけたら絶対に近寄らないタイプの人間。金の指輪が光る。どこに売っているのだ。
「じゃあ行こうか」
「あの、先に貰ってもいいですか?」
 金を払わずに逃げる客も大勢いる。過去に三度やられている。その内一度は財布の中から金を抜かれた。二重の意味でハメれらたと駄洒落を思いついて泣きながら笑った。それ以来先に貰うのが鉄則だと知っている。
「いいよ」
「ありがとうございます」
 諭吉1枚と野口5枚。野口は何者だったかと記憶を頼るが分からない。よく考えると諭吉も何をした人なのか知らない。札を確認すると男についてホテルに入る。早速服を脱がしてくる。節操もない。短時間で終わることを期待して脱ぐのを手伝う。全裸になると「そこに立って」とベッドを指差す男。
「え?」
「だからそこに立って」
 仕方なく立つ。性癖はそれぞれだ。中にはスカートをたくし上げている間に自分で済ませてしまう男もいる。樹莉杏は立った。
「いいな」
「何?」
「ジュリちゃん。パパ見つけるの難しくなってるでしょ」
「え?」
「困ってない?」
 沈黙する。事実だ。困っていなければ1万5千円で身体を売るはずがない。
「じゃあさ、俺がパパとのやり取りしてあげるよ。それでパパを見つけてあげる」
「え?」
「身体目当てのオッサンたちと連絡するのって大変じゃない?」
「うん。そりゃそうだけど。何か恐い」
「何が恐いの?今までやってきた事と何も変わらないよ」
 只者ではない風体の男。色眼鏡の奥の目が樹莉杏を凝視する。
「あなた誰なの?」
「俺はビジネスマン」
「何の?」
「男とのやり取りを代行するサービスをやってる」
 言っていることは何となく理解出来た。要するに男がやり取りをして客との交渉を行い、成立したらその場所に行くのだ。デリヘルだ。
「デリヘルじゃん、それ」
「デリヘルじゃないよ。これはパパ活だろ?」
「うん。そうだけど」
「だったらデリヘルじゃない。君は可愛いし、抱き心地良さそうな良い身体なのにパパが見つからないってそんな訳ないから」
 可愛い?良い身体?何を言っているのか分からない。
「だから良いパパを見つけてあげる。2万から3万で交渉するから、その内の半分を僕にバックしてくれるのが条件」
「半分?」
「そう半分」
 取り過ぎだと言いたかった。しかし明日以降の予定は一切ない。候補もいない。全く一人も見つかっていないのだ。揺れる。男は追い打ちをかける。
「半分で少ないって思うよね。でもそんなことない。他にも同じ様に代行してあげてるんだけど1日に2人から3人は相手に出来る。だから6万から9万の売上で3万から4.5万くらいは毎日稼げる。いつからパパ活やってる?」
「四年以上前から」
「じゃあ分かるよね。今はライバルだらけになって厳しいけどその頃って1日4万5万が簡単に稼げてたでしょ?」
「うん」
「今はこうやって代行使ってる子がほとんどなんだよ。だから男心の分かるプロがやり取りしてパパを見つけてる。加工もジュリちゃんみたいに露骨じゃなくて、分かりにくい様にしてるし精度も高い。結果としてパパはそういったプロの所に流れてる」
「そうなの?」
「そう。だからパパ活で少しでもお金を増やそうと思うなら僕みたいなのに頼むしかない。どうする?次があるから、僕はもう行くけど。これが最後のチャンス」
 そういうと何もせずに男は立ち上がる。脱がされた衣服を拾って渡してくれた。
「どうする?」
 会った時の威圧感は無くなっていた。優しくすら思えた。
「・・・お願いします」
「分かった。じゃあLINE交換しようか。それで僕が場所や時間を伝えるから行けるならそう伝えて貰えるかな」
「でもどんなやり取りしてたか分からないですよ。別人って思われませんか?」
「大丈夫。パパ活やってる男はほとんどが若い女を抱きたいだけ。別に会話を愉しみたい訳じゃないから」
 そうかもしれない。身の上を聴く者もいるが興味があるとは思えない。何より多数の女とやり取りをしていて男も何を話していて話していないのか忘れているのだ。
「今日から早速行ける人いたら紹介するから。連絡待ってて。その前に一つだけ秘密契約だけしておこう、お互いのために」

 男に言われるままにデリバリーで運ばれるパパ活女を始めた。数ヶ月して援デリと呼ばれる存在であることを知る。どうでも良かった。これも客から教わった。
「お前、援デリ業者だろ」
 言われて気付いた。そうかもしれない。援助交際デリバリーの略称なのか。分からないがおそらくそうだ。要するに売春婦の斡旋である。別にどうでも良かった。これが組織犯罪である事を知らない。だから何の罪かも分かっていない。樹莉杏は先のことを考えられない。
「援デリなんて半グレがやってるから気をつけろよ」
 脱ぎ散らかしたボクサーパンツを履きながら言う男の尻を見ながら思った。どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。
 開始当初は次々に斡旋された「時間は40分にしろ」と指示が出された。そうすると客からクレームも来る。しかし出せば問題ない。うるさければ二回目をこちらから誘って放出を促す。それだけだ。あしらい方も慣れてきた。最低限の愛想を振りまくだけ。何より格安なのだ。大抵の男は2万で身体を貪る。樹莉杏に入るのは1万だけ。1万で訳の分からない男に身体を良い様に使われる。時間を使う意味が分からない。

 強まるストレスから買い物癖は強まった。似合いもしない鞄を買った。原色ベースのジャケットを買った。好きなブランドの靴など一足数万円のものを二十は持っている。店員がへりくだるのが嬉しいのだ。
 全てを現金では買えない。高校出て作ったクレジットカードを元に支払いを行う。リボ払い。毎月2万円の引き落とし。二回ほど客に突っ込まれればいいだけ。楽なものだと言い聞かせた。
 月日は流れ世間的な巣篭もりは強化される。行き場を失った若い女が多く溢れたのか。それは分からない。より厳しい情勢に晒されているのは金額で分かった。今では一回あたりが1万から2万。取り分も5千円から1万円である。しかも日に数人いた相手も今では良くて二日に一人。悪ければ週に一人か二人程度まで下がっていた。
<もっと取ってよ>
 一度半グレ男にそう言ったが「もっと可愛くなれ」と返ってきた。怒りをあらわに「もうやめる」と伝えたら「お前の罪は物凄い重いからな。覚悟しておけよ」と脅し文句が届いた。
 良く分からないが自分も罪になるのか。なるのだろう。金は貰っている。斡旋している半グレ男も捕まるはず。ニュースで見た覚えがある。詳しくは知らない。いや捕まるのだろうか。どこの誰なのか実際は分からない。LINEが届くだけだ。金の受け取りも小汚い男が駅前で待ち構えているだけ。
 こちらは逆に最初の契約の時にサインをして免許証を渡した。更に「念の為だから」と免許証を顔のあたりに持たされて全裸のままで写真を撮られた。挙げ句に何か良く分からない文言と「同意する」の文句を言わされて動画を撮られた。
「秘密は守るものだから。僕も君も。その代わり安心して稼いでいいから」
 そう言っていたが守られているのは半グレ男だけだ。動画を晒されることはどうでも良い。パパ付けの終わりは恐怖する。もう自分でやり取りをしてパパの機嫌取りを出来るとは思えない。いやパパではない。客だ。もう止められないのだ。

なんとかなる

 リボ払いで買い続けたクレジットカードも使えなくなった。部屋に戻ると散乱したコンビニ袋が所狭しと無造作に並ぶ。スペースを作ろうと蹴飛ばした。何かの汁が飛び散る。臭いを放った。吐き気がする。酎ハイの空き缶と干からびた肴に紛れて銀色のPTP包装。持ち上げるとピルだった。妊娠しないための最低限の自己防衛。半グレに紹介された産婦人科で入手した。半年ごとに通う必要がある。ピルのシートを摘んで一錠飲んだ。不規則極まりない。それに来月の分はもう無い。半年分で2万円が消し飛ぶのだ。あるはずもない。
 元は何をしたかったのだろう。樹莉杏は加熱式タバコの蒸気を吸い込んで窓の外を見る。虫が白い蛍光灯にまとわりついていた。中学校くらいまで記憶を遡らせてみる。何かに成りたい訳ではなかった。それでも何者かに成れると信じていた。高校を出て四年。親元を離れて二年。あてもない日々。価値があるのは女としての身体だけなのか。それも下がり続けている実感。

「なんとかなるよ」
 行為が終わって茶色のダウン男が紫煙をふかして言った。
「なんとかって?」
「なんとかはなんとかだよ」
 適当に話を流して聴いているのか。表情は無い。それでも救われた気がした。そうだ何とかなる。そう思わないとやっていけない。男は追加で五千円札を一枚置いた。札に描かれた女は誰だっただろうか。変な名前だったのは覚えている。中で放出させれば追加。半グレ男には伝えていない。無為に膨らんだ財布に仕舞い込む。時間だ。
「じゃあ出ようか」
アラームを聞いて男から言い出す。
「また会ってくれますか」
「はは、そうだね」
 男は愛想笑いをした。一期一会。狭い様で広い地方都市の中ですれ違うだけの人生。ゴールはあるのだろうか。樹莉杏は振り向かない男に手を振った。

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【下記はワンオペママのお話です】

今や社会問題と言えるパパ活

 色んなパターンで色んな思いの元でパパ活をやっている子がいます。本来のパパ活の意味するところで留まっている女性もいれば、一線を超えている女性もいる現状。扱う男性も千差万別十人十色の状況です。
 ある意味で最も魑魅魍魎とした世界を見れる場所でもあるでしょう。

 今回の取材した女性は感染爆発からパパが見つからず業者に任せて身売りしたケースを語ってくれました。笑いながら話す実情は僕から見れば悲惨そのもの。ここぞとばかりにパンケーキを貪っていたのが印象的でした。
 ここでは彼女の家庭環境については言及していません。別段よくある話で語ると軸がズレると判断した為です。

 パパ活の善悪を語りたい訳ではありません。売春だなんだと法的な問題を言及したい訳でもありません。単に他人様の人生から何かを感じ取る事で価値観の広がりを得られればと思って書いています。

「小説風にする意味は?」
 一度これを訊かれたので改めて。

 筆者は小説家になることを小学校5年で夢見て大学卒業後に諦めてしまいました。今38歳。一つのチャレンジとして今小説を実際に書いています。Kindleにて出せる状態まで持っていきますので、もし良かったら応援の程よろしくお願いします。ちなみに内容はミステリー小説です。小さき少年の夢をオジサンになった今叶えようとする言わば冒険。否定的な意見もすでに貰っていて「読みたくねぇよ」も結構言われました。分かります。でも書きます。
 これが小説風に書いている理由の一つになります。

 何より小説の方が頭に入ってきませんか?

※投資詐欺の騙された側と騙した側の小説風も書いていますので是非。

<筆者はTwitterもしています>
覗いてみてください。


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