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物語食卓の風景・夫婦の時間③

 その夜、真友子はスウスウ寝息を立てている航二の隣で、まんじりともせず考えごとをしていた。

 航二が私に何もしなくなって、ずいぶんになる。何かきっかけがあったとは思い出せないんだけれど、すっかり清らかな関係になっちゃったなあ。たまに肩とか頭とかをポンポン叩くようなことはあるし、まったく触れ合わないわけじゃないけど、世の中の中年夫婦はどういう風にしているのかしら。前は私もたまにうずくような感覚があって、1人で欲求を満たす方法も覚えたけど、最近はそれもめったになくなった。そろそろ閉経してもおかしくない年になったし、そういえば、たまに妙に体がカッとするときはあるのよね。ホットフラッシュっていうやつかしら。

 もしかすると、私が「子どもはあんまりほしくない」と言っていたからかしら。いい母親になれるという気がしなかったし、子どもがすごく好きという風に思ったこともないのよね。何より、あの母みたいになってしまうんじゃないかって怖かった。香奈子はそういう風に思ったことがなかったのかしら。当たり前みたいに子どもを産んで育てているけど。ああでも、香奈子は遅くにできた子でかわいがられたし、そのせいか私みたいに母親と衝突していることもあんまりなかった。だから子どもを産めたのかなあ。

 私が子どもを欲しくないって言ったから、航二は私としなくなって、それでもしかして、欲求不満になるから浮気したとか? それはあるかもしれない。でも、浮気している風にはあんまり見えない。さっきも普通にしゃべっていたし、確かに、何となくいつも節度を保っているというか距離を置いているような感じはなくはないけど、あんまり踏み込んでこない感はあるけど。うちの親のことだって、考えてくれてはいるみたいだし。でも、それを「尊重してくれている」と思ったら、先輩から「それは違うよ」って言われちゃうのかなあ。普通の夫婦ってどういう感じなんだろう。というか普通ってあるの?

 本当に航二、浮気しているのかしら……。日曜日に夜、テニスの後でご飯を食べてくるから、そのときが実はみんなで行くのではなく、浮気相手の女性と一緒に行っているとか? 今、航二が寝ている隙にスマホを見てみようかしら。たぶん、暗証番号は銀行のと同じよね。ちょっとやってみよう。

 真友子はそーっとベッドを抜け出し、すっかり暗闇に慣れた目で、サイドテーブルに置いてある航二のスマホを手に取り、そーっと部屋を出てリビングへ向かった。いや、もしリビングの明かりが漏れて、航二の眼が覚めて入ってきたら困る。と真友子はキッチンへ入り、流しの上のライトをつけてスマホを握りしめた。心臓がバクバク言い出し、指が震える。思い当たる番号を押してみる。ロックが開いた。まず、LINEを開けてみる。画面は真っ暗だ。なかなか開かない。やがて、画面が白くなってタイムラインが開く。トークを押す。トップに出てきたのは、真友子の名前。その下に、美帆と女性の名前。脂汗が出てきた。後ろを振り返る。シーンとしたリビングの向こうのドアに目を凝らす。部屋からは何の音もしてこない。

 美帆の名前を指で押す。開いた。画面上には、ぎっしりと会話が続いている。

「明日はどこへ食べに行く?」

「シチリア料理ってどう? この間、同期が食べに行ったとかで、クスクスがおいしかったって」

「シチリア料理でクスクス?」

「実はシチリアにもクスクスがあるんだって」

「へえ、面白いな。じゃあそこへ行ってみるか」

「わかった。じゃあ私が予約しておく。いつものように17時ね」

「頼む」

 え、グルメ仲間?航二って、グルメだっけ? 外食するときに、特にここがおいしいとか、ここへ行きたいとか、そういう話を聞いたことないけど。いつも適当に、駅前のインド料理屋か、やっぱり駅前の煮干しラーメン屋か、近くのロイヤルホストとか、適当に近所の店を選んでいくだけなのに。というか、この美帆って女性、食事仲間なの?ドキドキと心臓が鳴る中、真友子は混乱する。指でスマホをスクロールして、対話を遡っていく。

 その前も食事の約束。シチリア料理の前はロシア料理、その前はタコスがおいしいメキシコ料理、その前はアルザス料理。なんかマニアックな外国料理ばっかり。私が行ったことがないような店ばっかり。私も食事にこだわりないものなあ。おいしいものは好きだし、おいしかったら幸せな気分にはなるけど、特に知らない料理や話題のものを食べに行こうとは思わないもの。長沢先輩と食べるときも、けっこう成り行きだから適当だし、予約するような店にそもそもあんまり行かない。航二もそういう人だと思っていたのに、この珍しい料理オンパレードってどういうこと?

 それに、何か日曜日の約束よね、これ。テニスの後はやっぱりこの美帆さんと食べに行っていたのね。へえ。でも17時ばっかり。あ、これ19時になっている。でも、平日だ。たまに平日もあるのね。もしかして、航二が会社の人に誘われたとか言っていた日かもしれない。美帆さんが会社の人ということもあり得る。でもだったら、毎週日曜日に食事なんてしないわよね。グルメ関係のお仕事をされている方と、食事仲間とか? でも、17時。日曜日の帰宅はいつも夜の11時、つまり23時頃だから、食事から計算しても、6時間ある。長いわよね。移動時間を考えても5時間ぐらいはかかっている。もしかして、実はこの後? LINEの会話には色っぽさはまったくない。単なる食事仲間にも読めるこの文面。食事の後で必ずしもホテルではなく、バーへ行くとかお茶するとかしていても、おかしくはないわよね。でも、とにかく毎週。どういうことかしら。


 

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