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「色」と向き合う時、自分の生き方が問われる。

久しぶりにキャンバスに色を塗った。しばらく、紙に描いてたので、キャンバスは8月に描いた『エピファニー 』以来。

エピファニー↓

その他の絵たち↓



キャンバスといっても、今日描いたのは、20cm×20cmなので、小ぶり。

写真と違って、絵は、「描くぞ!」という感じにならないと、なかなか、描けない。自分で作れようになったキャンドルも、「やるぞ!」という気合いが、まだ、必要。とりあえず、キャンドル作りに関しては、もっとやりたいと自然に思えるようになるまで、待ってみる。


「色」と向き合う時、自分の生き方を問われているような感覚になる。生き方に、自分という存在に、そして、社会との関わりに、不自然さがないか、自我がないか、欲がないか。少しでもあると、筆が進まない。

嘘がないこと、不純さがないことが絶対条件。神聖なる世界への入り口は、とてつもなく、遠く、尊い。



画家の奈良美智さんは、キャンバスではなく、段ボールや木、紙袋や封筒の裏に、絵を描くことが多いそうで、ラジオでこんなことを言っていた。

真っ白なキャンバスって、ちょっと怖い。だけど、ちょっとでも使われたものだと、安心して描ける。使われたものに描くと、自由になれる。
INNOVATION WORLD ERA

(ちなみに、私は、奈良美智さんと同じ、弘前出身🙃)


自分にとっての「神聖なる場所」は、人によって、違う。パーソナルスペースのような、誰にも踏み入れてほしくないような、守るべき、未開の地。何かを表現する人は、その地を、それぞれ持っている。

私は、この地を守るために、「人と極力会わないこと」が大事だと気づいて、前に比べて、全然人に会わなくなった。ここまで振り切れたのは、割りと最近で、それまでは、「とはいえ、人に会わないと、社会から外れる」と思っていたけど、そんなことはなく、社会との距離が遠くなるにつれ、未開の地は近づいてくる。

より、自分を「自然な状態」にすること、そして、「不自然さ」を自分の中に入れないことが、私にとっての、未開の地を守る唯一の方法。


きっと、この未開の地との距離感も社会との距離感も、変化と共に変わっていくのだろうけど、変わり続けることこそ、描く原動力となる。今の流れを見失わず、いつでも変われる自分でもいる。現在と未来の交差点の中で、生きている。




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