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物語食卓の風景・夫婦の時間④

 結局、どこまで遡っても、美帆とのやり取りは食事の約束ばかり。規則正しく日曜日が並び、たまに平日にある。浮気の証拠は見つけられない。こうなったら航二の言動をよく観察して、きっかけを見つけてツッコむしかなさそうだ。スマホを閉じ、真友子は寝室へ戻った。

 その土曜日、午前中は雨が降っていたが、昼頃にやんだので、真友子は航二を散歩に誘ってみた。

「久しぶりに、公園へ行ってみない?そろそろ菖蒲が咲く頃だし」

「いいな。ちょっと運動したほうがいいよな」

「え? 航二は日曜日にテニスしてるじゃない」

「いや、俺じゃなくて真友子が。今週は締め切りが忙しくて、あんまり外に出ていないって言ってたじゃないか」

「ああ、うん。そうね。航二は毎週体を動かしているから、いいわねえ。ところでサークルの皆さんは、特にお変わりないの?」

「そうだな。まあ真友子が知っているやつもだいぶ少なくなったし。あんまり話してもわかんないんじゃないのか?」

「そうかな。会長の渡辺さんはお元気?」

「ああ、子供がだいぶ大きくなったみたいだ」

「へえ、高校生ぐらいかしら? 進路とか決まっているの?」

「いやあ、そんなプライベートなことまでなかなか聞かないから」

「そんなもんなの? でも、日曜日はいつも夜遅いじゃない?皆さんといろいろな話をするんじゃないの? 家族の近況とか全く話さないものなの?」

「今日はえらくツッコミが厳しいな。さ、そろそろ支度して出よう」

「はい」

 部屋着から、Tシャツとトレーナー、ジーンズに着替えながら、真友子はもしかするとやっぱり怪しいのかもしれない、と思い始める。運動不足って話は、私のことじゃなくて自分のことのように聞こえる。サークルの人たちの話も何となくはぐらかしているようだし。実は行っていないんじゃないの? でも、美帆さんとの約束はいつも17時だから、昼から出かけて何してるのかしら?

 家を出て歩き始めた二人。しばらく黙って歩いていたが、やがて航二が口を開く。

「雨上がりって、気持ちいいよな。なんか空気が洗われたって感じで、さわやか」

「そうね。空気を洗濯したみたいな感じになるわね。……ねえ、サークルの話をしたら、久しぶりに皆さんと会いたくなっちゃった。明日覗きについて行ってもいい?」

「え! だってもう何年も顔を出していないだろ。さっきも言ったみたいに、メンバーが結構入れ替わっていて、真友子の知っているやつなんて、そんなにいないよ。今更話も合わないだろ?」

「そんなの行ってみなくちゃわからないし、新しい人と仲良くなれるかもしれないじゃない。私、フリーライターで初対面の人と会う機会は多いから、知らない人と話すのも得意よ」

「それはそうかもしれないけど、仕事で会う人は用件があるから、話すこともあるだろ。関係ない他人と話すのは違うだろう。それに向こうが初対面の人を苦手かもしれないし」

「確かにそういわれてみればそうかもしれない。でも航二、ずいぶん必死ね。私に来られると困ることでもあるの?」

「別に困ったりしないよ」

「じゃあ、いいじゃない。私も明日は暇だし、まあずっとやっていないからテニスに参加するとご迷惑かもしれないけど、見学ぐらいいいじゃない?」

「……わかったよ。とりあえず、渡辺に連絡してみる」と言って航二はスマホを開き、何やら打ち込み始めた。

「返事が来るまで待ってな」

「わかった」

「ほら、話をしている間に公園に着いたぞ」

 この前に来たときは、春先で桜が咲き始めたところだったが、今はすっかり桜の木の葉が青々としていて、何だかうっそうとした印象を受けるほどだ。それは、周りの木々や草花も勢いよく葉を茂らせているからかもしれない。ツツジもそろそろ枯れ始めている。どうやら山吹も終わりかけ。公園の真ん中にある池にたどり着くと、岸辺に青や黄色の菖蒲が咲き始めていた。

「ああ、やっぱり菖蒲が咲いてる!」

「そうだな。これでも、菖蒲でいいのか? アヤメと菖蒲はどう違うんだ?」

「えー、知らない。この花を、誰かが菖蒲って前に散歩していたときに言っていたじゃない。だから菖蒲だと思うんだけど」

「ああ、なんか一緒に花を見る感じになった知らない人な。真友子といると、知らない人から話しかけられることがあるもんな」

「一人のときはないの?」

「ない。まあ知らないおっさんに話しかけるようなもの好きは、あんまりいないだろ」

「そうかな。私は一人のときも、たまに知らない人と会話することあるけど」

「どういうとき?」

「昼間の電車で隣り合わせたときとか、散歩しているときとか」

「へえ、どんな話をするんだ?」

「そうね。身に着けているものの話とか、お子さんがいる女性とだったらお子さんの話とか。花の話とか」

「ずいぶん話に花が咲くんだな。知らない人と」

「だから職業柄もあって、知らない人と話すの得意なんだって」

「そうなのか。まあ、確かにうちの両親に初めて会ったときも、なんか話に花が咲いていたな」

「そうだったかしら。あのときはすごく緊張していたのよ」と言いながら、真友子は今も緊張していることに気づく。先ほど、思い切ってあれこれツッコんだときの余韻が残っているようだ。航二は、急にサークルへ行きたいと言い出した自分を変だと思っただろうか? 日曜日の行動を確かめてみたいのだ。だけど、尾行なんてドラマみたいなことをしても、失敗する気がする。そもそもうちには車が1台しかないのに、タクシーで追いかけるとしたらお金がかかりすぎる。堂々と一緒に行動したほうが、きっと何かしら見つけることにつながるように思うのだ。

 航二のスマホが鳴った。取り出して内容をチェックする航二。

「渡辺から返事。歓迎するって」






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