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小説・物語食卓の風景

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郊外で何不自由なく暮らしていたリタイヤ男性が失踪。家族や周りの人たちの戸惑いを軸に、家庭によって異なる家事のあり方について考えます。育児真っ盛りの娘、子どもがいない夫婦の姉、シン…
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#ジェンダー

物語食卓の風景・祖母のぼやき②

物語食卓の風景・祖母のぼやき②

 立花さんのご主人が、どうやら失踪したらしいというのは、4月頃に知った。今年は食べきれないほどイチゴのいただきものがあったから、一部をジャムにしつつ、立花さんの家におすそわけを持って行った。

「ご主人とどうぞ」とお渡ししたら、困ったような顔をして

「まあイチゴ。つやつやしておいしそうですね。でも今は……」と言い淀んでおられるから、「どうなさったの?」と聞いたら「いや、別に。いや……主人は今、い

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物語食卓の風景・祖母のぼやき①

物語食卓の風景・祖母のぼやき①

 小説の続きです。冒頭に出てきた真友子と香奈子の母で夫に失踪された、立花洋子のエピソードで、お隣の奥さんが出てきました。ここからは、その人が主役です。こんなエピソードでした。

 馬場芳江は、この頃疲れている。隣町に住む娘、千紗は、何かといえば頼ってくる。千紗は現在37歳で、フルタイムでメーカーの営業職に就いている。短時間勤務を続けていたが、最近では予定時間に帰ることが難しくなったらしく、夕方にL

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物語食卓の風景・ワーキングマザー③

物語食卓の風景・ワーキングマザー③

 香奈子が亜衣に持ちかけてきた相談というのは、父が失踪したが、どうしたらいいかわからないというものだった。5月のテラスカフェの爽やかな空間にはそぐわないような重たい話。なぜ長く会っていなかった自分に、そういう相談を香奈子は持ちかけるのだろう、と思うが、ママ友にはそんな話ができないことは分かるので、たぶんふだん遠くにいるから私が選ばれたのだろうと思うことにした。

「夕方に電話があったから、とりあえ

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物語食卓の風景・ワーキングマザー②

物語食卓の風景・ワーキングマザー②

 亜衣が香奈子と会ったのは、近所にできたテラスカフェだった。5月は神戸が一番美しい季節だと亜衣は思う。住んでいた頃は気づかなかったが、東京に来てみると、意外に東西の気候が違うことに気づく。

 夏の関西の暑さが半端ない湿度だということも、夏に帰省するとびっくりする。東京でも十分蒸すと思っていたけれど、新大阪駅で新幹線のドアが開くと、途端にムーッとした熱気が吹き付けてくる。数日関西で過ごして東京に戻

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物語食卓の風景・ワーキングマザー①

物語食卓の風景・ワーキングマザー①

 香奈子の中学時代の親友、粕谷亜衣は、東京に来て20年、結婚して10年のワーキングマザーである。亜衣についてはこちらで少し紹介しました。

 亜衣は食品通販の会社で、カタログ編集などに携わっている。家庭向けの仕事で生活実感を知っていたほうがいいから、と会社はワーキングマザーに優しい。先輩たちもほとんどが育休を取って復帰している。

 子育て中のトラブルなどもみんなよく知っていて、今年小学校2年生に

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物語食卓の風景・シングル女性の悩み④

物語食卓の風景・シングル女性の悩み④

 長沢美紀子は疲れ切っていた。「真友子、話長過ぎ!」結局カフェで3時間、悩みを聞き続けた。またお母さんの話に戻ったところで、サンドイッチの簡単な夕食を追加することを提案して、食べるとさらに真友子の話はヒートアップ。行ったり戻ったりの長い話は、きっとこれまであまり人に話してこなかったことがうかがえた。もっと前から聞いてあげていればよかったと思う一方、真友子も聞いてくれる友達いなかったのかな、と思った

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物語食卓の風景・シングル女性の悩み②

物語食卓の風景・シングル女性の悩み②

 フリー編集者の美紀子の物語の続きです。フリーライターの後輩、真友子の相談を受けることになりました。

 いつも会うカフェに入ってきた真友子は、何やら思い詰めた顔をしていた。長くなりそうだな、と美紀子は思った。気持ちを和らげようと、ひとしきり最近の多忙さや、家の中がぐちゃぐちゃになってしまった話をしたが、どうやら真友子は上の空。覚悟を決めて「それで、相談って何?」と話を振った。

「両親のことなん

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