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チャリダーアキの自転車世界旅行 オーストラリア一周編(4)


ふみさん再び
 
 エアーズロックを出発した僕達は、今度はスチュワート・ハイウェイの北上を始める。同じ道を南下しているふみさんと、僕達はもう一度会えるのではないかと考えていた。彼のスピードを考えると、僕達がアリス・スプリングスの街に到着する前に再び会える計算であった。
 だが、しかし……残念ながら、すれ違うことは無かった。
 ちょっと残念だったけど、しょうがない。街の安宿に着いて自転車の荷物を取り外していると話し掛けてきた人がいた。
 
「ふみさん!」
 
 探すまでも無く、向こうから見付けてくれたのだった。
 この日、夜遅くまで色々なことを話した。彼はシンプソン砂漠にある絶滅危惧種の木を守るために1週間ほどボランティアで砂漠にフェンスを立てていたという。全くもって、ふみさんらしいと思う。歩き旅だというのに、心に余裕があることに驚かされる。
 
 僕はどうだろう?この果てしなく続くかのように感じるオーストラリア一周は、まだ半分も終わっていない。正直言って焦ってもいる。とてもじゃないが1週間もボランティアに参加する心の余裕はないだろう。
 過酷なことに挑戦しているのに、振る舞いに余裕があるところが“かっこいい”んだよなぁ。
 
 
アリス・スプリングスにて買い物
 
 この頃の僕は焦っていたと思う。街に着いた翌日、自転車屋でビンディングペダルと専用の靴を購入した。247ドルという大金を費やしてでも、先に進みたくてどうしようもなかった。
 ビンディングペダルとは、専用の靴をくっつけることでペダリングの効率を上げることが出来るペダルである。知り合った自転車旅行者が使っているのを見て、欲しくて我慢できなくなってしまったのだ。
 
 カナダ自転車横断の時から使い続けてきたテントは、ついにファスナーが閉まらなくなってしまった。斜めに寝ても足が伸ばせないほど小さな1人用テントでは、少しずつ増えてきた荷物をテントの中に全て入れることが難しくもなってきていた。さらに、ここまで殆ど雨が降っていないが、南の方では降るとも聞く。雨水が染みてくるこのテントは限界だと思える。
 31ドルで買った玩具のテントには思い出が一杯詰まっていて手放したく無いのだけれど、背に腹は変えられない、いよいよ買い替える時がきたのだ。ちょっと寂しいがしょうがないだろう。
 知識の無い僕は、ふみさんに付いて来てもらって、一緒にテントを選んでもらった。最終的に159ドル出して2人用のテントを購入することに決めた。雨よけのフライが付いていて前室に荷物を置けるのが助かる。
 
 午後、ビンディングペダルを取り付けた自転車の試運転として街に出た。赤信号で停止し、いつものように左足を地面に付けようとした時、派手に転倒し左足を負傷した。ペダルから靴が外せなかったのだ。今となっては、足首を捻ってペダルと靴を分離させる作業は、どうということはないのだけれど、この時はまだ上手く出来なかった。
 足は痛む。だけど、この先の気が遠くなるほどの距離を走破することを考えると、ビンディングペダルの購入は間違いでは無いはずだと信じている。
 
 
タイテンくんの出発とふみさんの取材
 
 朝10時、タイテンくんは1人でアリス・スプリングスを出発した。
何の心配もしていないし、寂しくは無い。
 
「1人旅には1人旅の良さがある。」
 
 その中で起きる“出会いと別れ”。これこそが旅の醍醐味であろうと思う。彼とは必ず何処かで、再び出会うに違いないのだから。
 
 タイテンくんの出発を見送った後、ふみさんが全ての荷物をリヤカーに載せて街へ出て行った。南へ向かった訳では無い。地元新聞の取材があり、写真を撮るためだという。しばらくすると、ふみさんが手ぶらで安宿に戻ってきて僕にこう言った。
 
「記者の人とお茶を飲みに行くから、リヤカーを宿に戻しておいてくれない?」
 
「いいですよ。」
 
 街の中でリヤカーを押すなんて、普通は一生経験できないことではないだろうか?僕は喜んで引き受けることにした。歩き始めてすぐに周囲の人達の視線に気が付く。
 
「そりゃそうだろう。」
 
 と思う。オーストラリアの砂漠の真ん中にある街で、多量の荷物を積んだリヤカーを押す東洋人。怪しいなんてもんじゃないだろう。しかも、ちょっとした段差を登ることが出来ずに、右往左往しているときている。
 ふみさんはずっとこの好奇の目にさらされながら歩き続けているのだろう。
 
「今の自分には真似出来そうにないな。」
 
 素直にそう思えた。
 でも、いつか出来るような男になってみたいという気持ちは持っている。
 
 
アリス・スプリングス出発
 
 別れの挨拶をして、ふみさんは南へ向かってリヤカーを押し始め、僕は北に向かってペダルを踏み込む。ちょっと食料を多く積み込み過ぎたせいか、新しいペダルに慣れていないせいか、自転車はヨロヨロと動き始める。
 
「また、縁があればいつかどかで出会うはず。ゴールの報告を楽しみにしています!!頑張れふみさん!再会できてうれしかったです!」
 
 彼に聞こえることの無いエールをつぶやきながら、太ももに力を入れてペダルを踏み込む。自転車は次第に安定してきて、いつものように徐々にスピードが増してくる。いつもと違うのは前にも後ろにもタイテンくんがいないことだけ。久々に1人旅が再会した。
 
 5分くらい走るとポツリポツリと雨が降り始めた。
 
「こんな砂漠の真ん中で雨に降られるなんて、ついてないな。」
 
 すぐに止むと思っていた雨は土砂降りになった。カッパを着る余裕も無く、雨宿りできる場所も無い。新しいテントを張って避難しようとするが手こずってしまい、何もかもずぶ濡れになってしまった。踏んだり蹴ったりの再スタートだ。
 
 
北へ
 
 ずぶ濡れになった翌日は、追い風と新しいペダルのおかげで快調に進む。夕方、目的地に到着すると、
 
「あれ?タイテンくん。」
 
 そこには、タイテンくんがいた。恐らく昨日は雨で殆ど走れなかったのであろう。
 彼の顔を見なかったのは1日だけ。早すぎる再会だった。
 
 この日を境に1日数回顔を会わせたりしながら、抜きつ抜かれつの北上が続いた。顔を会わせる度に、ちょっと照れくさいような、うれしいような複雑な感情になってしまう。
 
 この頃から僕はキャンプ場よりも野宿を好むようになり、夜は星を見る習慣ができた。日が暮れてもテントの中に入って寝るには気温が高く苦しい。外にマットを引いて仰向けになり、星を見ながら寝るのだ。夜遅くなると、必ず寒さで目が覚める。温度計は持っていないので正確なことは分からないが、砂漠の夜は激しい冷え込みがあった。

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