【短編小説】 ギムレット
僕には不思議な友だちがいる。
彼のことを「友だち」と言っていいのか、ちょっと迷う。
だって彼と知り合ってから20年以上になるけど、実際に会ったのは2回だけだから。
一度目は、僕が旅のついでに彼の住む街を訪れた時。
二度目は、彼が僕の住む街に来た。
知り合って間もない頃は、頻繁にメール交換をしていた。
その頃はまだSNSなんてなくてメールが主流で、
僕らは詩のような、散文のような、なんだか感傷的なメールをやり取りしていた。
だから僕らは、互いの生活のことをあまり知らない。
時が経って、時代も変わり、
メール交換の頻度も落ちていった。
時々、彼から絵葉書が届いた。
その頃にはラインやその他デジタルな連絡手段が増えていたのに、
なぜか彼は旅先の外国から絵葉書を送ってきた。
たまに写真と共に手紙も送られてきた。
僕の手元にそれらが届く頃には、彼はもう別の場所にいて、
僕から返事を返すことはなかった。
何度かメールを送った気がするけど、たぶん返事はなかったと思う。
そんな僕らの関係は、果たして「友だち」と言えるのかな。
わからないけど、でも彼は、僕にとって大切な存在なんだ。
今日僕が、ふっと彼を思い出したのは、ギムレットのせい。
初めて彼と会った時に、一緒に飲んだのがギムレットだった。
彼が、初めて会った僕の印象にギムレットが合うと言って、オーダーした。
甘くてほろ苦くて、けれど香り立つような一杯。
ふだんは飲まないギムレットが、彼を思い出させた。
あの夜の彼を、思い出させた。
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