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犬と飼い主の話

犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ。
犬は人間の最良の友達。

犬と人間の絆を示す言われはたくさんあれど、実際に我が家で起こった愛犬たちとの物語を記録しておこうと思う。

小さな頃からずっと犬と一緒だった。
会社員時代は会社の近くに一人で暮らし、
まともに休みもなかったので犬を飼うことはできなかったが、
独立し1年ほどたったある日、母がペットショップで売れずにブリーダーに返されてしまう1匹のボストンテリアに出会い、飼い主を探していた。

話を聞いた私はすぐにその子を迎えに行った。
ちょうど会社も軌道に乗り始め、オフィスに連れていくこともできた。
ボストンテリアなのに白い牛のような模様。一度連れて行った飼い主の台車に轢かれ、驚いて飼い主を噛み、凶暴だとペットショップに戻された彼を、ペットショップのスタッフは「誰にもなつかない」と言っていた。
すでに「ペレ」と決めていた彼の名前を呼び手を広げると、
ケージを出て一目散に、名前の通りサッカーボールのように跳ねながら私の胸に飛び込んできた。

その2年後、我が家にもう一頭ボストンテリアがやってきた。
まさに「のらくろ」の風体を持つ彼はしっぽがなく、お尻が丸出しだったのでIggy Popから「イギー」と名付けた。
とても穏やかで遊び好き。ペレともすぐに仲良くなり、いつも二匹一緒だった。

ペレが8歳の時に脳炎を発症し、余命半年を宣告された。
あきらめきれずに脳専門の病院を必死で探し、その先生はペレのQOLを考えた治療で3年半、ペレと家族の時間を伸ばしてくれた。
ペレが天国に行ったのは次女が生まれて3週間後のことだった。
当時4歳だった長女が言った。
「ペレは、ママがペレのことばっかり思い出して泣く暇がないように、
赤ちゃんが生まれて一番忙しい時をお別れに選んだんだよ。」
ペレがいなくなって悲しみたいのに、
新生児の世話もあり、授乳のためにお腹も減る自分に罪悪感があったからか、その言葉にとても救われたのを覚えている。
今でも、4歳の子供がよくそんな言葉を選んだなと思う。「悲しまないで」と、ペレからのメッセージだったんだろう。

その後6年、イギーは一匹になっても頑張っていた。
24時間一緒に過ごしていたペレのいない生活に慣れることは、我々以上につらいことだったはずだ。
イギーは僧帽弁閉鎖不全症にかかりながらも、薬でしっかりコントロールされ、14歳でも元気に散歩していた。
しかし14歳の健康診断で脾臓に大きな腫瘍が見つかった。
心臓病を抱えた老犬に手術をさせるべきなのか迷ったが、脾臓の腫瘍は大きく、いつ破裂しても不思議ではないという。獣医師によると、破裂してしまえば腹腔内出血を起こし命が助からない。
数々の検査の結果、手術に踏み切った。

2021年5月31日。手術は成功し、大きな腫瘍も良性だった。本来であれば数日入院してから退院なのだが、寂しがりやで泣いてばかり。家にいた方が回復も早いだろうということで帰ってきた。
しかし、その後傷跡が膨らみ、縫い合わせた臓器から腹腔内出血を起こし貧血状態になった。二週間ほど生死をさまよい、毎日病院に連れて行った。
6月中旬、血液の値もほぼ正常に戻り、難局を脱した。奇跡だった。

ほどなくして主人の癌が発覚した。
イギーは元気を取り戻し、以前のようにはいかないもののゆっくり散歩をしたり家で遊んだりしながら家族との時間を大切に過ごしていた。
闘病中の主人のことも、主人を見守る家族のことも、しっかり包み込んでくれた。抱きしめると筋肉質だけどモフモフの感触。弾力のある垂れ下がった頬の肉。嗅ぐと最中のようなにおいがする足の裏。すべてが愛おしかった。

10月初旬、手術のため主人が入院した。
退院まで15日と言われていた主人は、術前のトレーニングの成果もあり
病院の最短記録を塗り替えて10日で退院してきた。
パパっ子だったイギーはとてもうれしそうに、帰ってきた主人とゆっくり散歩にいったり、一緒に寝たりと主人との時間を楽しんでいた。
退院から4日後、主人と夜の散歩に出かけている間にイギーが倒れ、主人が慌ててイギーを抱っこして連れ帰ってきた。
ちょうど長女も学校から帰り、次女と私も体操教室から戻って家族全員がそろっていた。
私の腕の中でイギーの息はどんどん弱くなっていった。
家族で泣きじゃくりながら何度も名前を呼んだ。
何度も何度も。
イギーは家族に見守られ、ペレのもとに旅立った。

イギーは、主人の癌を知っていたんだろうか。
最後の力を振り絞って自分の命を立て直し、
大好きなパパの病気を空に持っていってくれたんだろうか。
主人の定期検診の前になると不安で神頼みをする私に、5年生になった長女が言う。
「パパの癌はイギーが持っていってくれたでしょ。
まだそんなに不安になってたらイギーに失礼だよ。」

何十年かして、
私がまたペレとイギーと一緒に暮らせるようになる時には、
今までとこれからのありがとうをたくさん伝えに、
大好きなササミのおやつを持っていこう。

犬はこれほどまでに愛情を持って、人間以上に責任を持って家族を守っている。殺処分が一日でも早くなくなることを祈りながら、今日も天国にいるペレとイギーに手を合わせる。







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