BALANCER No.2
「あぁ…もちろん。本当にごめん。忙しいから切るよ。必ず連絡するから」
終了をタップし、スマホをしまいながら電話スペース代わりに入った喫煙ルームから出た。
廊下の壁にもたれながらスマホを覗いていた後輩が顔を上げた。
「彼女さんですか?大丈夫なんですか?」
彼の名前はフミヤだ。
「あぁ…寂しがってはいるけどな。大丈夫だよ」
「それならいいんすけどね、あんまり構ってあげないと浮気されちゃいますよ?」
わざとらしく愛嬌たっぷりの笑顔を向けながら茶化してくる。
この笑顔が一番の武器である。
人たらし、と呼べるほど誰の懐にも入り込めるフミヤの特徴は、真面目すぎる堅すぎると言われる俺との補完性もバッチリだ。
「そうなったら俺は引退だ。俺の見立てでは浮気の可能性はゼロだからな。最も身近な人間の行動予測も出来なくなれば、自分の判断に自信が持てなくなるよ。」
「先輩はすぐこれだから。ほんと仕事の事しか頭にないですよね。」
「仕方ないだろう。判断を誤れば何万人もの人間に影響が出かねない案件もある。今回の件もそうだ。そんな中で集中を絶やす事は出来ない。」
「まぁ、そうなんすけどね。メリハリつけないと必要な集中力ってのも維持できないんじゃないですか?」
「それは心得ているよ。だからこそさっきもナギサと話したんだから。」
なにかに気づいた様にフミヤがニヤッと笑って言った。
「なぁんだ、なんだかんだ言って先輩もやっぱ彼女さんのこと好きなんじゃないですか。」
俺はむっとした表情で言った。
「当たり前だろう。恋人なんだから」
「まぁそうなんですけど…先輩に似合わないワードランキング上位ですよその単語。でも…まぁ…そうですよね。…恋人、か。」
今年25歳になったフミヤには今まで恋人と呼べる存在はいなかったらしい。
本人から直接相談されたのはたしか去年の夏だったか。
世界中の人間と仲良くなれる才能の代わりに、本気で誰かを好きになるという能力が生まれつき備わっていないらしい。
当の本人も、俺に相談した時ですらいまいちまだ実感していなかった。
付き合う、という存在はいてもそれはフミヤからすれば星の数ほどいる人付き合いのリストのうちの一人でしか無い。
だからもちろん、彼自信も自分に恋人が出来るなんて考えてもいなかった。
本気で人を好きになることなんてないのだから。
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