見出し画像

物語食卓の風景・専業主婦のつぶやき⑤

 前回は、香奈子の夫の勝と娘たちが、焼きそばの食材を買いに行ったところで終わりました。香奈子は、効率よく昼食を準備する方法を見つけたでしょうか。

 案の定、なかなか帰ってこない。もう1時間以上経った。野菜は全部切り終わってしまう。今日はもう、2人が参加したくてもやることがない。いくらなんでも炒めるのは危なくて任せられない。咲良には、しょうがないので、テレビでも観ようか、それとも新聞を読むか。ぼんやり外を眺めていると、こんなに天気がいいならふとんも干せばよかったかといろいろ考える。家の前の道路のハナミズキが咲き始めている。お昼からみんなで散歩するのもいいかなあ。きっと花がきれいだ。

「ただいまあ!」咲良の元気な声が聞こえた。「お帰り」と返事をする間もなく、台所の扉が開いて咲良が飛び込み、後を萌絵が追いかけて来る。勝が持っているスーパーの袋が大きい。「ピーマンだけって言ったよね?」「いや、せっかく休日だし、ビール飲みたいなと思って。咲良たちにせがまれたおやつも買っちゃったよ」と言う。やはり。

 「あまり甘やかさないで」と言おうと口を開いたところで、萌絵が割って入る。「あのね、お花いっぱい」と言いながら、萌絵は掌を開いて、つつじの花を見せる。しっかり握られていた花は、無残につぶれている。「おてて洗いなさいよ」と言いながら、きっと2人がいるから、勝はついでに回り道して散歩しちゃったんだと気がつく。つつじの植え込みがある道は、少し遠回りになる通りだ。じゃあ、午後の散歩はなしか……。「落ちてた。いいにおい」と言いながら両手をかぐ。そういえば、私も昔、お姉ちゃんに教わって、つつじの花の蜜を吸ったっけ。この子たちにもその遊びを教えてあげようかしら。

「しょうがないわね」ぶつぶつ言いながら、勝からピーマンを受け取って洗い、切り始める。「ほかの材料、もう切ってくれたんだ」「そりゃそうよ、今何時だと思ってんの」「12時ぐらい?」「もう1時前よ。ふだんなら食べ終わっている頃」「ごめん。それ切り終わったら、料理するよ」「ちょっと待って。先に子どもたちの分をつくってやらないと」「いや、おれはフライパン使うからおまえが中華鍋で料理しろよ。そしたら同時に食卓に出せる」「なるほど。それもいいわね」と言っている間に、ピーマンを切り終わった。「じゃあ、こっちの半分であなたが羊のね、こっちは私」「分かった」

 咲良と萌絵がやってくる。「ママ、お腹空いた」「もうじきできるから、もう少し待っててね」「おやつ食べたい。グミ買ったの」「がまんしなさい、もうじきだから」と何とか止めているところへ、勝が割り込む。「今から、パパとママの料理競争だよ。観てな」と言い出す。「競争なの!見る見る!」と咲良。「私も」と萌絵。勝の機転で、2人の気がそれた。

「行くよ!ほら、ママも」と勝。つられて同時に火をつける。油を入れ、勝はニンニクと花椒、唐辛子を入れる。辛さが立ってくる。そこへ羊を投入。香奈子はシーフードミックスを。色が変わったところで勝は、酒を入れて野菜を、香奈子は野菜を入れて炒める。「すごーい。2人ほとんど同時だよー。パパのほうがいろいろ入れるんだね」「大人はいろいろなものがいるんだよ」香奈子はケチャップととんかつソースを加える。勝はオイスターソースを。「ケチャップ好き」と咲良。「すきー」と萌絵。そばを投入。勝は鍋を振って野菜を泳がせ、そばを泳がせる。「すごーい。お店やさんみたい、パパかっこいい。ママもやってー!」と咲良。「ママは無理よ。こういうのは力のある男の人じゃなきゃ」と言っている間に、食材がまとまった。「はい、完成!」

 子どもたちは、焼きそばを平らげ、香奈子たちも満足した。「店のとはちょっと違うなー。やっぱりプロの味にはかなわないな。何が違うんだろう」とブツブツ言いながらも、勝も平らげた。香奈子は、ちょっと辛いなと思ったけど、満足そうな勝を見て、まあいいかと思ったのだ。

 結局その日は、海までドライブして砂浜で遊んだ。萌絵は、見つけたカニを持って帰りたがり、咲良はきれいな石を見つけるのに夢中になった。結局萌絵は譲らす、カニは飼ってみることにした。前に縁日で買った金魚を入れていた水槽がある。金魚は残念ながら、数日で死んでしまった。まだ小学校に上がったばかりだった咲良が、お墓をつくるのだと言ってきかないので、実家へ行って庭へ埋めさせてもらった。それきり咲良は金魚のことを言わない。「きんぎょのおはか」と書いたアイスクリームの棒はすっかり黒ずみ、実家の庭の片隅で忘れ去られている。

 実家のことを考えていたせいか、夕方、母からひどく動揺した声で電話がかかってきた。「香奈子、どうしよう。パパがいなくなったの」何ごと!何が起こったの?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?