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入学式のにおいがする話。

季節のにおいを感じる、という人は案外多い。

自分もそのひとりである。春には春のにおいがあるし、夏にも秋にも冬にもそれぞれのにおいがあると思う。季節が変わるにおい、たとえば春と夏の境目のにおいとか、そういうのもわかる。

これがほんとうの「におい」なのかどうかは、分からない。嗅覚で感じとっているような気もするし、なんとなくそうじゃないような気もする。

雨のにおいは、はっきりと「におい」だと思う。自分の鼻がそれをつかまえる、その瞬間がはっきりと分かる。

なにが違うのだろうかと考えてみたことは、今までに何度かある。とりあえずのところ、答えはまだ出ていない。でも、雨が降ると土のにおいが強くなるなあとか、葉っぱのにおいもするなあとか、湿気がまとわりついてくる感覚とか、雨のにおいはなんとなく理解できる「何か」であるような気がする。対して季節のにおいというやつは、それを説明しろと言われてもなんとも説明できない。


もうひとつ、説明ができない、でも確実に存在している、そういう「におい」が自分にはある。

2007年4月5日、小学校に入学した日のにおいだ。

季節のにおいと比べて、こっちのほうがなおさら説明できない。季節のにおいに共感できる人たちも、こっちは分からないらしい。でも、「入学式のにおい」という以外に言いようのない「におい」が、確かに存在しているのだ。

この入学式のにおいというやつは、1年に1回かならず、決まって春ごろに、一瞬だけやってくる。鼻先からおでこのあたりまで、ふわっとなでるように会いにくる。思い出そうとしても、次の瞬間にはもういない。1年に2回だったこともないし、こなかったこともない。

入学式のにおいは、かならず毎年おなじ景色を連れてくる。

まず、桜の木。つぎに、小学校の下駄箱。うわばき。生あたたかい春の風と、教室の少し冷たい空気と、最後にサエちゃん。1年生のころに面倒を見てくれていた、6年生のお姉さんだ。順に思い出せばかろうじてこうして羅列できるくらいの、それくらい一瞬の映像として、毎年おなじ景色をみせてくれる。ついでに、内弁慶で人見知りだった自分のドキドキも、一緒に思い出したりする。


こうして書いてみても、入学式のにおいがいったい何なのかは分からないままだ。多分「におい」ではないということだけが頭に残っていて、まあでも、分からなくてもいいかなという気がしている。

1年に1回、春がくれる素敵なプレゼントだと思って、また次の春を待とうと思う。

最後まで読んでいただきありがとうございます。またぜひ遊びに来てください^^