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一週間の終わりと機能不全家族


こんばんは、私です。

本当ならいつものように日々の出来事を書き連ね、そこから学んだことをのんびりゆったり書きたかったのですが、本日異常事態が発生したため、急遽そのことを記事にしようと思います。

はじめに断っておきますが、決して面白い話ではありません。なんだったら結構ネガティヴな記事になりますので、精神的に余力のない方は日を改めてご覧いただくことをおすすめします。


我が家は機能不全

仕事を終えて家に帰ると、「電話にでた・でない」とかいうクソつまらない理由で両親が喧嘩してやがりました。私が帰ってきたときには喧嘩そのものは終わっていたのですが、家に入った途端なんとも言えない異様な空気が漂っており、「あ、コイツらやりやがったな」と一瞬でわかる有様でした。

今は全員が自分の部屋に引き上げて静かな状態になっていますが、これまでのことを考えると、翌朝再びやりあうことでしょう。ストレス値爆上がりです。

まぁ~本人たちは絶対に認めないでしょうけど、あの2人は共依存の状態にあると私は考えています。父は生活面で、母は経済面で著しい不安を抱えている(と私には見える)ため、離れることができません。しかし、2人の価値観に大きなズレがあるため、定期的に負の感情をぶつけあっている(ように私は見える)のです。

私の記憶なので正確とは言えませんが、ここ数年は大体月に3,4回衝突をしています。要は、1週間何もなく過ごせたらラッキーって感じです。ここ最近はわりと平和だったんですけどね、その平和は長くなかったです。

まぁ喧嘩そのものは勝手にやってもらったらいいと思うんですけど、ここ最近は私が成人したからなのか、はたまた両親の老いが進んだからなのか、相手方への不満の処理(要は愚痴)であったり、仲のとりもちを子どもである私に求めてくるようになりました。


子どもをゴミ箱にする親

あのね、両親が喧嘩をすると子どもって詰むんですよ。

お互い相手に対して納得のいかない点があるから喧嘩に発展するわけで、その喧嘩が当事者だけで収束できなくなったが故に仲裁を入れるはずです。したがって、仲裁に入る人間は、喧嘩の当事者よりも強い権限をもつ者であるべきだと考えられます。

たとえば、兄弟げんかなら親が仲裁に入るでしょうし、赤の他人同士の喧嘩(訴訟)だったら、裁判官が仲裁に入るでしょう。そのほうが喧嘩を適切に処理できるからです。

ところが、両親の喧嘩に対してその子どもが仲裁役として選ばれた場合どうでしょう。一般的に子ども(とくに同居している者)は、経済面もしくは生活面で両親に依存している部分がありますし、家庭内での権限が両親より強いケースというのは稀です。

というわけで、仲裁役という役割を与えられたはいいものの、ただ単に関わりたくもない喧嘩に巻き込まれるだけ巻き込まれてしまって終わりというのが大体のオチです。

それならまだマシです。2人分の負の感情をゴミ箱のように捨てられしまい、当人らはスッキリ、子どもはどんよりみたいなケースも少なくないでしょう。(同居していて)物理的に距離が近い以上、仲裁を拒否することも困難です。

しかも、両親が喧嘩をしている光景というのは、子どもにとって「自分の父がののしられている」「自分の母がののしられている」という負の場面2つを一気に見せられていることに同義だと私は考えています。

これ以上は長くなるので書きませんが、要するに子どもの目が届く範囲でパートナーと喧嘩するという行為は、この上なくギルティな行為だと私は考えています。

ここまできたらもう大体想像つかれると思いますが、両親の喧嘩およびその事後処理は、私が休職する原因の1つでした。


自分を守るために

こうした状況にありましたから、私の家での生活はストレスの伴うものでした。家族の機能不全を改善しようと試みたこともありましたが、どう頑張っても変わらないので、あとは家から離れるしかないとここで悟りました。

ところが、当時の私は大学院にも通っていましたし、仕事も激務だったため、自分の面倒を自分で見ることができず、実家を出るという選択肢を行使することができませんでした。

そして、職場内、家庭内で自分の居場所をもてない私は、精神的におかしくなっていき、休職するまでに追い詰められました。

しかし今は違います。2年間の社会人生活で貯めたお金も結構な額になり、正職員としての収入も引き続きある。要は経済的な自立をしようと思えばできる状態です。

しかも、今の部署は残業が少なく、大学院生活も終わりましたから、自分の身の回りのことは自分でできる。要は生活的な自立もやろうと思えばできる状態です。

経済的な自立、生活的な自立、その両方を主張することができるようになった今、ついに私は家を出るという選択肢を行使することができるのです。ここまで来るのに25年かかってしまった。一般的には遅い方だと思いますが、遅すぎることはないと思っています。

以前、4月は一人暮らしの「準備段階」としていましたが、今日のことから一刻も早く「本番」に移行する必要があるなと感じた次第です。


「自分の人生」はこれから手に入れる

思えば、激務&陰湿な職場体質というストレッサーによって社会人としての「自分らしさ」というのは、入所から2年間奪われ続けていたように思います。しかし、新しい職場に異動することによって、今、奪われた「自分らしさ」を取り戻しつつあります。

それと同様に、家族の機能不全というストレス状態にさらされ続け、知らないうちに奪われてしまっていた人生における「自分らしさ」、これを一人暮らしというライフスタイルの変化によって取り戻していきたいと考えております。

まだまだ自己肯定感は低く、「こんな自分が充実した人生を送ってもいいのだろうか」と自問するばかりですが、リハビリだと思って少しずつ良くしていきたいと思います。今はそれを手助けしてくれる人もいてくれています。


ただ、最後に誤解がないよう言っておきますが、私は自分の両親のことが嫌いというわけでは決してありません。

25年間育ててくれたことには非常に感謝していますし、親(単体)とのコミュニケーションは、今でも非常に面白いものです。

ただ、25年間動き続けていた「家族」という集団のあり方が、見直されるべき時になっているのではないかと感じているだけのことです。

子である私が動くことによって、全員が幸せになれる新しい「家族」の形が構築されることを信じています。


暗い内容かつ長い文章にて失礼しました。

今日は以上です。明日からは明るーい記事を書いていきたいと思いますので、今日はご容赦を。

それではおやすみなさい。




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