見出し画像

勝手に毒舌推し活マナー

はじめに


 今回の題名は古のサイト名をお借りしました。今は昔、私がまだ子供と呼べる歳だった頃によく目にしたサイトです。(毒舌ではなく毒吐きだったかもしれない……)
 詳しく説明しようとすると回顧録のようになるのでざっくり書くと、「人に迷惑をかけないネットの利用方法を毒舌に教えてくれる」ものでした。私に一番最初にインターネットを使う際のマナーを教えてくれたところでもあります。
 さて、そんな記憶は遥か昔になっていた最近、私はとある俳優さんのファンになり、いわゆる「推し」ができました。そして同じファンの方がいるかなと、なんとなく敬遠していたSNSを始めることにしました。三十歳の春でした。(フェイクあり)
 まず私は、何故かSNSの中でも一番敷居が高いであろう(当社比)インスタグラムに手を出しました。勝手のわからないまま俳優名で検索したところ、出るわ出るわ推しの素敵な写真たち。とりあえず推しの写真をアイコンにしている方をメインにフォローをし、自分ではあまり投稿しないままなんとなくそれらを眺めて目の保養にしていました。
 印象としては学生さんくらいの年齢の子たちが多く、なんだか画像もキラキラと加工してあったりポエム付きだったり。そんな彼女たちのうちのひとりが配信のようなものをしていたので、初挑戦で覗いてみました。そこで「欲しい画像あったら言ってね!」という配信主に、私はなんとなく参加してみたくて「一番のお気に入りってどれですか」とコメントしました。すぐさま送られてきた素敵な推しの画像。キラキラと加工されておりました。「ありがとうございます」と送ろうとして、ふと違和感を覚えたんです。
「……この画像、おまえのか???」
 ありがとうございますという相手は違うんじゃないか? と。この画像はおそらくプロのカメラマンさんが撮影したものの一部のはずです。それをどこからかダウンロードして、それを加工して、配布している。……うん? そもそもこの画像はこうして勝手に加工してSNSにアップしたり配布したりしていいものなのか??? そのときの私にはわかりませんでした。
 そこで初めてそのことについて検索しました。今考えると遅ぇよインスタ始める前にしろよと思いますしお恥ずかしい限りなのですが、とにかくそのとき初めて調べて、勉強して、無断転載というものを知りました。公式の画像を勝手に配布したり加工したりすることは、明確に「アカン」と書いてありました。なんということでしょう。インスタグラムではみんながやっていました。「もしかして本当はいいんじゃない?」と錯覚しそうなほどみんながやっていました。
 しかし「アカン」のです。
 赤信号はみんなで渡っても赤信号なのです。
 私はその日のうちにすぐ、インスタグラムをやめました。
 そして絶対に無断転載はしないぞと誓い、懲りずにTwitterを始めたのです。そこで推し活をする上でのマナーを、嫌が応でも考えせざるを得ない場面にいくつも出くわしたので、それを自分なりにまとめていきたいと思います。少し口が悪いです。

そもそも無断転載ってなにがダメ?


 肖像権とか著作権とかパブリシティ権とか、まあ諸々の理由でだめです。
 ですが正直、私がそれより重視しているのは「推しの所属する事務所が禁止しているから」です。どうやら事務所によっては転載を許可していたり、画像によって認めているところもあるそうなのですが、私の推しの所属する事務所は、基本的にすべての画像・動画の転載に対して「NO」と明言しております。守る理由はそれでじゅうぶんです。
 それを前提として私個人が無断転載良いことないなーと思う理由をつらつら述べます。
 まずよく目につく、アイコンを推しの画像にする行為。インスタにもいまくりましたが、もってのほかです。特にTwitterでは、自分がつぶやいたみそっかすツイートが推しの発言のように見られちゃうの怖すぎます。思わねえよって思う方、思うんだよ! もちろん推し本人が呟いてると思われるわけじゃないです。でも「不快な呟きをしたやつのアイコンが〇〇って俳優だったから俺あいつ嫌い」みたいな人も絶対出てくるんです。推しのアンチを作る原因になっちゃうんです。どんな迷惑行為だよ。「自分はそんな不快なツイートなんかしない」という方、すでに不快です。
 たまに推しの画像の手の部分だけとか顔が映ってないから良いとかいう超謎理論でアイコンやヘッダーなどに画像使用している人もいますが、一部だろうがなんだろうが許可取ってないのは一緒です。店の商品の端っこ切り取って「全部じゃないからいいですよね?」って言って持ち帰ります? 私が親だったら意味わかんなくて泣きます。ダメに決まってるだろ。
 じゃあ許可とったらいいの? と思われた方。いいんじゃないですかね許可とれたら。でもたぶん取れないし、返事が来るかもわかりません。飲食禁止のエリアで「私だけは飲食してもいいと特別に認めて欲しいです」とお願いするようなものなので、たぶん恥ずかしいです。やめときましょう。
 無断転載はほんとにやってる人多くて(特に一部だけ使用してる人)、なんで画像・映像の転載禁止ですよっていうすごくすごく簡単なことが守れないのかが本当に疑問です。知らなかった方は知ってください。だめだからやらないでねって、それだけなんですよ。
 そういうことを何度かツイートしてきたんですが、悲しいことに「うるせえ学級委員かよ」とか言われちゃうんですよ……めそめそ。学級委員かよってなんだよ。風紀委員だったかな。どっちでもいいか。そんなんで心擦り減らされる(勝手に擦り減る)中、なんてこった。推しを推していく中での問題は、無断転載だけではありませんでした。

ツイートする前に十回読もう


 もうこれほんと超大事。すごく大事。
 たまに脳直ツイートやら誤字ツイートがバズるじゃないですか。私もああいうの好きなんですけど、でもあれって、ほとんどが個人の責任でツイートしてるんですよ。誰のことも巻き込んでないんです。
 私が当時繋がっていた方々は、私を含めみんなこぞって「〇〇のファンです!」と自己紹介してました。名前やアイコンでも「〇〇のファン」アピールをしていました。それは良い。もちろん良いです。同じファンの方と繋がりやすいですし、推し活用アカウントでわかりやすい。でも、同時にそのアカウントでするツイートは全部「〇〇のファン」のツイートになるんです。周りも「〇〇のファンのツイート」として読むんです。さっきのアイコンと一緒です。自分のツイートのせいで推しの評価に繋がる恐れもめちゃくちゃあるんですよ今の時代! 怖! だから私はそのツイート本当に大丈夫? って自分に何回も確認してます。勝手に責任背負ってるんだけど、それでもそうすべきだと思ったのは「やめてくれ!!!」と思うツイートをたくさん目にしてきたからです。その詳細をさらに述べます。

セクハラはしないように気を付けませんか


 これが一番多い。まじで多い。すごくすごく多い。もちろん男だとか女だとか関係ないです。自分の子ども、配偶者、親その他大事な人が周りから言われていたら嫌なことは言わないように、ツイートしないようにしませんか。推しだけじゃなくて、それを目にした推しの家族や友人も嫌な思いをするかもしれないんです。
 特に目についたのは大人の女性ファン(と思われる方)のツイート。推しに限らずどこの界隈でも女性から男性有名人に対するセクハラが散見されました。普段される側に立たされることが多い性だからかもしれませんが、私たち女性ももちろん加害者になりえます。こういう例えは時代錯誤だしあんまり好きじゃないんですが、自分のツイートをいい歳したおじさんから若い女性アイドルへの発言に置き換えて考えてみてください。びっくりするほど気持ち悪いです(経験談)。「〇〇はそんなの気にしない」って方、ご家族かご友人でしょうか? 本人の気持ちはわかりません。もしかしたら本当に気にしてないのかもしれないけど、じゃあ家族は? その方の子どもは? 誰が見るかわからないのがSNSです。 勝手にお気持ちを想像して自分を甘やかさず、常識的にダメなことなんだと認識してください。

タグ付けは必要なときにだけにしませんか


SNSのタグってすごく便利ですよね。トレンド入りとかするしめっちゃ便利ですわかります。だからこそ使い方が大事だなと常々感じます。タグで検索するのはファンだけじゃなく、推しのことをなんとも思っていない一般の方も検索します。なんでもかんでも推しの名前や公式タグつける癖、怖いです。例えば、「地震大丈夫ですか? #地震 #〇〇(推しの名前)」←こういうのたまに見るんですが、ほんとにこれなんなんでしょう? 地震の情報得たいときすごく邪魔だし、ファンじゃない人からしたら推しが邪魔みたいになるんですよ。推し巻き込まれ事故。
 そして推しのファンアートでのタグ付けについても。ファンアート自体は良いと思います。私は不器用なのですごいなあとも思います。だがしかし。推しの名前や公式のタグ付けをして、推しの勝手なヌードイラストを描いたり、推しに似せた人形の服を脱がせた写真を載せるのは本当にやめて欲しいです。これもおじさんとアイドルに変換してみて……己を俯瞰して……頼む……せめてタグは、タグだけは……!(おじさん本当にごめんなさい)繰り返しになりますが、タグつけたらファンじゃない方の目にも留まりやすくなるんです。何にも知らない人が、男の人の裸にキャッキャ言ってる大人の女性たちの様子を目の当たりにしてしまうんです。ツイートやアイコン見て、「この絵や人形はあの俳優なのか……」とか思われちゃうんです。お願いです。ゾッとしてください……。
 上記で述べたセクハラについても同じです。タグ付けしたらいろんな人の目に留まりやすくなります。仲の良いファン同士の会話だけに留まれません。タグ付けは必要に応じてしましょう。

情報解禁前の匂わせも、できたら、やめて欲しいな……


 これに関しては私がネタバレを避けるタイプなのと、全ての情報は公式から得たいという気持ちがあるので偏りのある意見かもしれませんが、私のnoteなので書きますね。
 情報解禁が公式からされていない段階での「匂わせ」ツイートが、もう、超、嫌いです。
 匂わせってどんなん? という方のために例を挙げます。推しの名前が一切出されていない、とある公開前の映画アカウントを推しのファンがフォローして、その公式ツイートにリプするんです。「明日の朝、楽しみにしてます♪」って。絶対、推しが出るんじゃんってわかるじゃないですかあああああ。でもそれをこんないちファンの自分がひとより早く情報得てるアピールのクソツイートから察したくなかったんですよおおおおおお。……人によっては次の日のWSの録画が出来るからありがたいって人もいるでしょうけど、私は別にそれは逃しても良いファンなので、考え方なのかな……うん。(逃したら悔しいけど、変なとこから情報得てしまったときよりはマシです。作品が観られなくなるわけではないので)
 ただ、公式が発表していない段階での匂わせって、単純に公式からしたら迷惑行為ではあるんじゃないかなという気もしてます。情報解禁日を決めてる理由もあるでしょうし、そこにはちゃんと従うべきなんじゃないかなと。すみませんここに関しては本当に悔しくてうぐぐぐとなった私怨があり冷静ではありません。すみません。Twitterの遣い方は自由なので、これはただの私の希望です。

公式への絡み方


 推しができて驚いたことのひとつに、SNSでの公式との距離の近さがあります。自分のツイートにいいねされるだけでも驚くのに、公式アカウントによってはリプ返してくれるところもあるじゃないですか。これはね、恐ろしいことですよ。
 もちろん公式側へリプ返すなよ! と言っているのではありません。私たちファンのツイートを公式がちゃんと見ているということがわかるのが、嬉しいと同時に恐ろしいと私が思ったという話です。その理由を述べますね。公式とは、公式です。つまり推しと繋がっています。自分のツイートが推しに見られる可能性が、普段より何倍も上がるということだと解釈できます。だから私は、公式へのリプはいつも以上に言葉も選ぶし、なるべく失礼の無いように精いっぱい配慮します。推しや推しの関係者が見ても大丈夫かどうか、すごく考えます。
 ところがどっこい。
 なんと公式へ、「中の人と友達?」みたいなリプする方がいるんですよね。ひどいとタメ口だったり、何度もしつこくリプしたり。公式と近くなった気持ちになることで、推しとも近付けたような気になるんだろうなというのはわかるんですが、それは幻です。公式は公式なので、どんなリプにも当たり障りなく返します。ノリが良いように返してきたとしても、公式側の立場から逸脱することはほぼありません。もしかしたら裏では「この俳優のファンは、大人のはずなのに常識が無いな」と思われてるかもしれないんです。SNSでは相手の顔が見えないので文章や態度を緩めがちですが、向こう側には必ず人がいます。公式の場合は、推しの関係者です。チャンスとばかりに距離を縮めようとする行為は、傍から見ていて滑稽ですし恥ずかしいです。特に推しと交流のある個人の芸能人の方へのリプなど、馴れ馴れしすぎて傍から見ていて冷や冷やしたことも度々ありました。繰り返しますが、相手は公式側です。こちらへはっきりと拒絶の意を示せない立場でもあります。大人として、ファン側が絡み方を配慮するべきだと思っています。

マナー諸々。


 推しができると、出かける機会が増えます。
 出演する映画、舞台、舞台挨拶、その他イベント。出来るなら全て行きたいそこに、私たちファン全てが望む通りに行けるわけではありません。特に舞台挨拶やイベントは、チケットを運よく購入できなければ行くことはかないません。
 私はいつも、自分の分だけのチケットを申し込みます。誰かと一緒に行けそうであれば、別の日程でそれぞれ申し込みます。どちらかが当たれば一回は行ける。もし両方が当たったら二回も行ける! なんてラッキー! という気持ちで申し込みます。正直金銭的な問題もあるし、もし全部当たったら行けないような量は申し込みません。それが当たり前だと思っていました。そんな申し込み方をしたら当たったときに困るし、そのせいでより多くの人にチャンスが回らないからです。私は推しを応援したいです。だからなるべくたくさんの人に映画を、舞台を、推しの姿を観て欲しい。今回初めてチケットの申し込みをしました! というツイートを見かけたら、できればその方に当たったらいいなとも思ったりします。
 「舞台挨拶とか、毎回同じ人がいるよね。なんでかな」というようなツイートを見かけたことがあります。それはきっと疑問でありながら、苦言でした。貴重なそういう機会に行けたら勿論嬉しいです。でも仲の良いメンバーで毎回参加するためにしているその買い方は、果たして「応援」なんでしょうか。別のものが、先立ってはいないでしょうか。
 全部当たったら行ききれない量を申し込んで、当たって「しまって」、行ける分だけ申し込んだ方が外れて。それに対して、「チケットあるよ」と声をかける相手に対して、外れた方は「女神様だ」と喜びます。とんだ女神様です。女神様が必要以上に申し込まなきゃ、あなたが直接公式から買えていたかもしれないチケットなんです。
 もちろんすべての「お譲り」に対しての苦言ではありません。(これは以前したツイートと重なりますが、大事なことなので繰り返します)今のご時世、そうでなくてもやむを得ない事情はそれぞれにあります。しかしどんなにツイートの言葉で繕っても、「いつもの買い方して、余ったんだな」ってわかります。わかるんですよ。だってずっとオープンでやりとりしてるんですもん。わかっちゃうんです。だから、どうしてって思うんです。その買い方で余って、「お譲り」できなかったチケットぶんの空席について、悲しいって思うんです。公式からしか買わない、買えない方もたくさんいます。その人たちの誰かが座れていたかもしれない席なのに、誰かが座っていたかもしれないのに、ファンのエゴで空席なんて悲しいじゃないですか。
 そういうふうにチケットをとった人なのかはわかりませんが、現場のロビーや出入り口で仲の良い人たちとおしゃべりして、写真を撮っている方や、出入り待ちをしている方々。気持ちはわかります。同じ推しを応援している仲の良い人と会えて楽しくて、推しの作品を一緒に観られたり、推し本人に一緒に会えるなんて最高ですよね。だけどその行為は時折、「集団でギャーギャーとうるさかった」「出入り口、ロビー、道を塞いでいて邪魔だった」と言われてしまうものになります。その会場に、劇場に迷惑が掛からないように、慎重すぎるほど努める方が推しの応援にも繋がるんじゃないかなと思うんです。その会場や劇場の方に、「〇〇さんのファンはマナーが良かったから、またうちを使って欲しいな」と思って貰えたらすごく嬉しいじゃないですか。まあこれは出来すぎた例ですが、それでもなるべくその場では静かに過ごして、そこを離れた迷惑にならないスペースでのおしゃべりの方が、気兼ねなくて楽しいと私は思います。(あと出入り待ちは行為自体が迷惑なので本当にやめた方が良いです。恥さらしです)
 きっとこれら(出入り待ち以外)については、「そんなつもりはなかった」という方がほとんどだと思います。当然です。推しや公式に迷惑をかけるかもしれないと知っていながらやるファンはいません。だからこそ、そうかもって思えたときに気付いて、考えて欲しい。自分たちが楽しいだけの推し活にはそんな配慮はいらないかもしれないけど、そうじゃないはずですよね。

おわりに


 直前に述べたのは、推し活のマナーというよりは、常識です。
「必要以上に買わないようにしましょう」「公共の場では静かにしましょう」
 このことに限らず、「大人になってこんな当たり前のことを守れないなんて」と思うこと、実はけっこうあります。私も自分自身に対して何度も思ってきました。自分は常識的な人間であるという過信は、傲りなのだと知りました。
 私たちは大人です。お金もある程度あって、いろんなところに自由に行けます。子どもの頃のように危ないからダメだと言われることもないし、そんなに買うのはよしなさいと止められることもありません。自分たちで決めて、判断して、行動できます。だけどそれは、同時にとても怖いことです。
 私たちには誰も怒ってくれません。「迷惑になるでしょう」「恥ずかしいでしょう」「みっともないからやめなさい」と怒って、教えてくれる人はいません。先生もいません。親が把握している範囲からもとうに外れています。他人は他人に興味がありません。何をしてしまっても、ただ黙って離れていくだけです。酷いことをしていても、関わらないようにと避けられるだけです。私たちは何も気づかないまま、どこまでも行けてしまいます。それはとても恐ろしいことです。
 だから私は、考えることをやめたくないです。
 楽しいことをずっと続けるのは楽だし幸せです。でもその中にずっといたら、楽しいこと以外何も見えなくなってしまいます。
 大人になってから、私は自分の無知さに驚き、恥ずかしさを覚えました。
 無断転載のことも、推しを好きになって初めて知りたいと思いました。それまではネットで流れている半沢直樹のコラ画像を見て面白くて笑っていました。ごめんなさい。だけどちゃんと知ることが出来て、推しの権利を侵害し続けるようなことにならずに今はホッとしています。
 セクハラとか、タグ付けとか、常識だと語ったマナーも、推しが出来る前よりもずっと意識しています。たぶん最初の頃は、私もたくさんダメなツイートや行動をしていました。常識はずれなこともしていたかもしれません。でも考えて考えて、たくさん考えるようになって、幸運なことに一緒に考えてくれる友人もできました。私が考え無しな発言をしたときに、「私はそうは思わないよ」と伝えてくれて、考えるきっかけをくれるような友人たちです。私にとって、友人でありながら先生でもあります。友人たちは私のこともきっと同じように思ってくれています。思ってくれているはずです。思ってくれてるよね?????
 気付くことって大事です。
 推しの魅力に気付きまくっている中で、自分たちの言動の中にも気付く部分を探そうとしています。立ち止まってしまうのは怖いです。知らないまま知らないところで後ろ指を差されて、知らないところで推しの評判を下げるようなファンにはなりたくなくて、何より胸を張って楽しく推し活がしたいという、これは私の自己満足な決意です。
 ここで書いたものが推し活のマナーです! と言い切る気はありませんし、そんな自信もありません。私が数年推し活した中で、推しや公式の迷惑にならないためにはこうした方がいいなと思ったことを、とりあえず今の段階でまとめただけです。今後これが増えたり、変わったり、緩くなったり強くなったりしていくと思います。
「推しや公式の迷惑にならないように」「推しや公式にちゃんとお金を落とせるように」「常識の範囲で楽しく」
 このような部分は揺るぎなく、これからも推して推して推しまくりたいです。
 たぶんこれからたくさん追記するnoteでした。
 最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?