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2022年ワールドカップSocceroos振り返り~まだ名前がない世代に寄せて~

誰がこんな展開を、結果を、そして反応を予想していただろうか。
大陸間プレーオフでPK戦までもつれ込み本戦出場を決めてから僅か数ヶ月後、グループステージで2試合勝利(うち2試合で無失点)してRound of 16に進出、出場した全部試合でセットプレーなしに得点、ArnieことGraham Arnoldがオーストラリア出身の監督として初めてワールドカップの試合で勝ちをあげグループステージを突破し。
結果に伴い数々の記録が樹立され塗り替えられ、現地以上にオーストラリア国内でも爆発的な反応が起こり。
選手達と監督の力量に期待していなかったオーストラリアの一般市民も、これほどまでに熱狂的な応援を受けると思っていなかった選手達もお互いに驚かされたトーナメントでした。

オーストラリアにおいてSocceroosの主な記録を保持するベンチマークであり人々の記憶にも鮮明に残るチームは2006年のいわゆる「黄金世代」と呼ばれる選手達。個のクオリティでも所属クラブでも今大会の「2022年組」はお世辞にも黄金世代には及ばなく(チームと選手個人の評価がそもそも若干過小評価なところがあったにしても)その偉業を超えることができるチームとは思われていませんでした。

2022年組が破った記録の一つとして「ワールドカップの試合でクリーンシート達成」がありますが、この記録はなんと1974年、Socceroosが最初にワールドカップに出場したとき以来破られていませんでした。
1974年組のチームは選手達が「band of brothers(兄弟のような絆で結ばれた仲間同士)」であったことが当事者から語られていて、様々な背景の選手達が手をとりあって力を合わせて戦った、Socceroosのチーム文化の祖とも言える世代でした。
そんな1974年組の記録を2試合クリーンシートで塗り替えた2022年組もまた「band of brothers」と称されるチームであったのはある意味必然だったのかもしれません。

Socceroosの歴史の中でチーム内での「camaraderie(友愛・仲間意識)」が失われたり弱まったりすることはなかったとは思いますが、この2022年組がその概念を強く体現することとなった事自体には驚きはありません。
パンデミックが始まって以来、活動できなかった18ヶ月の間にはお互い顔を合わせることもなく、オーストラリアにいる家族や友人とも会えず、活動が再開すると多くの試合をホームのサポーターの足が届かない遠く離れた海外で開催したこと。招集を受けて合流すれば外には出ることが出来ず、チーム内の選手同士で長く時間を過ごしたこと。前の世代と比較され、そして実際の予選の成績から期待値が低かったこと。様々な理由で招集されるメンバーがめまぐるしく変わったこと。
お互いがお互いを思いやり共存するしかなく、自分たちで自分たちを信じるしかなく、誰が招集されてもチームとして団結してやっていかなければいけない。Arnieが植え付け、選手達が育んだcamaraderieはこの数年間何よりもサバイバルの手段だったはず。
ただそこまでは容易に理解できても、いざ大舞台でこの団結力があれだけ前向きに力になったことは想像をはるかに超えていました。

この2022年組のSocceroosを取材したジャーナリストの皆さんが口を揃えて言うのが「このチームにはエゴがない」ということ。それはスター選手といえる選手がいなく、長期間共に過ごしてきたことから自然ななりゆきといえるかもしれません。ただそれは単純に「共存できる」というレベルでなく、チームメイトとして信頼があり、サッカー関係なくお互い一緒にいることが楽しく、仲間のためなら命まで投げ出せるとまで語る仲。そんな関係性が様々なソースから何かにつけて語られ、そして映像や写真を通して継続して伝わってくることがたびたびありました。
その仲間意識や信頼という精神的な支柱が実際のプレーでどう活きてくるか、という具体的な話はわからないながらもSouttar君がチュニジア戦で「あの」タックルをした時に他の選手が何人も必死にカバーに入っていたという話はその一部を表しているのではないでしょうか。

過密日程や気候など「選手ファースト」とは言い難い要素もあった今回のワールドカップでSocceroosが身を置いた環境はなにより「ヒューマンファースト」でした。彼らが本拠としたAspire academyは練習場まで移動がなく、充実したスポーツ医学関連施設を活用できる上に、オーストラリア人にはほぼ必需品であるコーヒーを作るバリスタも常駐し、快適に暮らしかつ短い時間を有意義に使うように環境が設計されていました。
コンディションの面は特に効果が覿面で30歳あたりのベテラン選手を中3日で続投、試合に出る選手を戦術で選べたことは今回の結果に大きく影響しているはず。

そうやって作り上げた恵まれた環境の中で過ごしながらこの最大のトーナメントに望めたことがSocceroosに力を与えたところは少なからずあると思います。そしてその同じ環境が選手達に自分の思いを声にすること、自分たちの物語を語ることを後押しし、ワールドカップという場でも自分らしくいられたことが何人もの選手にとってキャリアベストのプレーをする支えになっていたのかもしれない、と勝手に思ったりしています。
プレーオフの時も勝ち負けが紙一重な場では「one percenter」が大事、という話があったようにきっと様々な要素が積もり積もって力になっている。

そしてこのスーパースターではない選手達のピッチ上の活躍にとどまらない何より人間らしい姿を応援する側に伝えてくれたジャーナリストやメディアの皆さんの働きもまた重要でした。オーストラリア国内でも知名度が高いとは言えない選手たちのここまでの経緯や物語について記事を書いたり、選手達がいかにお互いとArnieを信頼しているか、チーム内では当たり前でも外にからは見えにくいことを伝えたり、記者会見ではサッカーに関係ない面白質問をして記事に織り込んだり、誰と誰が相部屋なのか、コーヒーの飲み方、宿泊所でのまったりした時間、質問コーナー、リカバリーの様子など選手達の様子を動画や文章のコンテンツで提供してワールドカップ以前に彼らを知らない人でも親しみがわくように、知っている人もさらに好きになるようにしてくれました。それと同時にオーストラリアでの盛り上がりや応援の様子の動画を選手達に伝えてくれたのもジャーナリストの方々が主だったそうで、遠く離れてはいますし現地に足を運んだサポーターは少なめでしたけれど代表チームと応援する皆がこれまで以上に近かった大会でした。
そして同時に今回のこの代表チームの姿の伝え方はこの2022年組の選手達のありのままの姿を、ピッチ外の人間の部分やチームの絆と文化を含めて愛してもらうのにとてもよかったのではないかと思います。

このトーナメントの前から結果がどうであってもこの26人(最終的に27人になりましたが)がとにかく好きだと言っていましたが、彼らが居て戦った証が様々な記録としてSocceroosの100年の歴史に刻まれること、そしてそんな彼らが愛され、このチームを応援するために多くの人が集まりこの大きな国が一つになったことはワールドカップで考え得る最高の幸せでした。
もちろんこの経験と功績を今後様々な方面に向けて土台としてフルに活用しなくちゃいけないのもそうですが、この黄金世代ではないけど黄金世代を超えたまだ名も無い世代を振り返ってその偉業と人間を愛しく思いたい。

様々な道を通ってグリーンとゴールドのユニフォームに袖を通したSocceroos達はまたそれぞれの異なる道へ、でもこれまでに増して「オーストラリアのサッカーのため」という共通の目的を背負って進みます。
彼らの物語もSocceroosの歴史も次の章へ。