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ベルリンの中のアフリカ

初めてベルリンに行ったのは、研究の学会発表の時だった。私の専門は実験心理学だが、今は音楽を使った研究をしているので、その会は特に音楽の研究者が集まるものであった。

学会は日中研究発表が続くのだが、夕方になるとソーシャルパーティと言ってみんなで一緒に夕食を食べに行くことも多い。特にヨーロッパだとこのソーシャルパーティの役割は大きく、ビールやワインを飲みながら研究者との繋がりを広げたり、ひょんなアイデアから共同研究が始まったりする。こういう非公式な集まりの方が人の関わりが密なのはどこも同じのようだ。

この学会は三日ほどであったが、毎晩何かしらのソーシャルパーティが企画されており、その中の一つはベルリンの街を歩くツアーであった。私はこれが初めてのベルリンだったので、迷うことなく参加した。

さすが音楽の学会ということもあって、単に観光地を訪れるツアーではなく、現地の音楽家(おそらくDJ)の人々が、ベルリンと世界の音楽シーンで重要な場所となったところを案内しながら歩くという珍しいツアーであった。

主にはクロイツバーグという地域を中心に、ドイツが本場のテクノ・エレクトロミュージックをはじめとした様々な音楽の歴史を振り返る。特にドイツは第二次世界大戦、その後の東西分断、そしてベルリンの壁崩壊と言った歴史が音楽に及ぼした影響はとても大きいようであった。

ツアーの最終目的地はベルリンの中にあるヤーム(YAAM:Young African Art Market)というところであった。ヤームはベルリンの中にあるまさに村のような形で、周りに高層ビルが並ぶ中、一度入り口を潜ったらそこはまさにアフリカである(とはいえ私はアフリカに行ったことはないのだが。またアフリカと一口にまとめてしまうのは非常に失礼なのは承知だが、ここではそのように表現させていただくのをお許しいただきたい)。

ベルリンは国際的な都市なので、街中でアジア人や黒人など様々な人種を見かけるが、ヤームの中に入るとそこは黒人のコミュニティであり、アフリカの音楽や料理、お酒やタバコやマリファナ(※ドイツでも一応違法)の匂い…と書くとなんだか危険なイメージかもしれないが、むしろみんなリラックスして音楽に合わせて踊ったり仲間と語らったりというとてもリラックスした場所であった。ロッジのようなお店、小さなクラブハウス、そして横に流れるシュプレー川を海に見立てたかのようなビーチもあり、外の風景は都会のベルリンなのに、空気は暑いアフリカの村のような錯覚に陥る。入場料は寄付制で、基本的に誰でも入ることができる(年齢制限があるのかどうかはよくわからない)。

チャイナタウンは見かけたことはあるが、こう言った「アフリカ」という大きな括りのコミュニティはこれまでに見かけたことがなかった。私は今白人と少しのアジア人に囲まれた場所にいるので、ヤームのような場所はとても新鮮だった。空気も音も色使いも何もかもが西洋とも東洋とも違う。

ベルリンはドイツの首都だが、こんな首都はどこにも見たことがない。もちろんベルリンの中にも首都らしい高層ビルが並ぶ地域もあるのだが、クロイツバーグ周辺やヤームと言った場所があることによって、首都の中に良い具合で混沌を内在させている。先進国の首都はどこもに通った感じになる場合が多いのに、ベルリンはとてもユニークで有機的な街であった。