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射的のおじさん

2007年ごろに書いたものが出てきたので転載します。


毎夏行われる近所の諏訪神社のお祭りは楽しみなもののひとつだ。
この神社、敷地も参道も広くなく、両側に縁日が立ち並ぶと壮観というより下世話な雰囲気になるが、こう見えて800年以上の歴史がある。
数km先の根津神社が300年とちょっとだから、その古さがわかる。
根津神社は広い敷地に趣味よく剪定された植木が配置され、お祭りの縁日もぽつぽつあって情緒がある。
あくまでメインは神社、屋台は場所を借りていますという奥ゆかしさがある。
それに比べて諏訪神社は、限られた期間と空間で売って売って売りまくれ! というテキ屋の気迫と、食って食って食いまくれ! という客の決意のようなものが漲っている(ような気がする)。
わたしはそういう方が好きだ。

ここのお祭りでとくに好きなのは射的である。
六畳ほどの広めの屋台の真ん中に板が四段ついた大きな円筒形の棚がゆっくり回転している。
煌々とした電球に照らされてぐるぐる回るさまは、さながら移動遊園地の観覧車ような華やかさで、ついつい吸い寄せられてしまう。
周囲ぐるりにわたされた台は銃を撃つ人同士が肩をぶつけ合うほどの賑わいだが、屋台のなかは中学生くらいの少年二人と棚しかなく、いかにも閑散としている。
景品は偽物のジッポライターやミルキーの箱など。
それを縦にしたり横にしたり積み木のような独特の並べ方がされている。
喉から手が出るほど欲しいものなど一つもないのに、弾をこめて狙って撃ってはずしているうちに熱くなってくるものらしい。
わたしの前にいる小さい子ども連れの男性はミルキーが落ちるとなかの少年に「アメ! アメ落ちた!」と指差し、大人気ないほど強い声で叫んでいる。
そんなふうに少年たちはあちこちでどやされるが、気にしている様子はない。
普段は邪魔にならないようしゃがみ、「アメ」が落ちれば拾って渡し、新しい客には小さくなった消しゴムのようなコルク弾が10個入ったアルミ皿を渡す。
とても従順である。

ふと、右端にいる家族が目に留まった。
中学生くらいの小太りの少年が弟らしき子供を従えているが、よく見ると弟は台の上に座っていて何もしておらず、撃っているのはもっぱら兄の方。
そしてその兄、百発百中で当てているのだ。
撃ち落とされた景品を拾って渡すためにテキ屋の少年の一人がほぼつきっきりの状態。
拾うだけでも時間がかかるので、落ちたら在庫が積んである棚から同じものを投げ渡す。
受け取った兄は後ろにいる父親に渡し、父親はビニール袋に入れる。
これら一連の動作が流れるように行われていて、明らかに手慣れている。
さらに、当たる率が普通じゃない。
銃を持った手を伸ばして景品に近づけたりしているわけではなく(よくそういうことをする人がいるが衝撃で手元が狂う)、コツといえば弾を詰めるときに銃の先をトン! と台に押し付け、さらに指で深く押し込むことくらい。
狙いどころもうまいのだろう。
とはいえ、10も20も景品を取ってやめる気配が少しもないので見ていて不安になってきた。
映画やテレビでは賭け事などであまりに客が儲けすぎると奥から人が出てきて揉めるという場面がある。
たかが縁日の射的といえど、あまり目立ったことをすると何か悶着が起きる可能性もある。
そのうち前にいた家族が数個のアメを持って引き上げていき、わたしの前がぽっかり空いた。
そこへ、奥からおじさんが出てきた。
年のころは50代半ば、少し漫画的に太っていて顔はノーベル物理学賞をとった小柴昌俊さんに不思議と似ている。
どうやら暗がりに椅子を出して座っていたらしい。
大きな屋台を少年二人が仕切っているわけもないから当然といえば当然だが、唐突だったので少しびっくりした。
おじさんは笑みを浮かべながらわたしを見て顎で「やらないの?」という仕草をする。
わたしは手を振るだけのつもりがつい声に出して「いえ、いいです」と言ってしまった。
するとおじさんはさりげなく右端の家族を見やり「お客さん、商売?」と聞いた。
父親は「そう、商売」と言いながら、光の速さで撤収した。
おじさんは尋ねただけという風情でとくに怒っているというわけでもないらしい。
経験から、釘を刺せば帰るとよんでいるようだ。
また、わたしのところにふらりと戻ってくると「あなた、素敵ね」と言った。
思いもよらない言葉に動揺して「いえいえ、そんなことはないです」と言ってみたが、我ながら何を言っているのかわからない。
それでもおじさんは離れる気はないらしく「結婚してるの? 恋人は?」と聞いてきた。
「はい」と答えながらわたしはおじさんの率直さに少し感動している。
先ほど「お客さん、商売?」と聞いたときもそうだが、言葉に変なニュアンスがない。
文字にすると皮肉やナンパに見えるが、ただ聞きたいことを聞いているだけなのだ。
そして「そりゃそうだよな、こんな素敵な人をほっとくわきゃないわね」と続ける。
素敵という表現はなんだか素敵だなと考えていたら、「旦那、誰?」。
これまた不思議な質問だ。
名前を言ってわかるわけもなく、かといって職業を言うのも変だから「今、お神輿担いでます」と答えてみた。
おじさんは納得したようなしないようなどちらともわからない表情をして立っていた。

わたしは一礼して立ち去ったが、鳥居の方に歩きながらテキ屋のおかみさんって案外楽しいかもしれないと考えてみた。
本当はおじさんの度量に惚れていたのかもしれない。
実際に一緒に暮らしたら、わたしの気の利かなさに早晩失望されるに決まっているのだが。



【本日のスコーピオンズ】
45曲目「Believe un Love (Demo Version)」
5th アルバム『〜暴虐の蠍団〜Taken by Force』(1977)より。
これもリマスター版のみのトラックかも。
Demo Versionらしくスキャットのみなので切ないメロディーラインが
際立って良い。
もしかしてだけど歌詞いらn……なんでもないです。

感想は以上です。

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