2022/10/25 作業通話

シングルタスク


人間は、シングルタスクが一番向いているらしい。

随分前に読んだことがあった気がする。図書館で借りたんだっけな。なぜ1点集中がよろしいのかといえば、マルチタスクは健康に悪いからだそうだ。身も蓋もない。

そもそも「マルチタスク」という概念は存在するのか?という話が出てくる。

掃除機をしながら煮物の火加減を見て、スマホを触りLINEメッセージ送信をしつつ今日の大河ドラマのことを考えるという芸当……これは同時多発的に思考や行動が発現しているのではなく、脳が集中する場所、注視することを高速にパパパっと切り替える、スイッチングが発生しているらしい。同時処理ではなく、注意の矛先の高速移動なのだ。

さて、このタスクスイッチングにさらされた人間は、ストレスホルモンであるコルチゾールの増加率が、普通に生活している人よりも優位に多く分泌されるらしい。もっと言うと、作業効率も落ちる。不健康な上に、集中力が下がって効率が落ち、仕事が全然進まないという事態に陥る。

なんか最近作業が捗らないんだけどなんでだろう

なぜこのビジネス本を取り上げようとしたのか。

このシングルタスクを読んでから、詳しいことは覚えていないが(おい)、とりあえず目の前で取り掛かる作業は1つだけにしようというルールを設けている。最近は、友人たちとサイバーパンクをイメージしたコンセプトEPを出そう!という作業と、僕が最近ハマっているジャンル、TRPG(テーブルトークロールプレイングゲーム)の前準備の作業が詰まっている。そう、詰まっているのだ。シングルタスクしてたはず。あれ??

ながら作業してたっけ?

最近映画もロクに見ていないきがするし、アニメだってポプテピピックの前半パートみて後半は声優さんがよほど面白そうじゃなかったら飛ばして見ちゃう程度にしか見ていない。

で、ひとつ思い出したことがある。「作業通話」の存在を。

恐るべき作業通話の魔力

作業通話というのは読んで字のごとく、退屈極まりない自分が取り掛かっている作業の消化時間の質を少しでも上げるために人類が発明したものだ。承認欲求や孤独を埋めるには一役買っているが、作業効率化に対してダイレクトに効き目があるか?と言われれば怪しい。

当然そこでは通話が発生し、会話が発生するので、相手が何かしらの話を振ってくる。自分からの返事は火の通らない生状態となり、されたほうが腹を下す。

かといって会話に集中しすぎると、今度は自分の成果物が腐る。ウマが合う人間が作業通話ゾーンにやってきてしまったら大変だ。もう作業のことなんか忘れて、いつの間にかワープしてきたSwitchでスプラトゥーンに興じるのだ。

以上の理由から作業通話は、認知的資源のシーソーをしながら仕事をするという縛りプレイであるため、やらないほうが良い。

でもやっちゃう。楽しいんだもん。理屈じゃねえんだよ。

というか、やっちゃってもいい場合を発見した。家事だ。

例えば、掃除など。身体的な動作+五感の別チャンネルからの情報であれば対応可能であることに気がついた。究極のダイエット食「沼」により、洗い物も本当に少なくなったのだが、それでもたまに洗い物を溜めてしまうので、そういうときにはDiscordのサーバーでだれか通話しておらんのか?と探してボイスチャットに侵入する。気を紛らわしながら家事を遂行することができる。おかげで最近、家は比較的清潔な状態が保たれている。Discordにはノイズキャンセリング機能もあるので、雑音を軽減させてくれるのも魅力的だ。

で。

もちろん、困ったことに、「作業通話、作業効率やっぱあがるっしょ!」という脳みそのまま生きていると落とし穴にハマる。冒頭書いたとおり、残念ながらマルチタスクのトレーニングをいくらつんでも、人間がどの分野でも超並列処理思考ができるようになるわけがない。能力としてのマルチタスクの獲得は、諦めた方がいい。

音楽を作ったり、本を呼んだり、TRPGのキャラクターシートを作ったり、オンラインセッションの準備をしたり……という作業をするかたわら、1年間くらい作業通話なるものをやってみて分かったが、はかどらない。
けど楽しい。普通にみんなと話すことがね。

バイオパワー

そもそも、作業通話の一番の目的は何か?
話すことではない。生権力(バイオパワー)を生み出すことである。

フランスのポストモダンの哲学者フーコーの用語。近代以前の権力は、ルールに従わなければ殺す(従うならば放っておく)というものだったが、近代の権力は、人々の生にむしろ積極的に介入しそれを管理し方向付けようとする。こうした特徴をもつ近代の権力を「生-権力」とフーコーは呼ぶ。

https://kotobank.jp/word/%E7%94%9F-%E6%A8%A9%E5%8A%9B-186001

僕は近代以降の人間だ。バイオパワーが発動する環境下で育ってきた。積極的に自分の生にテック企業(権力)が提供するサービスをインストールし、管理され、行動を方向付けられる。

学校や会社からもそのように教育されてきたのだ。目に見える権力(違反者は殺す)よりも、目に見えない権力(違反しても生かすが、次はどーなるかな?)のほうが、人間は大人しくなる。

作業通話はバイオパワーを生み出す。厳密に言えば、権力構造が存在しない作業通話のような場所では、フーコーというよりもむしろそれは、日本人的な「空気」のほうが近いかもしれないけれど。

作業通話をしようとはじめた自分から生み出された1つのバイオパワーが、他の人間にも伝播する。喋りすぎの違反者を排除するのではなく、生返事や沈黙によって作業に集中するように方向付けられていく。結果、作業へと終息していく。もちろんそうならない失敗もある。麻雀を思いっきりやっている作業通話によく出くわす。しかしそれはそれで、お互い交わされる情報が脳死で反応できるレベルにまで落ちているので、そこまで作業に支障は出ない。

作業している音も、バイオパワーを形成する要素として欠かせない。キーボードのタイプ音、コーヒーを啜る音、椅子の”え?今の椅子かな……”と不安になるくらいのクソデカきしみ音、ボソボソとした独り言、本の紙を捲る音、伸びをしたときの「ぁ゛っ……ああ゛あ゛っ……あふぅぅう゛う゛う゛」という汚いため息など)をお互いに聞かせあい、「こんなところで作業を終えるわけにはいかない」という日本人特有の社畜精神を反応させ、あと5分、あと10分と、自分の身体を追い込むのである。

ただし、それでもやっぱり冒頭でも話した通り、マルチタスクは非効率という立場を取るならば、作業通話の作業効率は、よろしくない。むしろ下がる。ブーストをしたいのならば、はやり孤独にやるのが一番だろう。

あくまでも楽しく作業する1つのテクニックとして、余裕のある時に活用するのが良いと反省した。締め切りギリギリの場合、僕らは一匹の孤狼として作業通話を離脱し、デッドラインの境界線をさまよい、遠吠えをあげるほか無いだろう。

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