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江戸時代の鍼灸術の書『療治之大概集』⑤

こんにちは、鍼灸やまと治療院です。『療治之大概集』の5回目です。
実際の病の治療法についての記載に入っていきます。

※『療治之大概集』の原文はこちら


中風の事

【原文】

中風の事
一、中風の症四つ有り。一には偏枯へんことて偏身手足の軟るなり。二には風痱ふうはいとて身に痛みも無くして手足の遂はぬなり。三には風懿ふういとて人をも見知らぬなり。四には風痺ふうひとて身の痺るるなり。中風の症、数多有りと雖ども略して少づつ誌す者なり。下は皆斯の如し。百会、肩井、補、曲池、瀉、三里、瀉、三陰交、風市、絶骨、右七所の穴と云ふ。左を中風せば右に鍼を刺し、右を中風せば左に鍼を刺すべし。

『療治之大概集』中風の事

【意訳】
中風のについて
中風には4種ある。
一つ目は「偏枯」と言い、(半身不随になり)片側の手足が萎えてしまうものである。
二つ目は「風痱」と言い、疼痛はないが、手足が麻痺してしまうものである。
三つ目は「風懿」と言い、見当識障害をおこすものである。
四つ目は「風痺」と言い、身体が痺れてしまうものである。
中風の症状は数多くあるが、ここでは略して簡単に記載したものである。
以下の様に治療を行うこと。
百会と肩井に補法を施し、曲池と三里に瀉法を施し、三陰交と風市と懸鍾(絶骨)に刺鍼すること。これを「七所の穴」という。
左半身に症状が出ている場合は右に刺し、右半身に症状が出ている場合は左に刺すこと。

【補足説明】
中風は主に現在でいう脳卒中です。いわゆる「中風七穴」が出てきますが、現在言われているものと若干違うようですね。


傷寒

【原文】

傷寒
一、冬強く寒気に中りて疾むを傷寒と云ひ、寒気裏に蔵れて春暖かに成りて発るを温病と云ひ、夏に成りて発るを熱病と云ふ。何れも同じ症なり。大きに汗し大きに下すを善しとす。上脘、補、中脘、補、三里、手足共に、三の兪、浅く刺す、章門は発散して日数立つ時は能き者なり。

『療治之大概集』傷寒

【意訳】
傷寒
冬に強い寒邪に傷られて発症するものを「傷寒」という。寒邪が裏にかくれていて、春に暖かくなってから発症するものを「温病」という。夏になってから発症するものを「熱病」という。どれも同じ症状である。
発汗が多く、下痢をするものは予後が良い。
上脘、中脘に補法を行い、手三里、足三里、肺兪に浅く刺すこと。章門は邪気を発散できるので一日に何回か刺鍼するとよい。

【補足説明】
冬に冷えたのが原因でかかる病が傷寒です。発熱、頭痛、自汗、悪寒、潮熱等の症状がでます。西洋医学の病名ではインフルエンザ、腸チフスなど発熱する病全般です。(現在の中国語では腸チフスの意味に使われます。)
傷寒に関しては、張仲景の『傷寒論』が有名です。傷寒を詳しく知りたい方は『傷寒論』を読みましょう。ちなみに、張仲景(AD150-219)という人は後漢の時代の医師です。中国における伝説の名医の一人で医聖とされています。張仲景の親族の大多数は傷寒の病で亡くなってしまいました。張仲景はこのような悲劇を繰り返えさせないとの思いで医術の勉学に励み『傷寒論』を著したといわれています。現在使われている漢方薬のかなり多くのものが傷寒論の処方です。すごい偉人ですので覚えておきましょう。なお、『傷寒論』は東洋医学の重要古典の一つです。(他の重要古典は『黄帝内経』『神農本草経』)


痎瘧

【原文】

痎瘧
一、内経に曰く、夏暑気に中れば秋必ず痎瘧がいぎゃくすと有り。先づ寒くして後熱気さすを寒瘧と云ひ、又、先づ熱して後寒きを温瘧と云ひ、唯熱気さして寒からざるを癉瘧と云ふ。一日に一度発るは癒へ易し。二日、三日に一度発るはへ難し。長延て瘥へざれば後癆瘵と成る者なり。中脘、章門、寒きに善し、脾の兪、肝の兪、大椎の兪、先づ鍼刺して後に灸す。

『療治之大概集』痎瘧

【意訳】
痎瘧
『黄帝内経』には「夏に暑気に当たれば秋必ず痎瘧す」とある。
先に寒気がして、その後に熱がでるのを「寒瘧」と言う。
先に熱がでて、その後に寒気がするのを「温瘧」と言う。
熱が出るだけで、寒気がないのを「癉瘧」と言う。
1日に一度、発熱するものは治りやすい。
2~3日に一度発熱するものは治りにくい。
長引いて治らないものは「癆瘵」になる。
中脘・章門は冷えているものが良い。
脾兪、肝兪、大椎に刺鍼して、その後、灸をすること。

【補足説明】
痎瘧は数日おきに周期的に発熱する病です。
西洋医学的な病名でいえばマラリアなどがこれに当たるとされます。
ここに出てくる『黄帝内経』の引用は『素問』陰陽應象大論篇第五の中の「夏傷於暑秋必痎瘧」を指していると思われます。『素問』の中にはその他にも似たような記述がありますね。興味があれば探してみてください。また、『霊枢』論疾診尺第七十四にも「夏傷於暑秋生痎瘧」といった記述があります。


痢病 しぶり腹の事


【原文】

痢病 しぶり腹の事
一、湿熱なり。赤きは血、白きは気、赤き白きの雑はり出るは脾胃悪く飲食腸胃の間に滞り脾を傷る故に痢病をなす。鳩尾、気海、関元、三里、下脘、白きによし、上脘、痛むによし、章門、痛むに吉し。

『療治之大概集』

【意訳】
痢病(下痢)

湿熱が原因である。赤いものは血、白いものは気、赤と白が混ざって出るのは、脾胃が悪く飲食物が胃腸に滞って消化せずに脾を傷ったためである。
以下の穴を使用する。
鳩尾、気海、関元、三里、下脘(白色便のものによい)、上脘(痛みがあるものに使用すると良い)、章門(痛みがあるものに使用すると良い)。

【補足説明】
痢病はいわゆる下痢ですが、腹痛を伴う下痢です。


嘔吐 からゑづきの事


【原文】

嘔吐 からゑづきの事
一、胃の腑虚したる人、寒気・暑気に冒され、食に傷られ、或いは気結ぼれ、痰聚まりて嘔吐するなり。上脘、中脘、鳩尾、巨闕、天突、三の兪。

『療治之大概集』嘔吐 からゑづきの事

【意訳】
嘔吐

胃が虚してしまった人が、寒邪暑邪に犯されて食事が消化できなかったり、気が結したことが原因で痰があつまったりして、嘔吐するものである。
上脘、中脘、鳩尾、巨闕、天突、肺兪を使用する。

【補足説明】
「嘔」は声(ゲー・オエー)があって吐かない物(からえずき)、「吐」は声がなく吐くもの、「嘔吐」は声があって吐くものです。


泄瀉 腹の下る事


【原文】

泄瀉 腹の下る事
一、脾胃弱き人、食物を過し、或いは風寒暑湿の気に中りて泄瀉するなり。関元、大腸の兪、気海、章門。

『療治之大概集』泄瀉 腹の下る事

【意訳】
泄瀉(下痢)

脾胃が弱い人が食べ過ぎたり、風寒暑湿の邪気にあたることで泄瀉するものである。
関元、大腸兪、気海、章門を使用する。

【補足説明】
泄瀉は下痢のなかで、腹痛があまりなく、便が水様便や水様便に近いものを指します。


霍乱かくらん

【原文】

霍乱
一、食物に生物或いは冷物等を多く食して五臓を傷り胃の腑に滞り脾弱くして運ばず。或いは風寒の気に冒され発る。胸腹暴かに痛みて嘔吐し、或いは瀉し、或いは吐し、両の足転筋し、手足冷え、甚だしき時は死す。中脘、巨闕、章門、神闕は灸、下脘、鳩尾、上脘、委中より血を出してよし。

『療治之大概集』霍乱

【意訳】
霍乱

生物や冷えたものを多食して五臓を傷り、この所為で飲食物が胃に滞り、脾が弱っているのでこれを運化できないため発症する。あるいは風邪や寒邪に冒されて発症する。
次のような症状がある。急な胸腹痛、嘔吐、泄瀉、吐、両足の痙攣、手足の冷え、酷い時は死亡する。
中脘、巨闕、章門、神闕(灸)、下脘、鳩尾、上脘、委中(刺絡が良い)を使用する。


秘結 大便の結する病なり

【原文】

秘結 大便の結する病なり
一、腎虚する時は身の滋ひ竭きて大便結す。其の故は婬欲を恣にし食事時ならず喰ひ、或いは酢酒多く飲み、辛き熱の物などを多く食して此の病をなす。下脘、水分、章門、各補、十一の兪、瀉、気海、天枢。

『療治之大概集』秘結 大便の結する病なり

【意訳】
便秘
腎虚になると体の潤いがなくなり便秘になってしまう。房事過多、不規則な食事、酢や酒の多飲、辛い物の多食などでこの病となる。
下脘(補法)、水分(補法)、章門(補法)、脾兪(瀉法)、気海、天枢を使用する。


咳嗽がいそう すわふきの事

【原文】

咳嗽 すわふきの事
一、咳は所謂痰なくして声有り。肺気傷れて清からず。
一、嗽は声なくして痰あり。脾湿動じて痰を生ず。咳嗽は声有り痰有り。天突、三の兪、下脘、上脘、不容、章門、各補、百会、頭痛に吉し。

『療治之大概集』咳嗽 すわふきの事

【意訳】
咳嗽

「咳」は、声(ゴホゴホ・コンコン)が出て痰がでないものである。肺の気が傷られて清くない状態である。
「嗽」は、声は出ずに、痰が出るものである。脾の湿が痰になっているのである。
天突・肺兪・下脘・上脘・不容・章門を補うと良い。百会は頭痛もある場合によい。

【補足説明】
「咳嗽」は声があって痰が出るもの。


痰飲

【原文】

痰飲
一、火痰は黒色、労痰は膠の如し、湿痰は白く、寒痰は清し。痰の病暁め難し。
一、目眩めき耳鳴、或いは噯し酸噯し喉詰まり吐けども出ず飲めども降らず其の痰墨の如し、或いは手足腫れ痛み歯浮いて痛み癢く心の下に氷を留むるが如く胸冷へ痛み、或いは不思議なる事を夢に見、或いは足腕痺れ軟へ腰の骨卒かに痛み、或いは風湿の如く背骨の上に毎日紅の如くの筋発り、或いは眼粘り癢く言ふ事成難し、或いは喉痺、項の廻りに塊など出で、或いは癲狂てんきょうし中風身軟へ、或いは風毒脚気、或いは胸噪がしく、或いは嘔吐、或いは肺癰、或いは悪心泄瀉寒熱小便に膿出で、或いは胸の間ごろごろと鳴り、或いは冷き所など有り。是皆痰の所為なり。天突、尺沢、三里、合谷、上脘、三の兪、七の兪、中脘、補、水分、補。
一、赤き痰には天突、巨闕。黄なる痰には天突、下脘。白き痰には肺の兪、巨闕。黒き痰には肺の兪、腎の兪。

『療治之大概集』痰飲

【意訳】
痰飲

火痰は黒色であり、労痰はにかわの様な状態である。湿痰は白く、寒痰は透明である。痰の病は見分けるのが難しい。
痰が原因で起る症状を以下に述べる。
・目眩
・耳鳴り
噯気あいき(げっぷのこと)
呑酸どんさん
・ノドが詰まって吐こうとしても出ず、飲もうとしても飲み込めない
・墨の様な痰がでる
・手足が腫れて痛む
・歯が浮いて痛む
・胸の下に氷を入れているかのように胸が冷えて痛む
・不思議な夢を見る
・足や腕が痺れて力が入らない
・腰が急に痛くなる
・風湿の病のように、毎日背骨の上に発赤があらわれる
・目やにが粘って、目がかゆい
・喉の腫れ、喉が腫れて声を出しづらい
うなじのまわりに腫瘤ができる
・精神異常
・中風のように体に力が入らない
・風毒、脚気
・胸が落ち着かない
・嘔吐
肺癰はいよう(膿性の痰と咳が続く症状)
・悪心
・泄瀉
往来寒熱おうらいかんねつ
・尿に膿が混じる
・胸の間がゴロゴロ鳴る
・身体に冷たく冷えているところがある

治療には以下の経穴を使用する。
天突、尺沢、三里、合谷、上脘、肺兪、膈兪、中脘(補法)、水分(補法)
赤い痰には、天突、巨闕。
黄色の痰には、天突、下脘。
白い痰には、肺兪、巨闕。
黒い痰には、肺兪、腎兪。


喘急 喘息なり

【原文】

喘急 喘息なり
一、体弱き人、脾腎共に虚して一身の痰を養ひ難く、以て此の疾をなす。天突、合谷、三里、章門、巨闕、上脘、中脘。

『療治之大概集』喘急 喘息なり

【意訳】
喘息

身体の弱い人の脾と腎がともに虚してしまい、全身にある痰をうまく循環できなくなってしまい、この病になるのである。
天突、合谷、三里、章門、巨闕、上脘、中脘を用いる。


今回はここまでです。


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