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Aリーグが盛り上がるダービー各種の話

この記事を書き始めた2023年末、メルボルン・ヴィクトリーは3週連続でダービーに当たる試合を終えて年を締めくくりました。元々知ってはいることですが、改めて3試合並べてみるとダービーでも色々、そしてライバル関係でも色々あるなと実感しています。Aリーグはチームが少ないけどだからこその「近さ」があったり、歴史が短いようでサッカー以外からもつながっている感情や因縁がたくさんあることもあってチーム同士のライバル関係や敵対心は本物だけでなく、それぞれ様々な色合いがあることがこのリーグの魅力だと思います。なので前々からダービーの記事を書きたかったのですが今になってやっとということに。
ちなみにAリーグ男子のレギュラーシーズンは完全なホーム&アウェーでなく一部のカードは3回対戦することがあり、下記にあるようなダービーにあたる試合は(盛り上がるしお客さんも多く入るし)優先的に3回対戦になる場合が結構あります。
ちなみにヘッダー画像は珍しくちゃんとダービー関連の写真を撮っておいてあったのを使っただけで他意は・・・さて。(だって珍しかったから)

シドニーダービー

Aリーグ最大のダービー(メルボルン在住の私が言うんで間違いない)。
よく観光写真でもみるようなシドニーの東側(海に近い)を本拠とするシドニーFCとParramattaを中心としたシドニーの西エリア(川沿い)を本拠とするウェスタン・シドニー・ワンダラーズのダービーです。
単純に地理的に同じシドニーの2チームというだけでなくホワイトカラーの東とブルーカラーの西、スター揃いの東と移民出身の地元タレントを擁する西といった社会経済的な対立まで含むのがこのダービーの特徴です。
シドニーの西側は特にオーストラリアのサッカーにおいて一種の故郷のようなところがあり、Aリーグの外のクラブでも伝統的な移民ベースのクラブをいくつも抱えていて多くの代表選手や監督達を輩出していたり、この国のサッカーの歴史・現在・未来に大きく影響しています。
さらにシドニーのThe Cove、ワンダラーズのRed and Black Bloc(RBB)もAリーグで屈指の人数と熱量を持つアクティブサポーターの集まりで、彼らが相まみえるのもまたシドニーダービーの見所です。
このダービーを例えるならウェストサイド・ストーリー。白人と移民の対立、(ロミオとジュリエット派生作品によく見る)青と赤の色の組み合わせも一緒ですし、ラテン系の音楽がこのミュージカルを彩るようにシドニーダービーの情熱もまた移民文化に支えられていることも似ています。
盛り上がりももちろんですがそのガチさから2クラブ間の移籍ももちろん禁断の移籍とされています(特に男子は)。それでもかなり最近でもなかなかの大物が東から西に移籍してて、移籍した人も移籍元の監督もお互い色々めんどい別れみたいな感じが伝わってくるのですがそんな禁断の移籍とこのダービーを描いたA-Leagues All Accessのエピソード(いくつかありますがこれとか)は個人的にものすごくお気に入りです。これを見て私はいつかシドニーダービーを現地で観に行こうと心を決めました。
ちなみにこの2チームは女子では圧倒的に東が強くなかなかダービー感はそこまで、というのが残念なところ。こんな試合も数年前はあったんですがねえ。いつかまた。

メルボルンダービー

シドニーのダービーとは違って地理的でもなく社会格差でもなく、根っこのところは「新と旧」の対立がベースになっています。Aリーグが始まったときからのオリジナルメンバーのメルボルン・ヴィクトリー、そして2009年にメルボルン・ハーツとして設立してから色々あってシティ・フットボール・グループ(CFG)に身を委ね今の形になったメルボルン・シティ。
要するに日本で例えれば開国して欧州の文化や技術を取り入れた日本人がシティでちょんまげ結って良くも悪くも伝統を守る派のサムライ日本人がヴィクトリー、ですかね。
その時間差もあってサポーターの数でいうとヴィクトリーが圧倒的に多いためシティのホームゲームでも紺色のアウェーサポーターが大多数というちょっと変わった現象に。でもダービーだとちゃんとシティのサポーターもいつもよりだいぶ多く試合観に来ます。
2022年のクリスマスダービーでの出来事で悪い意味で知られるようになったメルボルンダービーですが、全般的にいうと内容的に一番エキサイティングな試合が見られるのがこの組み合わせだったりします。シティは元々攻撃的ですし、ヴィクトリーも監督などでスタイルが変われどこのダービーでは攻めるのが定番なので。
ただメルボルンダービーはほぼ毎回違った試合になるのが一つの魅力だと思ってます。基本その時点での順位は関係ないですし、あとは当日のスタメンやコンディションや采配とかその他細々とした要素で色々変わってくるのでどういう試合になるのか事前に読むのは至難の業。
多分女子のリーグでは最大のダービーで、男子と同様にダービーらしさがある組み合わせ。ファイナルトーナメントでも何回も対戦しているのも含めこちらも毎回試合展開が違って同様に予想がつかなかったり。
シティの方が新しいクラブとあってメルボルン間移籍はヴィクトリー→シティが多かったのですが2023年はシティ→ヴィクトリー勢が男子も女子もちょっと多かった年でした。禁断感はシドニーやF3ほどないかもですがそれでも鞍替えした選手にはブーイングがしっかり飛びます。
ちなみに2023年のクリスマスダービーはチケットの売り上げでいうとかなり久しぶりに完売だったそうです。前述2022年のを挽回、というか乗り越えてこれから良くしていこうという両クラブサポーターの意思の表れと勝手に思っています。ただ試合自体は珍しくスコアレスドロー(メルボルンダービー史でわずか5回目)。やっぱりわからないなあこのカードは(笑)。

F3ダービー

基本サッカーの外ではオーストラリア各州の主要都市以外の街の名前を聞くことって少ないと思うのですが(それだけ人口が主要都市に集中している)、そんな主要都市を舞台としない、さらにリーグの歴史の中でもタイトル争いにあんまり絡んでこない2クラブのダービーです。
一つはNSW州でシドニーの北162kmにある人口約35万人の街Newcastleを本拠とするニューカッスル・ジェッツ。もう一つはその約86km南方向にある隣町Gosford(人口約18万人)とその周辺エリアを本拠とするセントラルコースト・マリナーズ。「F3」というのはこの2つの街を結ぶ高速道路の旧称です(今はM1)。
人口も多くなくクラブの予算も少なく順位もそれほど、という状況下ではありますが大都市のダービーとはまた違う盛り上がりがあります。何というかお互い田舎だから許せないことがあるというか、田舎同士だからこその敵対心とかノリがあるというか。それは以前セントラルコーストの会長がこのクラブにとっての成功とは、と聞かれて「ニューカッスルより上の順位にいること」と答えたことに現れている気がします。あと以前ジェッツに所属していた選手がテレビのコメンテーターになってこの旧称F3を試合の担当しに車を走らせていたらそれをめざとく見つけた併走するセントラルコーストファンに色々言われたそうです。そういうノリは大都市じゃない場所ならではじゃないかな。
人口が多くないと言いましたがこの辺りの地域はサッカー以外のスポーツが比較的浸透していなかったりして総人口に対する動員力はなかなかのもの。特にダービーとなればちゃんと人は入ります。多分セントラルコーストのホームの方が盛り上がりは大きいかな?
ちなみに2023/24シーズンにセントラルコースト女子がリーグに再参入して初のF3ダービーが発生しましたが前述の意味で色々期待を裏切らない感じで面白かったです。次回はどうなるか。
それからF3ダービーといえば2022/23シーズンに両クラブのアイディアで導入されたユニークなトロフィー。詳しくは辞典の「ガードレール」「コンクリート」の項を参照(というかそれでだいたい察することができそうですが)。

The Big Blue(ザ・ビッグ・ブルー)

ダービーというのは狭義には同じ街のチーム同士のライバルマッチを指すそうですがAリーグでは同じ街(州)のチーム同士でもダービーとしてあまり扱われない組み合わせもありますし(後述)、違う州のチームの間のライバルマッチも「ダービー」と広義でいう場合もあります。そもそもこの国は地理的距離的感覚がバグってるので。
そんな広義のダービーの代表例がシドニーFCとメルボルン・ヴィクトリーの間の「The Big Blue」。
シドニーとメルボルンはオーストラリア第一、第二の都市として首都をめぐる攻防の時からのライバル関係。サッカーでもAリーグが始まるずっとずっと前から州のチーム同士の試合という形で対戦していたそう。
シドニーが正統派ならメルボルンは個性派、サッカー外では主にメルボルン側がシドニーにつっかかることが多いようなのは・・・きっと気のせい?
とにかく二大都市のビッグクラブ、スターを抱えるようなチーム同士の戦いですがそんな両チームのプライドのぶつかりにスタイリッシュでないところも見え隠れするのがこのダービーの見所。
女子のthe Big Blueだと以前完全なホーム&アウェーじゃない頃はレギュラーシーズンに1回当たって次はグランドファイナルでの対決、なんてことも少なくなかったのでガチ度とヴィクトリーの底力が見える機会が多かったです。男子もファイナルトーナメントで出会うとこれまた激しい対決に(2018年のセミファイナルはAリーグ史に残る伝説です)。
ダービーの名称の「the Big Blue」はシドニーのシンボルカラーのスカイブルー、ヴィクトリーのネイビーブルーの対決にかかっているのと、オージースラングで「Blue」は大きな言い争いや喧嘩を指す言葉だそう。
ちなみにヴィクトリーホームのBig Blueは1月26日の祝日にダブルヘッダー固定でオーストラリアの多文化を祝うイベント仕立てになっています。テニスの全豪オープンと重なる時期でもありますが是非こちらも。

The Original Rivalry(ジ・オリジナル・ライバルリー)

またまたヴィクトリーがらみのダービー。そうなんです、うちはあらゆる方角に敵がいるんです。
その中でも割とストレートに敵意をぶつけてくるのはアデレードかもしれません。The Original Rivalryの名の通りリーグの歴史で古くからの敵対関係
同じ州外ダービーでもシドニーのと違うテイストになるのはどうしてか、というと他のフットボール競技での関係性の影響だったり、両チームに少しはある格差(アデレードはあくまでも地元クラブ)、それから2007年のグランドファイナルでアデレードがヴィクトリーに大負けした経緯も関係しているかな。英語で言うところの「It's personal」ってやつなのかもしれません。
なので名称こそクラシコを思わせる意味合いではありますが私が見た範囲の印象でいうならどっちかというとマドリード・ダービーに似たテイストがあります。プレースタイルは全然違いますがメンタル的なアプローチとしてアデレードが格下というポジションを利用している節があるところとか。
そしてこのダービーはアデレードのホームゲームがものすごく盛り上がることでも有名。そもそもアデレードはどこと対戦してもホームの応援が強いですが、ヴィクトリー相手となればさらに熱くなる。ヴィクトリーサポーターも州境を超えて多く参戦するのでまたまた燃え上がる。多分このダービーにかける熱量はアデレード側の方が上ですが、ヴィクトリーサポーターにとっても最大のアウェー戦みたいな感じで捉えているみたいです。(これもいつか参加したい)
そんなこともありヴィクトリーにとっては他のダービーとも違うなりふり構わずな面がある、はたまたシドニーダービーのような重みはあんまりない、まるで唐辛子の辛さのようなホットなダービーです。

Distance Derby(ディスタンス・ダービー)

これはまた別のカテゴリで、ダービーとはあるけどライバル関係ではあんまりない、というパターン。
Aリーグはそもそも大きいオーストラリア大陸だけでなくニュージーランドのチームも含むのでとにかく移動距離が長い、その中でも一番長い組み合わせになるのがパース・グローリーとウェリントン・フィーニックスの組み合わせ。具体的に言えば直線距離で5,225km(ロシアのリーグ動向により変わりますが世界のトップリーグで1位とか2位の距離)、飛行機での移動はどうあがいても8時間はかかりますし(直通便無し)、時差で言えば5時間も違うのでアウェーのチームにとってはホームだったら早朝とか深夜にあたる時間に試合しなきゃいけない、体内時計にとってもだいぶしんどいダービー。
なので遠征する選手達にとっては様々な意味で大変な試合ですが(サポーターにとってもまた大変)、これだけ遠くから相手を自分のところに引きずり出してきても必ずしもホームが勝つとは限らないのがこのリーグでありフットボールという競技であり。(サラリーキャップもありますしウェリントンはもちろん、パースもそこまでビッグなクラブではないですし)
なので「こんな遠くまで呼び出してからに」以外に因縁とかはない2チームですがそれでも何かにつけてディスタンスダービーに言及したり祝ったり(?)面白がったりするのがAリーグファン。この試合が「ただの普通の試合」ではない事はやっぱりちゃんと認識しておきたいですし、このリーグのユニークでハードな性質を噛みしめるダービーですしね。
ちなみに今度オークランドのチームが新しくAリーグに参入するということでそうなるとパース&オークランド間の距離は5,343kmとなりディスタンスダービーはこちらに移行する模様です。

その他

ニュージーランドダービー(仮称)

現在ウェリントン・フィーニックス(ことNix)が唯一のNZ本拠クラブですが上記の通りオークランドにもチームができます(2024/25に男子、次の年に女子参入)。これまでNixはオークランドのEden Parkなどでも試合をしてきたので馴染みもあるし、ニュージーの国民性の印象から考えて割とフレンドリーなダービーになるかな?と思ってたのですがTwitterでの反応を見るとそうでもないらしい。見くびっててすみませんと思うくらいにあの国はあの国でなかなかライバル関係の温床があるようです。
でも既にオークランド出身の現ウェリントン所属の選手が契約延長していたりサポーターでもオークランド在住だけど変わらずNixを応援するよ、という人は少なからずいると思われるので実際どういう分布になるかはこれから見てきたいと思います。あとオークランドのサポーターも80分にリードしてたら上脱ぐのかも要注目(随時更新の辞典の「80分」の項を参照)。

名前はないけどウェスタン・シドニー・ワンダラーズとマッカーサーのシドニーの西側対決

ワンダラーズもAリーグに後から参加したクラブですがマッカーサーはもっともっと新しいクラブなので地理的にいうと隣同士(距離でいうと30kmくらい)なんだけどあんまりライバル感は現時点ではなかったり。
ワンダラーズが労働階級ならマッカーサーは農業階級(???)というか、自分の畑を耕して守って生計を立てながら発展成長を目論んでいるだけ、と例えればいいのか。でも重戦車のぶつかり合いみたいな試合になって似てるところも違う所も見えるのがちょっと面白いんですよねこの組み合わせ。2023年ではどちらのチームも上位半分に居座ってますしこれから見応えのある試合を繰り返すことで、あるいは何かの試合がきっかけとなって本格的なライバル関係が芽生える可能性も・・・?

Battle of the Bridge(バトル・オブ・ザ・ブリッジ)

メルボルン・ヴィクトリーとウェスタン・ユナイテッドも同様に地理的に隣同士ではあるんだけどいまいちダービーみたいな扱いまで至ってない組み合わせです。それはマッカーサーと同様ウェスタン・ユナイテッドが新しいクラブでまだサポーター層も成長途中という理由もありますがなによりヴィクトリーが他のダービー3つで手一杯でそこまでかまってられないという側面もある気がします。なのでだいたいこのカードの試合の前はウェスタン・ユナイテッドの方が盛り上がっているし、ダービーの名称も(オージーフットボール方面から派生だそうですが)向こうが主に使っている。さらに向こうとしては労働階級→ビッグクラブに楯突く図式もあったりしますし。で、多分その気合いの差がどうしても出てしまうのかウェスタン・ユナイテッドが多く勝利を挙げています。全く困ったものです。
ちなみにダービーの名前になっている「橋」はWest Gate Bridgeといってヤラ川を超えてメルボルンの東・南側と西・北を結ぶ(そして中心部をバイパスする)メルボルンの大動脈といえる道路のこと。大動脈があんなに渋滞してちゃ大変ですが。

「その他」も含めて全く言及がなかったクラブがあることにお気づきでしょうか。一つは女子チームしかないキャンベラですがこれは少なくとも地理的にはダービーができる要素があんまりない。そしてもう一つはブリスベン。ブリスベン・ロアーは現在クイーンズランド州唯一のクラブで(過去には他にもあった)、あれだけ広い州に一つしかクラブがないのも色々懸念(人材発掘とかも含め)がありますがとにかく州唯一のクラブでライバル関係が発生しないならでは(あと温暖な気候ならでは)のチームの雰囲気がある・・・のかな。カップ戦でも同州のNPLチームとなかなか当たらないですし、いつかライバルとなるクラブができるのを見てみたいです。