小さいフリをすることは
こんにちは。
今日は、自分を小さく見せることについて告白します。
1 自分を小さく見せるメリット
小さく見せてなんの得があるのか。周りにナメられて損なのでは、という意見もあると思います。
正直いって棲息地によると思うのですが。ぼくの棲む環境ではメリットが色々あると思います。
まず(常識ない人ばかりの集団を除けば)むやみに自分を大きく見せている人は、虚勢を張っているとそこでみなされがちです。影響力の小さな人だとみなされやすい。
逆に「ぼくなどまだまだです」「修行中です」などと小さい自分を謙虚に表す方が(特に古い日本社会では)、「しっかりしている」「己を知っている」と人間性を大きく見てもらえる事は多いのです。打算的で現実的なメリットです。
2 自信過剰を織り込んで
自分自身の「私にもできるはず」「オレにだって」という自己評価は、しばしばただの願望にもとづく自信過剰です。
自信過剰な自分に裏切られて、結局なにもできずに失敗と後悔で立ち尽くした経験は何度もあります。おかげで「私は自信過剰なはずだ」「自分が思うより自分はアホだ」という考えが今は根を張っています。
謙虚な発言をしておくと、大言壮語したあげく周囲に失望される事を避けられます。
3 自分を小さく見せるデメリット
とはいえ「心にもない『無理です』を言い続けることで大切なものを失わないか」という不安もあります。
たしかに、予防線を張って生きるのは傷つきにくい生き方です。リスク回避として正しいとも言えます。
しかし、言葉は口に出すことで潜在能力を引き出します。望みを周囲に伝えて影響力を発揮したりすることもあります。
さらに、日本には言霊(ことだま)という考えがあります。口に出された言葉は、大変なパワーを内外に発しているという考え方です。
日常生活から考えても「ムリだよ」と口に出すことは「風邪っぽいんだ」と口に出す事に似ています。口にする事で、自己暗示で自分を制限してしまい、ほんとに体調不良にもなるのです。
西洋哲学で考えると、自分を小さく見せるのはキリスト教の教えに関係があります。強者を否定する弱者の側に自分を置くあり方です。
強者として生きるためには、自分を小さく見せてはだめです。自分は大きいと有言実行していく必要があるのです。
4 結局どうすんの?
ぼくにはもう残り時間がありません。
今年の1月を迎えたとき、これほど早く8月を迎えることをちゃんと想像できたか?そんな想像はできていませんでした。10年や20年はあっという間に過ぎていきます。
貧乏くじを引きたくなくて、自分を小さく見せ続ける人生を選ぶのか?それともなにかを達成するのに口に出して生きるのか?
強引に結びへ入ります。
下記の言葉を自分に問う習慣は、悪いものではないよ。
「今、小さいフリをしていないか?」
ちょっと覚えておいてほしい。必要な人にはいつの間にか習慣として覚えられてるはず。
もう一つ、この問いはどうかな。
「今、なにが可能か?」
これもあやしく聞こえるかもだが。覚えてみたらどうかな。
んじゃあ、また!
元気で!
仲良く!