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物語食卓の風景・イクメンになり切れない夫③

 「とりあえず今回の会食は香奈子に任せるよ。またお義母さんと衝突しちゃったりしたら、グチはいくらでも聞くからさ。あ、洗い物俺やろうか?」

「いい、いい。ほらこの間食洗機買ってもらったじゃない。セットするだけだからさ」

「あ、そうか。まだ食洗機がある生活に慣れないな。やっぱり違うか?」

「うん。もうお皿なんてピッカピカ。手で洗うより高い温度で洗うからかな。でもね、鍋は下洗いをちゃんとしておかないと、カレーとか底の方にこびりついたまんまだったりするから、一番面倒な大物は結局手で洗ったほうが速いような気もするんだよね。鍋こそ、できれば使い終わったマンマ入れてピカピカにしてほしいのに……。でも、食器洗いの手間がなくなると、食後に早く休めるからそれはやっぱりうれしいかな」

「そうか。よかった。なんかな、俺は気が利かないみたいだから、家電の方が香奈子にとって強力な助っ人なのかもな」と思わず嫌味を言ってしまう勝。頭には、姑の介護と家事に追われていた母の姿がある。家の中での家族の過ごし方を思い浮かべてみると、何だか父の影が薄くなる。一緒に野球をやったり、外で肩車してくれた父の姿は思い浮かぶのだが、家で父がどのように家族に協力していたかと考えると、何だか頭の中がモヤモヤする。夫が妻とどのように過ごすのか、見本にしたくてもできないみたいだ。

 そういう夫としてどう振る舞うべきか、という理想を掲げるには、父親の影はあまりにも薄い。せいぜい新聞を読んでいたか、テレビで観る野球に熱中していたか、という姿になる。親父は家のことを何もしなかったのだろうか。母親が台所に立っていた背中は思い浮かぶのに、そのとき父は何をしていたのかがわからない。

 ばあちゃんは、足を怪我する前ははたきをかけて、箒で掃除をしていた。今でも覚えているのは、和室を掃除するときに、茶殻をばらまいたこと。「これは取っておくんだよ」と言って、ばあちゃんが急須に残った茶殻をいつもとり出していた。何に使うのかと思ったら、畳にばらまくとは。

「茶殻を撒いてから箒で掃いて掃除するんだよ。茶殻が畳のホコリを吸い取ってくれるからね」と言って大きな箒を使ってさっさと掃除してしまった。箒で掃除なんて、テレビアニメの世界みたい。何の番組だったかな。家の前で掃除している人がいたなあ。で、結婚するときに、ばあちゃんが「役に立つから」と立派な箒をくれたんだ。でも、香奈子はそれを使おうとしない。「和室は茶殻を撒くといいらしいよ」と教えたけど「そんなの撒いたら、かえって散らかるじゃない。意味わかんない」と却下されてしまった。香奈子の家では、そういう掃除はしなかったらしい。

 子どもが生まれたとき、ちゃんと父親をやらなきゃと思ったけど、自分の父親の姿と言えば、休んでいるか一緒に遊んでくれているかしかなくて、まだ口もきけない赤ん坊の咲良にどう接したらいいかわからなかった。というか、香奈子のお腹が大きくなっていくのは観ていたはずなのに、目の前にいる小さな赤ん坊が自分の娘だという感覚はなかった。なんか突然現れた新しい人、という感じで。父親って何をすればいいんだろうと思った。香奈子に叱られ叱られ、何とかお風呂に入れたりしたけど、おしめは無理。なんだかんだと口実をつけてサボってしまった。だってうんちとか触りたくないよ。無理無理。でもそれを逃げていることを、香奈子にはずっと責められてしまう。父親になったと思ったのは、咲良が初めて「パパ」と言って手を伸ばしてきたときだ。ああ、俺パパなんだと思って、目の前の娘が急にかわいく見えて来たんだ、いやその前もかわいいとは思っていたけれど、なんかこの子はびっくりするぐらいかわいい、と思えてキラキラしてきた。あのときだな、俺がちゃんと父親になったのは。


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