見出し画像

体験が個をつくり、転機が彩りを添えるんだね

前回、人生最初に病気という大きな波がやってきて、否応なしにそれからの生き方が大きく変わった出来事をお話ししました。

その時に健康で動ける身体があるということが、どれだけ尊いことなのかを痛感し、生きるという意味を、ものすご〜く深く考えるようになりました。そう、生き方の模索っていうやつです。

いや、正確に言うと。

深く考えていかないと、いつまたどこで何が起こるかわからないから、人生を後悔して過ごしたくないと強く思ったのです。

何よりも死にたくなかったから。

歩く、登る、滑る!

すぐさま、「よしこれだ!」
と何かに気づいた訳ではありません。

その時々の自分の気持ちや周りとの調和、そしてタイミングなどを大切にし丁寧に過ごしていたら、いつの間にか歩いたり登ったりと自然の中を旅することが多くなってきました。

そして月日を重ね、身体が回復し始め強くなってくると、欲というものが顔をのぞかせるようになり、困難な旅にチャレンジしたくなってきたのです。
困難な旅になればなるほど、自分をもっと強く!もっと大胆に!と何かに後押しされ、その後押しが何とも言えずに心地よく、まるで麻薬のようなものなのかも知れません。

しかし大きく変わったと言っても、それまでの私が全く旅に興味もなく、ましてや登山や山スキーに縁がなかったという訳ではありません。

そもそもワンゲル部出身の父、山岳部だった母という両親に育てられたので、物心ついた頃には当たり前のように山の中にいる環境でした。
昭和一桁生まれの母は、今で言う最先端を行く女性だったのだと思います。私が幼い頃、家には常にガイジンさんが居ました。交換留学生を受け入れて、日本体験などを後押ししていたのです。

昭和40年代ですから(歳がバレますね笑)、青い目のガイジンさんを見れば、誰もが興味津々で、その一挙一動をじーっと見つめていた時代。
そんな時代に、ターバンを頭に巻いたインド人の方までが滞在していたわけですから…

思い起こすと、そのインド人の方々に(お二人でした)妙に懐いた私は、学校から帰るや否や、一緒にタケ馬で遊んでもらっていました。本場のインド料理も振る舞ってもらい、インドって一体どんな国なんだろう?と、子供心に世界というものに興味が湧いていました。

そう考えると子供の頃の体験や遺伝というものは、そのさきの人間を形成するにあたり、多大なる影響を及ぼすと思います。

なんたって人生初の海外旅行は、グアム島で先住民と一緒にテント暮らしをするというシロモノに、たった一人で送り込まれたわけですから。

その時の私は、わずかに10歳。

生まれて初めての海外
しかも先住民チャモロ人と一緒のテント生活
知り合いが誰もいない
もちろん言葉も通じない

刺激的をはるかに超えて、強烈なインパクトを残した幼少期でした。

時を越え、2008年に再びグアムを訪れました。
微かな記憶の中に、テント生活をしていた村の名前「イナラハン村」というのが残っていたので、そこを探し当てて訪れてみました。

10歳の記憶ですからね。
どうかとも思ったのですが、déjà vue!と叫んじゃうくらい、脳のシワの奥の奥に仕舞い込んでいた記憶と同じ景色でした。

生暖かい風の感触!
ナマコを取ったり、崖から飛び込んだりした海の香り!
色とりどりのフルーツの味!

五感が覚えていたのです。

そんな様々な体験が私という一人の個を形成させ、そこに大きな転機が訪れることで、人生がより深く彩りを添えて今の旅の姿があるのだなーと感じます。

そう考えると、人生という旅路は面白いものです。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?