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Urban Farmers : 自然は都市の文脈とともに育つ

Takeshi Okahashi

建築やデザイン、食、暮らしなどをテーマとした質の高い書籍を手がけるドイツの出版社、gestaltenから「Urban Farmers - The Now (and How) of Growing Food in the City)」という気になるタイトルの書籍が出版されているのを、久しぶりに訪れた書店で見つけた。ACTAT FORESTでも、ちょうどフードフォレストについて記事にしたばかり。都市に森を増やしていきたいと考えている僕たちにとっても、「農」や「食」は大事な要素になっていくはずで、特に人の関わりをつくっていく上での「ファーム(菜園)」の役割は大きなものだとこれまでのリサーチの中でも感じている。これはじっくり見ないわけにはいかない。

Urban Farmers. The Now (and How) of Growing Food in the City, gestalten, 2021

この出版社の書籍は、どれも分厚いアートブックのようなつくりが特徴的だ。このアーバンファーマーズも写真がいい。文章を読まずとも、紹介されている各地のアーバンファーマーたちの活動の様子が伝わってくる。なので読み方としては、写真を眺めながらパラパラとページをめくり、これはもう少し詳しく知りたいぞとなった場合に、記事をじっくり読み始めるという流れになる。どちらかというとアート本や料理本に近い感じ。今、こうして書きながら「もしや」と思って確かめてみたのだが、写真の占める紙面が文字の占める紙面より広い記事ばかりだった。

パリ歌劇場の屋上にある広大な都市型農園

そんな「惹き」のある写真に魅せられて知った活動の1つがフランス「Topager」だ。2013年に設立されたこの会社は、フランス国内で数々の都市緑化・都市農業化プロジェクトを手がけている。

「アーバンファーマーズ」で取り上げられているのは、彼らの代表的なプロジェクトの1つであるパリ歌劇場『Opera Bastille』の屋上にある「Opera 4 saisons」だ。4箇所の屋上に2,500平米(屋外)と2,000平米(屋根付き)の畑を持ち、年間2トンの野菜を収穫している。彼らが「アグロエコロジー」と呼ぶ農法は、化学肥料等を使わない。収穫物は、野菜BOXとして歌劇場の職員やミュージシャンが定期購入する仕組みだ。地元のレストランに卸してもいる。また、壁面緑化にもなるホップ(ビールの原料だ)を育て、併設するマイクロブリュワリーでビールも作っている。

「アーバンファーマーズ」の書籍の記事と写真、そして彼らのWebサイトを見る限り、「Topager」の特徴は水耕栽培やLEDを活用するようなハイテク農業を活用していないところにある。そんな見た目も理念も美しい「Opera 4 saisons」が、大都市パリのど真ん中で実現していることに驚く。

しかし、このプロジェクト単体としてはまだ収益を出せるようになってはいないという。ワークショップイベントやガイドツアーなどを組み合わせて収支バランスを作っていこうとしている矢先に、今回の新型コロナが広がった。経済的には、今後が踏ん張りどころだと思われる。

それでも、「Topager」のような企業の都市菜園がじわじわと広がっていく未来は、ワクワクするし、とても見てみたい未来だ。パリでできるなら、日本の都市でだってできるはずだ。もっと言えば、タイニーフォレストだってこのくらいの感じで広げていけたら良いのだと思う。

貧困に苦しむコミュニティのための都市型農園

「アーバンファーマーズ」には、非営利の取り組みも多く紹介されている。デトロイトのMUFI(Michigan Urban Framing Initative)は、コミュニティに貢献するファーム(菜園)の最たる例だ。

デトロイトは、車産業で栄えた街で、2013年に市が経済破綻した。米国の歴史で最大の都市の経済破綻だったという。空き家となった家は多く、貧困が蔓延している。そんな街の中で、菜園をつくり、希望する人は無料で野菜をもらうことができる。このファームは、最低限の食べ物を確保する「フードセキュリティ」という役割も担っているのだ。それでも、ただの「施し」の場所と感じさせないのは、ここが緑あふれる場所であり、化学肥料を使わないオーガニックな畑であり、人々が交流する場所でもあるからだ。彼らがいうところの「agrihood(農ある暮らしのご近所づきあい)」だ。

都市で植物を育てるという希望

手短に2つの活動だけをお伝えした。アーバンファーマーといっても、おしゃれな都市型農園だけではない。貧困が課題なコミュニティにも、大都市の屋上にも、自分の家の小さなベランダでだって可能なことはたくさんある。この本は、副題に、「都市で食べ物を育てることの今(とその方法)」とある。ページをめくるごとに、自分の中にあったアーバンファーマーの凝り固まったイメージが崩れて、都市農業の多様な取り組みと様々な社会的効用(個人にも地域にも)を知り、1人の都市住民だってできることがまだまだたくさんあることが明らかになっていく。結局はやれない(だろうと思い込んでいる)理由が先行しているだけで、一歩踏み出せば、さまざまな可能性があるのだ。

そして、もう1つ気づいたことがある。それは、どの活動もそれぞれの都市、それぞれの地域の特性や文脈に大きな影響を受けているということだ。まるで植物がその土地に根ざしていくように、活動が生まれ、育っていく。ハーブを育てよう、アクアポニクスをやろう、いやいや植物工場だ。といくらでも手段はある。しかし、「なんのために」やるのかという視点が抜け落ちてしまうと結局は持続しない。なんでもできるからこそ、逆にその土地だからこそやるべきことは何なのか、なんのためにやるのかを考えてアクションしていくことが大事になる。土地の文脈、そこに住む人たちの文脈に沿っていくことで、より多くの人たちに愛される魅力的な活動になっていくのだろう。そんな多様な文脈に寄り添う力が「植物(野菜や果樹、草花)」と「ファーマーたち」にはある。そして、それは森や林だって同じことだ。

この本が多くの人たちの目に触れ、刺激となり、それぞれの土地、それぞれの環境に合わせた多種多様なファームが都市のなかでニョキニョキと生まれていく。その側には、タイニーフォレストが青々と生い茂っている。そんな未来が来てほしい。日本語訳の出版も切に望まれる(すでに翻訳プロジェクトが進んでいると良いなぁ)。

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