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必要な分だけ買うシステム

新居の下にはオーガニックでバイオな食材や雑貨を置いているお店がある。オーガニックでバイオと言ってもなんなのかよくわからないが、ドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイスあたり)の国ではこういう概念が好まれるようで、私の認識では商品であればなるべく無農薬で環境にいい商品のことを指す。特別な場所に行かなくても、普通のスーパーに行けばバイオ食材は手に入る。

と言うわけでオーガニックでバイオな商品自体はこのあたりでは特に目新しいものではないのだが、この店はできるだけ地元オーストリアの個人農家や牧場から仕入れた野菜、牛乳・卵、そして穀物・スパイス・油などを必要な分だけ量り売りしてくれるところが珍しい。食品だけではなくて、シャンプー、リンス、ハンドソープ、洗濯用洗剤なども量り売りをしている。

容器は売っているものを買ってもいいが、常連さんは自分の家にあるタッパーとか瓶を持ってきてそこに入れているようだ。また量り売りではないけれどもリサイクルできるもの(ジャム、蜂蜜やピクルスの瓶など)はその後容器を持ってくるとその分のお金を返してくれる。

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オーガニックやらバイオやらドイツからやってきたと思われるこのような環境配慮の「エコ」的な流れは先進国だとどこでも見られるように思うが、モノを売っている以上こう言った「いいこと」の影に必ずお金が動いていて、時に必ずしも良い影響を与えているわけではない。例えばバイオという名で質の悪いものを売ったり、あるいは仲介会社が利益を吸い上げて生産者にお金が回っていないなど。詳しい人に聞けばもっと色んな例があるだろう。

エコだからいい!と盲信的になるのではなく、かと言って環境のことを考えないと言うのも違う気がして、結局自分の信頼できる人との繋がりの中で意思決定をしていくのが良いのだろうかと考える。このお店だってビジネスだからそう言った意味ではスーパーと何ら変わりはないのだが、店のことを把握して商品のことを説明してくれる顔の見えるスタッフの方が、大手スーパーのバイトよりは信頼できる気もする。

私は生まれてから都市部に住んで買い物といえばスーパーという生活をしてきたのだが、思えば量り売りの概念は何も最近できたものではなくて、ヨーロッパだったら市場や、日本でも昔ながらの商店街では当たり前のことだったわけである。

効率と利便性を求めるとスーパーという形が良いのだろうが(安定した品揃え、安い価格帯、無駄なコミュニケーションの排除)、今改めて「めんどくさい」量り売りのシステムに改めて見直す時なのかもしれない。というか、そういう流れがあるからこそこういう店があるんだろうなと思う(他国でも見かけたことがあるし、日本でもきっとあるはずだ)。

前近代的な買い物の仕方に戻りましょうと言いたいわけではなくて、すでに構築された便利な買い物システムも利用して、個人のライフスタイルに合わせて選んでいけばよいように思う。とはいえ人間忙しくなるとこう言った店の存在を忘れたり、億劫になって結局「楽な」スーパーに行きついてしまうので、日々「めんどくさい」買い物も選択肢に入れて楽しめる余裕を持ちたいと思ったりした。

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中央ヨーロッパで生活しながら大学院生(博士課程)をしています。暮らし、旅行、研究のことなど。 恵文社一乗寺店(http://www.keibunsha-store.com/)へ寄稿中。週一を目安に不定期更新。