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BALANCER No.4

 聞き取りが終わり井村の元から辞去すると、俺たちは研究所の駐車場に停めた車へ向かって歩き出した。

「井村さん、大分憔悴してましたねー。やっぱりなんだか可哀想だな」
研究所の中庭を歩きながらフミヤは頭の後ろで両手を組みながら言った。

「調査通り二人は恋人関係だったみたいだからな。当然ショックだろう」
俺はフミヤへそう言いながら、腕時計を見る。
時刻は11時48分。
30分もすれば昼休みで一息ついたナギサから電話が来るだろう。

「恋人が突然自殺した場合、その後の心境ってどうなるもんなんですかね?
自殺へ追いやった原因への復習に燃える…とにかく悲しみに打ちひしがれる…心が塞いで無感情に近くなる…彼女はどんな感じになるんだろう」

「どうだろうな…芯は強い女性の印象だ。立ち直って教授、恋人の無念を晴らしたい、意思を受け継ごうなんて考えるかもな。」

「でもそれって、ウチら的には面倒ですよね?俺嫌ですよ彼女まで対象にするのは。めちゃくちゃいい人そうでしたもん。」
憔悴しきっているにも関わらず、俺たちに対して丁寧に誠実に気遣いながら一生懸命に応対する井村の様子を思い起こしながら、フミヤの言葉に対して動作だけで首肯して返した。

筒井教授の自殺は、俺たち二人の任務だった。
遺書を偽装し、教授を服毒自殺に見せかけ教授室で殺害した。
組織から渡された薬物を教授の静脈に注入しただけだ。

「俺も井村を対象にしたくはない。だが、必要になればおそらく引き続き俺たちが担当執行員として指示を受ける事になるだろう。今回の保険調査員としての聞き取りはその為の調査だ。変動兆候がないかどうか、今後の接点で経過を見ておく必要がある」

「はぁ…仕事とはいえ、善人が対象の時はやっぱり気分良くはないなー。なんか僕らの受け持つ調整対象者ってそんなん多くないですか?」

「偶々だろうが、確かに多いかもしれないな。だが、日本支部はそもそもが人手不足だからな。そういう機会も必然的に多くなる」

俺たちの仕事は組織に指定された調整対象者を、指示された内容で調整する事だ。
"調整"とは、世界の秩序を保つために必要な処置を行うことを意味する。
それは時に対象者の死も厭わない。

組織は、人類の永続的な繁栄のため、秩序を狂わせる大きな変動を及ぼす可能性に対して常に世界中で監視網を張る。
そして変動の危険兆候が認められた対象に対し担当者を配し、常に必要な措置を行う。
調査、監視、誘導、操作、管理、抹消。
速やかに、秘密裏に。
組織の存在は当然、一般社会に知られてはならない。
世界規模の組織でありながら、ほとんどの実態は所属する俺たちにも正確にはわかっていない。
本部がどこにあり、上層に属している人間がどんな者たちなのか。
だが、指示系統は明確だ。
世界の主要国、地域に組織の支部が置かれ、そこに属する支部長など中枢が本部との連携を取り、常に担当地域内の監視報告を行っている。
”調整”の決定は本部のみが行う。
調整指示が決まり、その内容を元に調整指示書を支部が作成、担当執行員に命令が下る。
そして俺たちはその指示通りに任務を忠実にこなす。

俺たち執行員は自分たちをこう呼ぶ…バランサーと。

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